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盛岡帰省①

今年のGWは岩手のおじいちゃん家に行った。
「今年の」とつけると、毎年GWはどこかしらに旅行している感じがするのだが、去年のGWは何をしたのか思い出せないし、さほどGWに思い入れはない。

今年はGW前後も暇だったので、何かイベントごとをと思い、母が帰省するタイミングでついていくことにした。

荷造りはもちろん当日に行い、特に荷物確認もすることなく、るぬっと家を出た。

早速母親のPASMOが使えない問題が発生するが、こういう時に限ってジタバタするのはお決まりなので、もはや慌てることもない。

東京駅へ向かう途中、母親が電車の中で堂々と塗り薬を首に塗っているのをみて、なんか嫌だなと思った。

新幹線では、本を読んだり、音楽を聴いたりしていたのだが、旅特有の不安感が急に訪れてきた。

最近メンタル的に不安定な時間帯があるので、東京に置いて来れなかったか、となんだか腹が立ってきた。

腹が立ったまま、盛岡駅に着いた。思っていたよりも人が多かった。

おばあちゃんの待っている駐車場へ向かって歩いていると、トンネルの途中で急におじいちゃんが現れた。

ずっとそこで立って待っていたのではあるが、感覚的には突然そこに現れた感じがした。

「大きくなったなあ」と親戚との集まりで必須な社交辞令もそこそこに、おばあちゃんの待つ駐車場へ向かった。

なんでおじいちゃんとおばあちゃんが別々にいるのかというと、2人はいつだったからに離婚していて、一緒に住んでいないからである。

そんな事情を心の中で察しつつ、まずはおばあちゃんの県営住宅なるものの手続きをしに役所へ向かった。

役所の雰囲気はかなり重苦し感じがしていて、思わず「空気重っ」と口走ってしまった。

最近思ったことな素直に口に出すように心がけているのだが、そういう面では非常に失礼しちゃってるのがネックである。

県営住宅は抽選で当たった人しか住むことができないそうで、望み薄になりながらも、手続きのための書類をとりに向かった。

待っている途中、おじいちゃんが僕におばあちゃんの悪口や、身の回りのものへの愚痴を延々と吐いていた。

岩手について数時間だが、なんのためにここにきたんだろうと人通りの少ないロビーをぼーっと見ながら思っていた。

手続きが終わると、母はおばあちゃんの家へ、僕はおじいちゃんの家へそれぞれ車で向かった。

運転中、シートベルトを途中まで閉めていなかったり、思いっきりタバコを吸っていたり、この人にルールや秩序はないんだろうなと思った。

家に着くと、おじいちゃんの家とはもう一つ、離れに以前まで使っていた会社の事務所があったので、自分はそこに泊まることになった。

荷物を置いてトイレやお風呂の場所など一通り確認してからおじいちゃん家に戻り、軽く雑談した後、飲みにいくぞと言われ、家を出た。

タクシーで向かうかと聞かれたが、バスが走っていたのでケチな僕は秒でバスがいい、といい放ち、タイミングよくきたバスに乗った。

車内は予想通り3,4人しかいなかった。知らない土地で知らない土地に向かっているバスに乗るのは結構不安で、おじいちゃんに行き先を聞いたのだが、おじいちゃんもあまり行き先をわかっていないようで、もっと不安になった。

郵便局、ああ郵便局だ、とふと行き先を思い出し、なんとか目的地へ着いたようだった。

そこは盛岡の飲み屋街で、かなりいい感じの雰囲気のお店がたくさんあった。

初めは焼肉がいいと言っていたのだが、お酒を飲むのなら焼き鳥かと思い、昔ながらの焼き鳥屋に入った。

席に案内されてから、おお懐かしいな、20代のとき以来だなと店員さんに対しても、豪語していたのだが、創業45年とかだったので、どう考えても20代のときに来ているはずはなかった。

酔いも回ってきておじいちゃんはさらに饒舌になって隣りの席で1人で呑んでいるお兄さんにまで話しかけていた。

そういうとき僕は保護者として、すいませーんほらおじいちゃん、隣の人に話しかけないの!などと言うべきだったのだが、どういうトーンで声を出せばいいかわからず、その様子を黙って見ているだけだった。

面白いものでああいう場では何を話していたのか一つも思い出せないのが残念である。

3,4倍呑んで、焼き鳥をたらふく食べた後、おじいちゃんの行きつけだというスナックへ向かった。

店に入る前にチラッと覗くとすでに出来上がっているおじいちゃんと同年代くらいの方々がズラッとカウンターの席に並んでいた。

これまた新たな場所に出会えたなとワクワクした気持ちで店内に入った。

席に座るや否や、お孫としての自己紹介が始まる、のかと思いきや、僕の紹介もそこそこにおじいちゃんはすぐにスナックに溶け込んでいってしまい、僕は出されたお酒とお菓子を細々と口に入れるだけの時間が続いた。

僕も酔いが回ってきたところで、段々と打ち解けてきて、カラオケを歌ったり、冗談を言ってみたり、楽しい時間を過ごすことができた。

ただ、仕事の話をするのはタブーならしく、歯がなくて滑舌の悪いお年寄りの方々の話を、なんとか耳を傾けながら聴くだけだった。

滑舌が悪いの話し方がないのだが、なんで言っているのかわかったとしても、何を言っているのかよくわからなかった。

おそらく彼らは、笑うために喋っているのでのであり、その話が面白いとかどんな意味があるとかは関係がないようである。

なんだか日頃、人の言葉に傷ついたり深読みしたり、一喜一憂してるのがアホらしく感じてきた。

おじいちゃんも相変わらず周りの人をいじったり、曲に合わせてタオルを使って踊ったり、終始上機嫌だった。

それにしても、お年寄りの演歌率の高さを異常だった。というか全部演歌だった。申し訳ないけど歌詞もメロディーも何がいいのか一つもわからなかった。

22時を回った頃、タクシーに乗って家へ向かった。

酔っ払いおじいちゃんとそれを宥める孫、という構図で運転手さんはにこやかなのかなと思ったが、一つも笑っていなかった。料金は1600円だったが、2000円を払ってお釣りはいらないよ、と言い、運転手さんも一つも拒むことなく、はいっ、ありがとうございまーす、と言われ、車を降りた。

おじいちゃんは自分の家に、僕は離れに戻り、初日を終えた。(シャワーの水が出ないというハプニングあり)



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