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  【創作】誕生【8連マイクロノベル】

1.
 ある日あなたは川で洗濯をしていた。いや、今時そんなことをする人はいないって?でも今はそういうことにしておいてくれ。でだ、しばらくすると、川上からどんぶらこっこどんぶらこと音がした。そこであなたはすぐに察する。ああ、例のアレが流れてきたんだなと。やがてソレの正体が明らかになった。

2.
 普通はここで大きな桃が流れてくる。が、今回は違った。なんとパイナップルだったのだ。なぜ川にこんなものが流れてくるのか。ここは南国ではなく自生などしていない。あなたは困惑した。そして自分が洗濯をしていたことなどすっかり忘れそれを家に持ち帰った。さてこのパイナップルをどうしようか。

3. 
 これが桃ならばお爺さんと一緒に包丁で切ってみましょうかということになるはずだ。この際あなたがお婆さんなのかどうかは関係ない。とにかく切るだろう。でもこれはパイナップルである。桃の時と同じように中から男の子が出てくるのか。パイナップルには種がない。それでも中に何かあるというのか。

4.
 あなたはとりあえずパイナップルを振ってみる。果実全体を子宮に例えるなら羊水のようなものがあるかもしれない。が、中は揺れるようなものではなさそうだ。そして耳を当てた。もしも中にタロウがいるのならば、物音なり声なりするのではないか。でも音はしなかった。耳にトゲが刺さっただけだった。

5.
 あなたは耳をパイナップルから離す。耳たぶを擦りながらふとこの実の重さが気になった。通常よりもやや大きいように思う。とにかくあなたは中身が気になって仕方がない。台所へ行き包丁を取り出した。中から何か出てくるかもという心配もあるが、意を決し、てっぺんの葉の根元ギリギリに刃を当てた。

6.
 パイナップルを押さえる手にも力が入る。実は熟しているため意外にも刃がスッと入っていった。果汁が滴る。「あ、赤くない!」あなたはほっとする。その切り口はあなたがよく知るパイナップルそのものだ。あたりはハワイを彷彿させる甘い香りに包まれた。ちなみにあなたはハワイに行ったことはない。

7.
 もう少し切ってみよう!次は輪切りにしようと刃を当てたそのとき、パイナップルがぶるっと震えた。あなたは咄嗟に飛び退きそれを凝視する。実がゴロゴロと左右に大きく揺れだした。その勢いで台から床に落ち、転がりながらあなたの方へ向かってくる。あなたは恐怖のあまり声を出すことすらできない。

8.
 パイナップルが目の前で止まる。メリメリと音がする。切り口から何か黒っぽいものが突き出てきた瞬間果肉が砕け飛ぶ。なんと中から現れたのはサメだった。信じられないことだがヤツならあり得る。あなたは何故か納得し、眼前に迫る強者を仰ぎ見た。黄金の果汁を滴らせるサメの姿は実に神々しかった。 

了 「誕生 -パイナップルシャーク-」

◯あとがき
宇都宮市の市街地を流れる釜川の清掃活動をする方から聞いた話をヒントに作話しました。まるごとのパイナップルを何度も回収しているそうです。
サメが登場したのは、単に私がB級サメ映画が大好きだからです。釜川にサメはいません。

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