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美しいという言葉の封印をとく時

かれこれ15年近く前のこと。NYアート旅の最中にひょんなことからアートフェアでの接客をすることになりました。仲良しのギャラリストと作家が出展しているのでそのお手伝い(もちろん裏方)に立ち寄ったはずが、オープンニングのどさくさに巻き込まれ、そのまま作品の前に立ち、やってくる人々に対応することになったのです。

アートに興味津々のニューヨーカーたちを相手に突然のこの展開。

無理無理!
できる訳ない!
作品コンセプトを説明するなんて!

しかしそんな不安はすぐにどこへやら。来る人来る人「この作品好き!」「なんて美しいの!」などとシンプルな感想を述べながら、リラックスした様子でとても楽しそう。私はそれを見ながらちょっとびっくりしました。

日本だと美術館はもとより、現代アート系のギャラリーでも難しい顔をして”わかった風”にアートと対峙するのが常。それに慣れ切ってしまっていたため、フェア会場で目にした、感じたままを声に出して鑑賞する姿は、とても新鮮で眩しくさえ感じたのです。そして同時に「美しいって言っていいんだ」と衝撃を受けました。

というのも、インテリア業界から飛び込んだ現代アートの世界では「綺麗!素敵!」なんて表現を使うと、うっすら馬鹿にされる感じを散々味わっていたから。そんなことを言おうものなら、やっぱりなんにもわかっていない、インテリアの延長でしかアートを捉えていない、などと散々陰口を言われたものです。(今もなお言われ続けていますけど、苦笑)そんな訳でいつしか「美しい」という言葉は極力避けるようなっていました。

実はこのアート旅、なかなかうまくいかないアートの仕事をギブアップした方がいいのかもしれないと、思い悩みながらの傷心旅行でもありました。

「今ならインテリアの仕事にしれっと戻ることができるかも」そんなぎりぎりのタイミングを迎えていた時期で、こう考えていたのです。NYでアートにいっぱい触れてもうなにも感じないようなら、これ以上費やす時間は無駄だと

けれどそんなニューヨーカーたちの反応に大いに救われました。現代アートの本場NY。そこでアート好きな彼らがシンプルにアートを表現し、感じとっているその姿に私は勇気をもらったのです。もちろんNYでもメガギャラリーで繰り広げられている会話は当然ながら違っていて、コンセプト云々そしてそれ以上にお金の話も盛りだくさんなのでしょうけれど。

いささか大げさではありますが、見ず知らずのニューヨーカーたちのお蔭もあって、進退かけたNYアート旅でアートの神様は「前に進め」と言ってくれたのです。

さて、なぜ「美しい」って簡単に言っちゃダメか?それはご存じのように現代アートはコンセプトありきだからです。コンセプトなき作品には語る価値がないとされていることは、もちろん重々理解しています。しかしアート市場がさほど豊かではない日本において、そればかり先走るとアートビギナーの方は委縮しちゃうのでは、と個人的にはずっと思っていたし、今も同じ気持ちです。直感から始まって、それからアートを知るというのもアリだと。

現代アート作品の多くには世界全体が抱えているあらゆる問題が色濃く反映されています。紛争、戦争、差別、宗教、環境問題など目を背けたいことばかり。それらをダイレクトに反映し、一見して恐怖や不安をはらんでいることがわかる作品の一方で、とても美しく繊細で見た目にはそのコンセプトがすぐにはつかみにくい作品も存在します。

「あ、きれい」とまずは心が揺さぶられ、その後に作品に潜む真のコンセプトを知った時、美しさは狂気に変わります。美しいがゆえにさらにそのコンセプトが観るものの心に突き刺さってくる感じ。私はどちらかというと、こういった不安定さに満ちた作品が好きなのです。

”美しさ”に導かれコンセプトや作家の込めた想いを知る。私の中でのアートにおける「美しい」という表現はインテリアにおいての「美しい」と微妙に違っているのかもしれません。

さて、そのNY旅から数年後、アートの仕事を始めて10周年を記念して大阪中之島で小さなイベントを開催しました。今、私が主催しているアート中之島の始まりです。まさか10年に渡り開催することになるとは夢にも思っていませんでしたが、最初からイメージしていたのはNYでのあのシーンです。

訪れた人が「美しい」「素敵」「これ欲しい」そんな心からの声を発してもなんら恥ずかしくない、いえ、むしろその方がカッコいいと感じるフェアにしたい。その思いはずっと変わりません。

アートの仕事を始めて20年。私は今「美しい」という形容詞の封印を解こうとしています。そうすることで原点に立ち返り、純粋な気持ちでアートに向き合っていた頃に戻れそうな気がするのです。それは他でもないアート中之島に足を運んでくださる皆さんが私に教えてくれたのかもしれません。



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