作品「水田で目玉焼きを食べる」


水田で目玉焼きを食べる
 


京都の東
白川通りの喫茶店
中は店主の
数十年にわたる放任主義によって
ごく控えめに言って汚いが
一度
慣れてしまえば
妙に落ち着く
棚には
大量の漫画に混じって
宗教書や
神秘主義の本が散在している
壁には
おかしな短歌や
逆さの世界地図が貼られている
こんな告知もある
「午後七時からはディスカッションタイム」
まあ 店というよりも
不思議な場所なのだ
ここで目玉焼き定食を
メニューに見つけた
タマゴひとつが五百円
タマゴふたつは五百五十円
みそ汁 または食後の珈琲もついている
ずいぶん安い
僕は
いつもタマゴひとつを注文する
先日訪れると
壁に古い地図の拡大コピーが貼られていた
じっと見ていると
店主は
「九十年前の北白川の地図ですよ」と教えてくれた
この辺りは見渡す限りの田園だったようだ
一瞬 
水田の広がるのどかな風景が
頭に浮かんだ
風が青い穂を揺らし
牛が木陰で休んでいる
空を見上げると
白い雲がゆっくりと流れている

僕はここで
目玉焼き定食を食べている
たっぷりと
マヨネーズをつけて
とても静かに
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


『言の森』(BOOKLORE)
『歩きながらはじまること』(七月堂)

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