感動小説・嗚呼、雪山に日は暮れて
「ゆきやまーっ」
叫ぶ声が聞こえた。
雪山は振り返った。
雪山源五郎。
「ゆきやま」は苗字だ。
「おれを置いていくなよ」
雪山に語りかけたのは、ヘモグロ・ビン太郎。
由緒あるヘモグロ家の御曹司である。
二人は公園のちょっと丘みたいになっているやつに上っていた。
二人とも年齢は三十五歳であった。
ヘモグロ・ビン太郎は月に小遣いを二百万円、もらっている。
無職の雪山源五郎は、ヘモグロ・ビン太郎から金をもらって生活していた。
二人の夢は、アニメ版・月光仮面をハリウッド映画化することだ。
夢をかなえる第一歩として、二人とも英会話教室に通っている。
そして、帰りに公園で遊ぶことになった。
三十五歳の、ひげづらの男二人が公園ではしゃぎまわっていると、子供を連れたお母さん方は気味悪がって、子供を連れて全員帰ってしまった。
雪山とヘモグロは、それは自分たちが偉いのだと勘違いしていた。
彼らは鼻たかだかだった。
しかし公園で遊ぶのも飽きてきたし、ハリウッドの夢もかないそうにない。
「もう、やめるか」
「ああ」
数か月後、雪山は路上でそうめんを配る仕事に就いた。
ヘモグロ・ビン太郎は、父親から会社をまかされた。
シャーペンの芯をケースに入れることを請け負っている会社であった。
二人は、もう会うこともない。
精神的に大人になったのだ。
だからもう子供番組を見てはしゃぎまわることもないし、お子様ランチを食べることもない。
ただし、二人とも、ナポリタンの大盛を口の周りをケチャップだらけにしながら食べることはやめようとしなかった。
それが「古事記」の冒頭部分であった。
おしまい
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