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「卵かけご飯を食べたい」と願う女性の話

僕はおじいちゃん、おばあちゃんが利用している施設で日々働いています。

今回はそんな日常の中で体験した話を書いてみたいと思います。

うちの施設に通う60代の女性(Sさん)は右手が麻痺(思うように動かしにくい)していて、手の感覚も左手に比べたらあまりない状態だそうです。

そんな女性から、相談を受けた。

「毎朝、卵かけご飯を食べたいけど、卵を手に持つと、いつも落としてしまって、息子に叱られる。どうにかして卵かけご飯を食べれるようにならんかね?」

僕はこの時、ちゃんとSさんに向き合おうとしていなかった。
この時の僕の対応は、彼女をより苦しめる結果となる。

「右手で卵を持つと、どうしても卵を落としたりしやすいから、左手で卵を割ってみると上手くいくかもしれませんよ。」

彼女は僕の意見を素直に聞き、翌朝、左手で卵かけご飯を作る事に成功した。

彼女は自分で卵かけご飯を作れた事が凄く嬉しかったみたいで、色々な人に自慢していた。

僕も満更でもなく、その日は気分良く1日を過ごした。

この時の僕は、彼女の問題は解決したと思っていた。


次の日、ひどく落ち込んだ顔をした彼女がいた。

「昨日は卵かけご飯を作ろうとしたら、失敗してまた息子に怒られた。」

「ちゃんと左手で卵を割りましたか?」

「左手じゃ割りきらん。右手で卵を持ったら落としたんよ。ダメね。もう諦めようかね。」

「利き手じゃないから、左手で割るのも難しいですよね、、、。」

「息子がのりたまを買ってきたくれたから、それで辛抱しとく。でもやっぱり、のりたまは、卵かけご飯とは全然違うね。」

その日から彼女は、のりたまをご飯にかけて食べていることを
毎日のように嘆いていて、卵かけご飯に対する強い愛情が僕の心にひしひしと毎日のように伝わっていた。

僕は彼女にどうしても卵かけご飯を自分で作れるようになってもらいたいと強く思うようになった。

よし、一緒に練習しよう。

同じ部署のスタッフや栄養科のスタッフ、施設の責任者に声をかけ、生卵を割る練習の許可を得て、その日から毎日3個ずつ卵を割る練習をはじめた。

彼女は喜んで練習に取り組んでいた。

「ここで練習出来る事が嬉しい。」


僕は彼女に3つだけお願いをした。

1  卵は必ず左手で割ること

2  失敗してもいい事

3  上手に出来るようになるまでは、家では卵かけご飯を作らない事


彼女ときちんと指切りげんまんをして、その日から、卵を割る練習が始まった。

実際に卵を割ってみてもらって分かった事だが、利き手ではない左手で卵を机に打ちつける為、

どうしても力加減が難かしく、しっかりと割れていない状態(中の薄皮が見えている状態)で指を入れてしまい、小さな殻が大量に一緒に入ってしまっていた。

ネットで調べた事だが、卵は机の角などで割ってしまうと殻が入りやすいという。

だから平面で割るようにアドバイスをしたけれど、卵を打ちつける力が弱いのであれば、茶碗の縁などで割ってみるのも良いのかもしれない。


「茶碗の縁作戦」は思いの外、上手くいった。
力加減がちょうど良く、綺麗に割る確率がどんどんと高まっていった。

彼女は生卵を施設内では食べれない為(衛生面の為)
同じ部署のスタッフと毎日のように卵かけご飯を食べながら、彼女が上手になっていく様子を喜んでいた。

そして彼女はついに、生卵を割る技術を完璧にマスターした。


それからというもの、凄く表情が良くなり、自信に満ち溢れ、みんなに褒められる事で、笑顔が多くなっていった。


僕は、ちゃんと彼女と向き合って良かったなと思った。

言葉だけのアドバイスじゃ全然足りなかった。
一緒にやってみて分かる事ばかりだった。

何より一緒に考えながら練習する時間が本当にとても楽しかった。

後になって知った事だが、、、

彼女とした3つの約束を
1つだけ彼女は破っていた。

練習期間中に自宅で
一気に20個、卵を割ったらしい、、、。。

「嫁さんと一緒に練習したんよ。20個も割ったから毎日卵料理食べよう。」

どうりで、いきなり上手になったなと思った!!!!!!笑

でも、家族の方が協力してくれたのは、僕らとの練習の時間があったからだろう。

なんか嬉しく感じた。

最後に彼女は僕にこう漏らした。


「卵に飽きた。もう今は名前も聞きたくない。」


いやあ、嬉しい悩みじゃないですか。

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