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久米島紀行⑨球美の島、プロペラが回る窓

久米島を訪れるのなら、ぜひとも那覇空港からプロペラ機に乗ることをオススメしたい。

久米島へは夏休み期間中、羽田空港から久米島空港まで直行便が飛んでいる。
便利で楽だが、ここはあえて直行便を避け那覇空港を経由すると久米島旅行が数十倍にも楽しいものとなるだろう。
那覇空港から久米島空港へは40人ほどで満席になるプロペラ機で向かう事がしばしある。
特に閑散期は遭遇率は高し。

那覇空港の出発ゲートから専用バスに乗ること数分、バスはプロペラ機に横付けされ、乗客は徒歩でプロペラ機に向かう。短時間であれば、プロペラ機との記念写真も可能だ。すでにテンションが上がる。細いプロペラに細みの機体、見慣れた旅客機と比べプライベートジェット機に乗り込むかのような錯覚がテンションに拍車をかける。

実は初めてプロペラ機を目にした時、正直、模型かと見間違うほどの小柄な機体に不安がよぎった。
「これで飛ぶのか?この薄いプロペラに命を預ける日が来るとは、あぁ生きているもんだな」と、しみじみ人生の面白さなどというものに浸ったこともあった。
しかし、プロペラ機に乗る機会を重ねると、私の中で久米島旅行とプロペラ機はセットとなり、プロペラ機でないとガッカリする。
プロペラに命を預けるだの、機体がチンチクリンだのは全く気にならない。今やプロペラ機に対する信頼関係は厚く揺るがない。
慣れるとは素晴らしい人間の能力である。

プロペラ機に乗り込むと中央の通路を挟んで2列の席が10席程度、一見観光バスと変わらない雰囲気だ。小さい窓からは命を預けたプロペラが活躍の時を今か、今かと待っている。

久米島から帰る日、空港のチェックインカウンターでこんなことがあった。
いつものように航空会社のカウンターでチェックインをしていると、係の方が「ご了承、ご協力いただきたいことがあります。」と恐縮した面持ちで声をかけてきた。
旅の疲れと島を離れる寂しさでボーっとカウンターに突っ立ている私に回ってきたご協力内容とは、プロペラ機が故障や、何らかの理由で緊急脱出が必要になった場合の協力だという。

ボーっとした頭にスコンッと役割が降ってきた。

プロペラ機に乗り込む乗員は機長と客室乗務員1人である。緊急事態が発生した時には到底乗員だけでは手が足りない。
だから出入り付近に座る乗客は事前に緊急事態時の対応について、出発前に口頭で簡単なレクチャーを受け、その時に備えて欲しいという内容だった。
もしも、引き受けたくないのなら席を変えるという。
ボーっとした私の心に火がついた。
緊急脱出に際しての注意点や手順の説明を受け、「人とは協力するのも、いま、私は頼られたのだ、任務を果たそうではないか!」と無駄に正義感を出し胸を叩く。否、そういう気合いが入った。

説明をしてくれた客室乗務員さんは笑顔だが真剣にこう話す「どうか小さなプロペラ機なので、いざという時にはよろしくお願いいたします。ご協力ありがとうございます。」と深々と頭をさげた。
誠意ある彼女の姿勢は、私達が安心して飛行機に乗ることが出来る理由、その根源に見えた。

プロペラ機が離陸し、久米島の陸地がプロペラの奥に見え隠れする景色を見ながら、何気なく乗っていた小さなプロペラ機の運用がいかに工夫をして成り立たせているのか気づく良い出来事だった。

聞かなければ分からないこと、知って初めて抱く感情、運良く与えらた役割から広がる思考の奥行き、世の中にはポロポロとそんな機会が落ちていて、突然近づいてくる。ただ気づかぬだけの日もきっとあった。
ボーっとしている割には今日はそれに気づき、考えることが出来た。

久米島と沖縄本島を結ぶ小さなプロペラ機は今日も安全に大空めがけて飛び出す。