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真実の情報って?

少し前の話だけど、アメリカのアカデミー賞の授賞式で受賞した白人俳優の態度がアジア人差別だと騒がれてニュースになっていた。僕が最初にそのニュース記事をネットで見た時、見出しに「アジア人差別」とあって、次に実際の映像を見たので本当に差別しているように見えてしまった。でも、何も知らない状態で映像を見ていたら同じ見え方になっていただろうか?

気になったので、すぐに他のサイトを調べてみたら受賞式の後にその白人俳優と差別されたとされていたアジア人俳優が仲良く肩を組んで撮影された写真があった。人によってはその写真も白人俳優の差別した事実をもみ消すために演出したものだ、と言う人もいる。結局真実は分からない。

人の行動ではなく自然現象などを伝えるニュース、例えば「〇〇地方で震度5の地震が起きた」などの情報は、詳細に関する誤りはあっても地震が起こったというのはまず間違いなく真実だ。でも人の行動や言動に関する情報になると、それを記事にする人の思想や感情が反映されて真実がねじ曲げられてしまう可能性が大きい。記事にされた当の本人ですら時間が経てば当時の記憶があやふやになって、本当はどうだったのか分からなくなってしまうこともあると思う。そうなると真実は永遠に分からない。大多数の人がそうあってほしいと願う情報が「真実」としてまかり通ってしまう。

僕は最近、特に人に関する情報に接するときは、必ずその情報とは逆の意見の情報も検索するようにしている。一方向からだけの情報は偏っている可能性があるので、違う角度からの視点も調べて「情報のバランス」をとるようにしている。そして真実は結局分からないのだから、としたままその情報に距離を置くようにしている。

情報に距離を置くって大事だと思う。だから白人俳優の授賞式のニュースに関してもその後もう調べていないけど、差別だとしたい人はそう伝える情報を次から次に探して群がるし、差別を信じたくない人はそうではないと伝える情報に群がる。人の感情を強く刺激するスキャンダルニュースはジャンクフードのように人の脳を刺激して、もっともっとと情報を求めてしまう。そんな情報漁りの時間に人生の貴重な時間を費やしちゃダメだ!と人々に伝えたい。

なんて言いつつも、大好きな有名人の性被害スキャンダルなるものがニュースになると毎日のように気になって検索してしまう自分の弱さよ。。。。
情報と距離を置く修行がもっと必要かな。


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