キリンジ「代官山エレジー」について

今日はある原稿に着手しようとしていたが、なかなかうまくいかないので、ちょっと別なことを。

もう誰かがいってることかなとも思うけど、キリンジの「代官山エレジー」ってあるじゃないですか。名曲ですよね。長いこともともと藤井隆に提供した曲だからと思って耳で聴くだけにしてたんだけど、こないだ人から「あれ、なんで洋梨タルトなんだと思う?」と聞かれて「用なしってことなんじゃない?(笑)」とはさすがにベタすぎて答えられず、それきっかけで改めて歌詞を読んでみたんだけど、いや、スゴいね、これ。さすが松本隆。めちゃくちゃテクニシャン。

「くすぐったい」「甘酸っぱい」の決め打ち、具体的な事情には何も触れないのに「ニットのマフラー」「洋梨タルト」というディテールで浮かび上がる情景と性格の描写、「ジャンケン」「未来」と「チョキ」「愛も破けた」の対比、「風の木の葉が見つめ合う」「泣き言をつぶやくな/空模様」の風景と内面のないまぜ方、「さっき」「最後」と「心は」「こんなに」の頭韻……などなど、華麗すぎるテクニックの乱打。

そんなテクニックを使って描いていることがまたヤバくてですね……前から「この男(歌の一人称の男のこと)、絶対ヤなヤツだよね」と思っていたけど、とにかく徹頭徹尾ほぼ自分の気持ちのことと自己正当化しか書いてないじゃない。たまに相手のことが出てきても「君のわがまま」と切って捨てる。完全に自分都合で彼女を捨てておいて、「視線断ち切る」とか「落ち込む顔は見せたくない」「わざと邪険に…」とか、「しょうがなかったんだ……」と自分にいいきかせつつ、別れに酔ってる、そんな感じ。でもって、最後に来るのが「通りに面したカフェで/ぼくは死ぬ日まで君を忘れない/電話のメモリーは消しても」、この見事なまでの口のぬぐいっぷり!

事情を書かずにディテールだけはあるから、聴く人は自分なりにどんなふうにも読みこめて、昔の過ちか何かを思って、「しょうがなかったんだ……」とさめざめ泣いたりできる。いや、ホントによくできてると思います。ホメてます。

で、この感じ、何かに似てるなと思ったんだけど、あれじゃないかな、大きなプロジェクトを進めるとか、先祖伝来の土地の買収とか、損害賠償を隠蔽したり最小に食い止めるとかの任に当たってる、国とか大企業とかデベロッパとかの窓口になって交渉する人。カンカンになってる人を相手にうまいこと懐に潜りこんで、手土産は欠かさず、相手の話を聞いて、うんうんとうなずいて、あまつさえ涙とか浮かべちゃって「お気持ち、よくわかります」とかいって、要は丸めこんで。んで、相手が「これだけは約束してもらいたい」という条件をもちろんですよと受け取って、契約を結んだり、妥結させたり、話をまとめたりする。で、その後は、本人は転勤とか(その後栄転)しちゃって、後任の人は「そんなこと聞いてません、粛々と進めます」っていうさ。栄転した人は、あの仕事、たいへんだったな、皆さんどうしてらっしゃるかな、と胸にチクリと痛みが走るものの、仕事だからね、「しょうがなかったんだ……」。完全にそういうノリの話なんじゃない、コレ。

そうすると、最初に書いた「用なし」っていうのも、意外と本当にそうなのかも……と思ったり、だいたい歌詞の中には出てこない「代官山」っていう地名もそれこそデベロッパが入りこみすぎて、昔の街並みがわかんなくなっちゃった土地のことだよねと思うと……やっぱりこえーぜ、松本隆! ホメてます!

で、さらにこえーのが、作詞・作曲のふたりがそれを承知でこの歌を感動的に仕上げてきてるところですよ! まいった! しつこいようですが、ホメてます!

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