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エンタメ支援の順番が回ってきたことを実感して感慨深かったり...

6月29日に開催される僕のオンラインコンサートは、株式会社CHIMNEY TOWN(キングコング西野さんの会社です)に運営面を全面的に担っていただいてるんですが、現在運営面の先頭に立ってアレコレ動いてくれているのはインターン生の志知(翼)さん。

その志知さんが僕のオンラインコンサートに付随する形で昨日クラウドファンディングを立ち上げられていました。


クラファンの趣旨や概要諸々は上記リンク内に飛んでいただければ全て分かると思うのでぜひそちらをご覧いただくとして、今日はこのクラファンを見た時に、実際に被災して避難所生活を経験した僕の立場としていろいろ思うところがあったので、その辺りを少し書いてみようと思います。

端的に言えば、元日からの時の流れの中で「娯楽(エンタメ)が足りないからそこを支援しよう!」っていうフェーズにすっかり突入しているんだなぁ…と感慨深くなったみたいな話。

それは今回の震災において"エンタメのエの字も受け付けない"空気感を僕は生々しく知っているからこそで、頭では分かっていたつもりだったけども、改めてエンタメというのは嗜好品であるということを身を持って経験したからであります。

生活インフラをズドンと奪われ、目先のご飯があるのかどうかも分からない、お風呂も入れないトイレも流れない、物資がいつから届くのかも分からない、とりあえず今夜は水一本で凌いでください、おにぎり半個で我慢してくださいみたいな時に、さてエンターテイメントは何をしてくれるんですか?という話になるわけで。

誰かが歌を届けてくれることで水が出るなら大歓迎。
トイレが流れるなら大歓迎。物資が届くなら大歓迎。

でもそんなわけないでしょう。
結局、水が出てお風呂に入れて普通にご飯を食べてる人たち同士で楽しんでるわけでしょう?

すごく嫌な言い方をしてると思いますが、これは物資がある程度見込めるようになるまでの被災者のリアルな本音であり心の荒みっぷりです。

被災地を心配している者同士で癒し合ってるだけのことであって、こちらに何かしら恩恵があるわけではないって感情をどうしても持ってしまうわけです。

まさに「同情するなら金(物資)をくれ」って事なのかも。


「エンタメ」というもので何かしらの支援の気持ちを届けるのは、とにかく順番とタイミングが大事になってくるんだなってことは、その立場になることでものすごく生々しく学んだ部分であります。

先ほど載せさせてもらったクラファンの概要文の中に「食料品や衣類、生活用品が中心で、子どもたちが遊んだり楽しめる物はなかなか見当たりません」という一節があるんですが、これがまさに満を持してエンターテイメントの順番が巡ってきましたねって話で、逆に言うと食料や生活用品はとりあえず安心という捉え方もできるわけで。

もちろんオンラインコンサートの撮影観覧のお誘いに関してもそう。
https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLScCBUHLP6Z2j8xXHi6JTj1gd3HDpzG4HK81iktcU0XfA5l8Sw/viewform 


ようやくこうして堂々と「ライブやるから観に来てね!」って被災地で言える順番が巡ってきた。

このあたりの感慨深さに関しては正直世界中の誰よりも自負を持っている部分があります。


この時期の僕をずっと追ってくださってた方なら共感していただけるかと思います。

今回、絵本支援のクラファンが立ち上がったのを目にした時に、初めて感じる感慨深さに満ち溢れました。

エンターテイメントがその本領を発揮するフェーズにしっかりと突入してるんだね能登半島は(もちろん全てを一括りにはできないかもだけど)。

で、その支援の一翼を僕も担えてるみたいで(視聴権とかボランティアスタッフ権とか)それがとっても嬉しいです。

小さな音楽室で避難者同士でピアノを通じて慰め合ってたあの時期からずっと線が繋がっている僕としては、本当に本当に感慨深い話だったりするんです。
「そんな?」って感じで、あんまり分かってもらえないかもしれませんが。


っていう、僕の立場としての思うところって話でした。

僕のほうからも、ご無理のない範囲でぜひご支援のほどよろしくお願いします。

以上です。



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