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意見書全文 鈴木信平

2022年12月22日
「(仮称)杉並区パートナーシップ制度等区民説明会」に足を運んだ私は、会場に入る手前で近年感じることのなかった、恐怖に近い感情を抱きました。
説明会場である区役所の面する交差点で、和装の方がマイクを手に声を荒らげていました。内容を聞いてみると「女性を名乗る男性が女湯に平然と入るようになる」「杉並区は、危険で野蛮な区になる」といった内容でした。隣にある大きなプラカードには「女装男を女風呂に通すな」と大きく書かれていました。
最初はとても過激で極めて特殊な思想を持っている方だと思っていました。そんな制度でないことは、少しでも学べば誰だってわかることです。その後の説明会場でその方が配っていたチラシを目にし、その方が以前は杉並区議会議員であったことを知って途方もなく悲しい気持ちになったことを覚えています。

2023年4月
ポストに選挙公報が入っていました。田中ゆうたろう氏の項目には、「性自認条例」を改廃という言葉とともに、説明会の時に見たチラシのイラストよりも更に醜悪な、鼻毛と髭を伸ばし、腕には性の多様性の代表的なシンボルでもある虹を模したタトゥーを入れた人物のイラストが描かれていました。とても侮辱された気持ちでした。同時に恐怖を覚えました。これが全戸配布される選挙公報なのかと、信じられない気持ちでいっぱいになったものです。

私はトランスジェンダーです。こうしたことを都度改めて公表しなくては話にならない社会自体に大きな課題を感じていますが、これからの社会を少しでも健全にしたいと願うゆえあえて言えば、私に割り当てられた性別は男性ですが、現在の私に男性器はありません。
これまで多くの時間を、自分を理解するために過ごしてきました。私は何者だろうか? 私は間違った存在なのではないだろうか? 生まれない方が良かったのではなかろうか? そんなことをずっと考えてきました。
高校に通えなくなり中退しました。大学生の頃には医療の助けを必要とした時期もありました。己の性一つ明確に宣言出来ない人間が就職できる企業は多くありませんでした。
そうした中で私自身も、時代の成長とともに少しずつ学び、たくさんの人との出会いと助けに救われながら、自己を容認できるようになった今日に至るまでの日々を生きてきたのです。
「性自認」ひとつに、私の人生はとても大きな影響を受けました。「私の性自認」にたどり着いたのは35才を過ぎてからのことです。少なくとも私にとっての「性自認」とは、そういうものです。醜悪なイラストに軽々しく語らせて良い言葉ではありません。

田中区議は、女性や子どもを守るために戦うと言います。その思いに異論はありません。私も同じことを思い願っています。けれども私は、田中区議の言動が女性や子どもを守るものとは思えません。
私が自らの性と向き合い、人生をすり減らしながら戦っていた未成年の当時、自宅のポストに投げこまれた選挙広報に田中区議の項目を見たとして、何を受け取ったかを想像すると、浮かんでくる恐怖心を拭い去ることは難しいです。いかがわしいチラシやビラではないのです。公的な選挙公報です。想像したくもないですが、私が生きるのはそういう社会なのだと困難を一層深くし、アイデンティティは絶望に引きずられるようにして、最悪の場合には、今の私はいなかったかもしれないとさえ思います。全戸配布とは、そうした事態を招く可能性のあるものです。私はあの選挙公報を提出した田中ゆうたろう氏の行為が、女性や子どもを守るためのものとは到底思えません。

なぜあんなものが配布されたのでしょうか? なぜ止められなかったのでしょう。田中氏が求めたとして、選挙管理委員会はその妥当性を検討し、リスクを鑑みて止めることは出来なかったのでしょうか。

その後、田中区議が当該イラストはシス男性を表現していると表明していることも知っています。では当該のイラストが表す一人に田中区議も含まれていますか? 田中区議はご自身をどの立場に置いて主張をされていますか? それがシスジェンダーとしてのものならば、当該イラストは田中区議を含めた人物を模しているのですか? ならば女性や子どもの害になっているのは、あなた方ではないのですか?

田中区議の言動には、トランスジェンダーに対する明確な悪意、敵意が散見されます。田中区議の言動は、区民の一人として生きる、特定の属性を持つ人に対する生きづらさや不安を、根拠のない言説をもとに煽ることで助長しています。
私は区民の一人として、誰もが安全に暮らせる社会を願う、とりわけ子どもを守りたいと願う一人の大人として、トランスジェンダーの当事者として、田中区議が掲載を求めた選挙公報に対して強い抗議の思いを抱きます。
同時に、選挙管理委員会は全戸配布ということの意味を一層深く受け止め、各戸のポストの向こうには、困難の渦中にある人、とりわけ子どもたちが含まれることを想定し、二度と同様の事態を招かないよう、組織における教育と自覚の徹底、選挙にかかる配布物等に対するガイドラインの策定に努めることを強く求めます。

2024年2月2日 杉並区在住 鈴木信平

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