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デザインとの出会いを育む授業設計~東海大学経営学部「デザイン1」より

私の周りにはデザインを仕事にしている人に溢れ、デザインについて定義なしに語ることができ、デザインの価値を特に説明しなくとも分かりあう仲間がいる。

しかしいま目の前には「デザイン」に対し、ちょっと縁遠いと感じてしまいがちな大学生たちがいる。それがのべ160人。そんな大学生たちにデザインへの親近感を感じてもらうために、どのような講義をすべきでしょうか。そういう話をします。

こんにちは。座敷童子です。2024年の春学期に、東海大学経営学部の「デザイン1」を担当しました。本記事では講義をどのように設計したかを語ります。また受講生の皆さんへも復習用として使って頂けますと幸いです。

講義の内訳

社会科学系の学部では、デザインは一般教養科目となりがちですが、東海大学経営学部はデザインを主専攻科目として位置づけられています。

「デザイン1」は大学2年生の選択科目にあたり、全14回授業のオムニバス授業です。160名~170名ほどが受講し、大講義室での100分講義。私はガイダンス(第一回)の直後の二回目、三回目の講義を担当しました。要するに切り込み隊長です。講義の内訳は次のようになっています。

第二回
「デザイン」を仕事にするとはどういうことか?
デザインに関わる仕事とは一見「美術系の大学や専門学校でデザインを学んだ人」にしか就けないと認識されがちです。しかしデザインに関する仕事には様々あり、ひょっとすると皆さんも「デザイン」に関わる仕事に携わることになるかもしれません。デザインに関する仕事とはどういうものがあるのでしょうか。また「デザイン」を仕事にするとはどういうことでしょうか。

第三回
デザイン組織をマネジメントする
デザイン組織とは「デザインに関連する業務」に従事するメンバーで構成されている組織です。昨今では制作会社だけでなく、事業会社でもデザイン組織を構成するケースが増えてきました。しかしデザイン関連職のメンバーをマネジメントするには「デザイン」固有の難しさに向き合う必要があります。デザイン組織をマネジメントする難しさとは何か、どのように実務的に取り組まれているのかを実例を元に紹介します。

デザインの授業と聞いて一般的には、美大や工学系のデザイン学科での授業が想像されますが、それらの受講生はデザイナーやクリエイターになることを思い描いている層です。そこで行われている授業も、デザイナーやクリエイターになるための実践的科目が多いはずです。

しかし、経営学部経営学科では受講生がデザインの道に進むことを希望する例は稀少で、就職先を見てもメーカーやサービス業、流通、商社などがマスゾーンになります。ともするならば「デザイン」と銘打つ科目であったとしても求められる授業内容は、美大などとは異なるものになるはずです。

よって自分がこの授業を設計する際に意識したのは、「デザイナーやクリエイターへの職業的関心が高い訳ではない学生に、どのようなデザインの授業を届けるべきか」という問いでした。

「デザイン」とは何かを定義してみる。

講義を設計する上でまず直面したのは、科目名の「デザイン1」の重みでした。大学における基盤科目や導入科目(政治学1や社会学1みたいな科目)は、まだその学問に触れた事のない学生に「学問との出会い」を生み、水先案内人になるという期待値があります。

受講生にとっての「デザインとの出会い」に該当する「デザイン1」。そこではまず「デザインとは何か」を伝えなければことが始まりません。この授業を作るにあたり定義を探るべく、初期デザイン諭、デザイン思考とか、吉川の一般設計学とかも読み直しましたが、どれも発展的に感じたので「1」に相応しいデザインの定義を探ってみることにしました。

結局自分が立ち返ったのは、学問としてのデザインサイエンスの淵源(古賀 2019)として参照されている、ハーバート・サイモンです。1969年に著された『システムの科学』の第五章で、人工物のデザインとは、既存の現在の環境を好ましい(望ましい)状況に改変するプロセスと捉えています。

現状を望ましい状況に変えていくことを目指す行為の指針を考案する者は、みなデザインを行っている
”Everyone designs who devises courses of action aimed at changing existing situations into preferred ones.”

Herbert Simon(1968)“The Sciences of the Artificial” Cambridge: MIT Press.より

今回の授業ではサイモンの記述を踏まえつつ、よりデザイナーの実務的感覚を加えた定義を検討することにしました。

というのも確かにサイモンの言説を解説することは重要ですが、同時に私は実務家出身で授業を担当する者として、実際にデザインの仕事をしている人の声を届けることも期待されると判断したためです。そこで日々活動しているデザイナーの方々との実務的な感覚とズレが生じていないかも確認する作業にも取り組みました。

具体的には、今回の授業を設計するにあたり、自分の知り合いのデザインに関連する職に就いている29人にアンケートにご協力頂き、アンケートでの自由記述内容をもとに「デザインするとはどういうことか」の再解釈を試みました。29人へのアンケートはサンプル数としては少ないですが、自由記述で語られているナラティブを解釈し、おおよそ共通して抱かれている「デザイン」に対する印象の傾向を定義の材料として加えました。

実際にアンケートでは「あなたにとってのデザインにかかわる仕事をすることの魅力や価値を大学生に伝えるなら?」という質問項目に対し、「望ましい未来を自分(たち)の手でつくる事のできる仕事」「ぼんやりとしたユーザーのニーズや事業の想いを汲み取って形にしていくのが、デザインの仕事」「自分の想像を形にできる」といった回答が見られました。

すなわち自ら形にしていく、実現するということがデザインという活動の欠かせない構成要素であると示唆されました。

特に「具現化」にこそ、デザインの特徴があるのではないかという点については、経営学部でユーザーイノベーションに関する研究に取り組まれている亀岡京子先生にも「面白い」と言っていただいたポイントでした。

結果として今回の授業で提示したのは「好ましい状況を実現する何かを具現化すること」という定義です。つまり「現在」から「好ましい状況」に到達するために用いられる“何か”を形にしていくことがデザインといえるのではないかと示しました。ここでいう「何か」とはグラフィック、プロダクト、インタラクション、システムなど多岐に渡るデザインの対象です。

「デザイン」の暫定的な定義に関するフレームワーク。

デザイン=問題解決と言われることもあり、“現在”を”問題(課題)”に置き換えたほうがいいんじゃないかとアドバイス頂きましたが、僕はそれは好きではありません。というのも、自分が見ているデザイナーはある現象を「問題」という先入観を持たず、俯瞰的に観察・直視してる気がするためです。

ある人にとって問題であれば、他の人から見たら好機の場合もあるわけで、目の前に広がる現象はさまざまな面を持ち合わせています。一概に「問題」としちゃうと、多義性を直視するデザイナー独特の目が失われちゃうと考えたので「現在」にしてみました。

事例にあてはめて「デザイン」を理解する。

とはいえ、受講生は経営学部の学生さんである以上、「デザイン」に関してはじめましてな方が多く、デザインは、やはりファッション、空間、家具のデザインといったモノ寄りでカッコいい、美しいもののデザインという印象をざっくりと持っている方が多い印象でした。

そうした印象を持つ方に、「デザインとは好ましい状況を実現する何かを具現化することである」といっても、どういうこと?となってしまいます。

そこで手前味噌なのですが、MIMIGURIが関わらせていただいたデザインプロジェクトを題材としながら、上のデザインの定義の理解を深めてもらうことにも取り組みました。授業内で紹介したプロジェクトケースについては、MIMIGURIの自社メディアであるayatoriで紹介されているものを用いました。

授業内で紹介した、株式会社東海理化さんのゲーミングブランド「ZENAIM」の立ち上げ

例えば、このZENAIMのブランドストーリーには「WELL GAMING 本当に幸福なゲーム体験を」というものがあります。市場に溢れる既存のゲーミングギアは「Hight Quality」や「Hight Performance」に溢れているが、自動車部品メーカーの東海理化さんだからこそできる品質とは、「Well(よさ)」を届けることではないかと。

ayatori(2023)「幸福なゲーム体験を。自動車部品メーカー新規事業立ち上げ・ブランド開発の伴走支援。」https://mimiguri.co.jp/ayatori/works/zenaim/

すなわち、現在は「既存のゲーミングギアは『Hight Quality』や『Hight Performance』に溢れているが、本当に必要とされた性能なのか?」と問うている状況があり、その延長線上の好ましい状況として「WELL GAMING」を掲げ、その好ましい状況を具現化したものがZENAIM Keyboardにあたると解釈できるわけです。

デザインの定義のフレームにあてはめたZENAIM Keyboard

フレームワークは実例にあてはめると理解しやすいので、いくつかの事例を当てはめて紹介しました。授業内で紹介した事例としては、Yogibo米国のグラフィックデザイナーを募集する街頭広告、メルカリ、くまモンなどなど。デジタルからモノ、広告などさまざまな事例資料をもとに「デザイン」を分解してみました。

「デザイン」の解像度を高める

このように、デザインをフレームワーク化して示したところで、これではデザインを単純化しすぎているという声もよく理解できます。

しかしこの授業はデザインに今まで触れてこなかった学生も受講する経営学部の導入科目です。あくまでこの講義で私に求められたのは「デザイナーやクリエイターへの職業的関心が高い訳ではない学生に、どのようなデザインの授業を届けるべきか」という問いに答えることです。その問いに挑むことは、職業デザイナーを目指す学生を相手に授業し、デザインの世界の深淵を覗いてもらうのとは別の角度の難しさがあるように感じます。

デザイナーやクリエイターへの職業的関心が高い訳ではない学生に、よい「デザインとの出会い」を生み出すために、まずもって実行したのは「デザインに対する解像度が高まる機会をつくる」こと。

もともとはデザインは「センスのない自分には縁遠い世界」であると感じさせてしまいがちでした。その「得体も知らなくて」「掴みどころがない、自分には掴む機会も与えられない」デザインに対する抵抗感を和らげていくことが自分の役割だと思います。

実際に、第一回の授業の最初にチェックインとして「デザインと自分の距離感を指の本数で答えてください」というミニワークをやりました。1本は全然縁遠い、5本は非常に近いとした際に、多くの学生は2や3を挙げていました。これは縁遠いか、普通という回答です。

チェックインワーク。教養学部芸術学科の富田先生に撮影して頂いた。

しかし、第一回授業後に回収したリアクションペーパーからコメントを抜粋すると

  • デザインとは芸術系という固定概念があったが、理想の状況のモノ・コトだとわかり興味がわいた

  • 美しいもの、カッコいいものをつくるというだけではないと知れた

  • 自分はデザインと関係ないと思っていたが、意外とそうではないと知れた

  • デザインという言葉は知っていたが、実際の内容はわからなかったので今回の授業で詳しく知れた

  • デザインは服のイメージが強かったが、様々なものにデザインが関わることを知れた

  • デザイナーは美的センスの高い人にしかなれないと感じていたが、発想や課題解決力が求められると知って関心が湧いた

  • 自分の中でデザインとは人目を引くものをつくるというイメージがあったが、将来性を考えて1つのデザインが出来上がることを知れてよかった。

という回答も見られました(回答を特定できないように抽象化しました)。また授業後に7~8人の方から質問や進路相談を頂いたりもしました。今回の授業を通して、受講生のデザインに対する解像度が高まり、少しばかりでも親近感を持っていただけたことを感じました。

実は私も「デザイン」と縁遠い学生だった

自分はMIMIGURIで新卒3年目を迎えましたが、学部時代からデザインに接点があったわけではなく、もともと学部は法学部で、友人を見渡すと司法試験の合格をめざし、ロースクール(法科大学院)の進学に備える学生が溢れていました。かという自分は大学入学当時は政治思想史の研究者になりたいと思っていました。

そんな自分の「デザイン」との出会いは、学部3年生時に、KDDI総合研究所でのリサーチインターンシップがあります。同研究所は情報系の研究施設ですが、自分はインタラクションデザイングループという、ヒト・モノ・メディアの相互作用としてのUXを扱う研究チームで、1年半にわたり研究開発の修業を積みました。そこが自分にとってのデザインとの「出会い」でした。

結果として、現在デザインにかかわる仕事に従事できているのは、学部時代や院生時代の研究を通じて「デザインに対する解像度」を高め、親近感を持てたことにあると考えています。

多くのバックグラウンドを持つ人間が、デザインに広く関わる仕事に就く時代です。たとえ営業や人事、マーケなどの職で就職したとしても、異動やジョブチェンジなどで「デザイン」に関連する部門や組織に移ったという話もよく聞きます。加えて新卒でも総合大学出身のデザイナーが増えていると各企業の人事担当者からも伺ったりしています。

今回の講座(私の授業だけじゃなく、後に続く先生方の講義を通じて)、経営学部経営学科の学生がちょっとでもデザインに関心を持つきっかけてなると嬉しいです。その末に結果的にお仕事をご一緒したり、デザイナーイベントとかで「あっ!あの時の!」みたいなコミュニケーションが生まれることを密に期待してます。

参考文献

Herbert Simon(1968)“The Sciences of the Artificial” Cambridge: MIT Press.
古賀広志(2019)「デザインサイエンス研究の系譜と課題」日本情報経営学会誌、38巻、4号、pp.36-56.
ayatori(2023)「幸福なゲーム体験を。自動車部品メーカー新規事業立ち上げ・ブランド開発の伴走支援。」https://mimiguri.co.jp/ayatori/works/zenaim/

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