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大災害から生き延びるために着る服

ファッション界隈に見られる奇習の一つとして、災害時にどの服を引っ掴んで逃げ出すかとか、家が丸焼けになり、保険金でもう一度一から洋服を買い始めるなら何を買うかとか、様々な名目の「厳選ゲーム」が存在する。万物流転の俗世において、「ワードローブの完成」とは手にした途端に崩れ出す砂糖菓子であることは百も承知だが、あえて極端な条件を課すことによって、贅肉が増えた自意識を研ぎ澄まそうとしているのだ。要は筋トレと一緒なので気にせず見守っていてくれればそれで良い。

持てるの物の量に極端な制限がかかる場合、当人が選ぶ洋服からは、設定された条件に対するパーソナリティが滲み出る。災害時に家を捨てて避難する場面を想像してみると、まず命を守るための機能性、次に不自由な避難生活における快適性が重視されるだろう。その観点で現在の手持ち服から選んでみたい。

veilance patrol down coat

コレ何度目だ、と言うご意見は承知している。だって良い服なんですもの。

まず屋外避難で最も大切なのは身体を濡らさないこと、それに付随して冷えから身を守ることだ。よってゴアテックスのシェルアウターとダウンインサレーションの組み合わせは災害避難の最適解と言える。雨が当たるとトタン屋根のような音がするほどの分厚く硬い生地は、真夏の豪雨や冬場の強風から身を守る。適度なロフト感のインナーダウンはシェルから取り外せるので、夏場はシェル単体で着用し、雨天時に室内に入る時にもシェルだけ取り外して水気を切ることができるなど、非常に合理的である。また傍目には地味なコートなので悪目立ちすることとなく、ヴェイランス特有の切り替え箇所のステッチワークのエレガントさに心を慰められることもあるだろう。

Arc'teryx Palisade Pant

上衣は完全防水のシェルが最適解と述べたが、パンツはそれよりも速乾性を重視したい。なぜなら道路の冠水時など、パンツを常にドライに保つのは難度が高いからだ。冬場の避難には生地の薄さが心許ないが、インサレーションパンツは濡れると地獄であるし夏場には取り周りが悪すぎるので、この服がモアベターだと思う。

marc jacobs  cashmere hoodie

辛くも避難所に到達し、雨風に晒される危機は去ったのも束の間、次に待つのはプライバシーの無い避難所生活である。硬い板の間にマット一枚で寝起きするのは心と身体に大きなストレスとなる。マークのカシミアパーカーのストレッチ性を備えたカシミア生地は、手持ち無沙汰の時に撫で続けることで精神の安寧を保ち、ラグランスリーブと深めのフードは身体を優しく包んでくれる。見た目はただのスエットパーカーなので、下手に目立つことなくモブに徹することができる点も危険回避には必要なことだろう…



と、ここまで書いて気付く。命の危機に瀕するような大災害を前に一個人が纏う洋服の機能性など取るに足らないものなのではないか?寧ろシュミレートすべきなのは、命を繋いだ後、身も心も疲れ果てた人々が集う社会でいかに生きていくかという観点なのではないか?

文化とは極限状態における人間の営みであり、人は命の危機でこそ文化を求めると言ったのは小林秀雄だったと思うが、目先の機能や快適ではなく、人心の荒廃したアフターマスにおいて、着用者が人間としての尊厳を保つことができる文化性を備えた服。また、持ち主は倒れたとしてもノアの方舟に鎮座されうるマスターピース。これこそが大災害に持ち出すべき服なのではないか。

幸にして、そういう服に心当たりがある。

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CAROL CHRISTIAN POELL

ポエルのガチガチホースレザーは心と身体を守る鎧。

そのパターンは人類が到達せし叡智の一側面を映す。

そのドリップは……よく分からない。

もし大災害が起きた時はポエルを着て逃げるべき。持ってないけど。








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