見出し画像

「あかりの燈るハロー」第十五話

第七章

はーい! せんせー。
(1)


 夏休みがすぐそこまで迫ってきてるって、セミの鳴き声が教えてくれそうな暑い日の朝、始業チャイムとともに教室に入ってきた安西先生の後ろに、男の子が立っていた。
「おーい、おまえたち座れー。まったく蝉にも負けないくらいうちのクラスは元気だな」
 先生はあたしたちを鎮めると、黒板に大きな字で、「古賀篤仁あつひと」と書いた。
 教室がざわつく。
「静かに! もうすぐ夏休みだけどな、このクラスに新しい仲間が入ることになった。コガアツヒトくんだ、みんな仲良くしてやってくれな」
 紹介された古賀くんは、いかにも田舎のガキ大将って感じの体格の良い丸坊主頭で、ほっぺたが少し赤らんでるのが印象的な男の子だった。
「ぼくは古賀篤仁です。博多はよかとこばい、なんでも聞いてください。ぼくは体が大きかたい、みんなよりご飯ばがば食べるけん、給食ば大盛りにしてください」
 転校生がどうどうと話し終わると、教室が大爆笑の渦に包まれていく。笑い声の理由が、大盛りにしてくださいっていうセリフじゃないってことにすぐに気づいた。
 彼の方言やイントネーションはまるで馴染みのないものばかり。
 テレビで聞いたことがあるのと、実際に目の前でなまった言葉を聞くのは全然違う。それがよくわかった。とにかく彼の話し方は衝撃そのもので、教室が湧いた。
「ほら、ほら静かに! 博多ってのは日本男児の町だー。先生は古賀の博多弁は男らしくてかっこいいと思うぞ! みんなも教えてもらえー」
 先生のフォローも空しく、好奇の笑いが収まらない。古賀くんは表情を強張らせ、真っ赤な顔で先生に指示された机へと向かった。
 古賀くんの背中を見ながら、同じ言葉に壁を感じる者として、彼のこれからに同情する。きっと彼も同じに、このクラスになじめずに無口になっていくんだ。

 Re.ハローワールド
『朱里、ただいま!
 今日はなんとうちのクラスに、博多から転校生がやって来たよ!
 同じ日本でもこんなに話し方が違うなんてびっくりだよ。』

 ポロン♭

『おかえり、茜!
 博多からの転校生なんだ!
 地域によっては話し言葉はすごく違うから、
 聞きとる側も、話す側も、しばらくは大変だろうね。
 仲良くできるといいね。』

 Re.ハローワールド
『ハローワールドにも方言ってあるの?
 こうしてメールでやり取りしてるだけだとわからないよね。』

 純粋な興味だ。

 ポロン♭

『そこはここよりもずっと離れた場所で、ものすごく近くにある場所。
 行きたくても行けない場所で、いつの間にかたどり着いてる場所。
 いろいろな言葉を話す人たちがいるわ。
 茜も、いつか必ずここへたどり着くと思うわ。』

 朱里ったらまた謎かけだ。一休和尚さんみたい。
 でも、あたしもいつかハローワールドに行けるのかな?
 そしたら、朱里にも会える?
 あたしの胸は期待でふくらんでいた。


 それから数日がたったころ。

 Re.ハローワールド
『おはよう、朱里。
 カーテンの向こうがどんより暗いと思ったらやっぱり雨。
 この時期の雨ってむしむしするからきらい。
 かみの毛もまとまらないし。
 ハローワールドにも雨ってふるの?
 学校いってきます!
 またあとでね。』

 恒例の朝メールを送り終えると、リビングへおりる。
「わっちゃっちゃっちゃ! ……」
「おはよう! お…お父さん」
 オムレツに失敗したところにちょうど遭遇する。お父さんは慌ててフライパンの卵をぐちゃぐちゃにかきまわし、スクランブルエッグへと変身させた。
「おはよう、茜、ひょっとして見てた?」
 お父さんは、出来上がったばかりのそぼろ玉子をお皿に移し替えつつ、失敗をごまかすように話をふった。
「茜、朱里ちゃんとは仲良くやってるかい?」
「うん、どっ……どうし、て?」
 答えると安心した顔で続ける。
「ほら、お母さんのパソコンは、もう随分くたびれてるだろう?」
 突然切り出され、あたしは不安でいっぱいになった。
 きっと、新しいパソコンに取り替えるつもりなんだ!
「イ、イヤ! ぜぜっ……対にイヤ! あのパソコンはー! お、ぉおか、お母ささんの! な、ななっ……」
 お父さんは慌ててあたしをなだめた。
「違う! 違う! 茜、落ち着いて。もちろんあのパソコンを買い替えたりはしないよ」
「じゃあ、なんでそんなこここ……こと、きっ…きくの?」
「あのノートパソコンはとても古いからね、なにかの拍子に壊れてしまったら、データが消えてしまうだろ? そうしたら、今までのやり取りも全部消えてしまうんだ」
 いまいち理解できなくてもどかしそうなあたしに、お父さんは続けた。
「難しく考えなくていいんだ。つまりね、茜と朱里ちゃんとのやり取りをちゃんと残しておこうかってことだよ。どうするかっていうと、メールの内容を別の場所にコピーしておいたらどうかな? って思ったんだよ。これまでの朱里ちゃんとのメールがもしなくなっちゃったら、茜だって悲しいだろ?」
「パ、パパソコンは、変えなくても……いいの?」
「もちろんだよ。なくなっても困らないように、朱里ちゃんとのやり取りだけ別のノートに書き写しておくんだ。ただそれだけだよ」
 お父さんはそういうと、あたしの頭をがしがし撫でた。
「わ、わかった! うん! お願い!」
「それじゃ、今度時間があるときにやってあげるね。もし茜が望むなら、朱里ちゃんとのメールのやり取りをプリントアウトして、一冊の本にだってしてあげるよ」
 あたしと朱里とのやり取りが本に?
「どどどっ……どおどうやって⁉」目を見開いてお父さんを見る。
「あれぇ? 茜、知らないな? お父さんはこう見えても図工や工作が得意なんだぞ? 役所のプリンターをこっそり使えばチョチョイのチョイさ」
 あたしはたまらずお父さんに抱きついた。
「うん! それも、もお願い!」
 お父さんがそんなに器用だったなんて知らなかった! 
 はじめはなにをいい出したのかわからなかったけど、朱里のことを大切に考えてくれてるのがわかったから、それがとてもうれしかった。

「うわあ、それにしても今日はひどい雨だなぁ。茜大丈夫かい?」
 一緒に家を出て少し歩いたところで、お父さんは慌てて家に引き返すといい出した。
「ごめん! 茜、お父さん忘れ物したよ。先に行っててくれる?」
「うー…うん、あー、わかった! いて、いってき、ます」
「はい、いってらっしゃい!」
 そういうと、お父さんは家へと戻っていった。
 ひさしぶりにひとりで学校まで歩く。傘の内側に響く、バタバタという雨の音は好きだ。傘をななめにして、先からしずくが垂れるのをながめながら、たまに振ったりして遊ぶ。ハローワールドにも雨が降るなら、きっとこの空だけは朱里とつながってるだろう。そう考えながら学校まで歩いた。


◀前話 一覧 次話▶

#創作大賞2024 #ミステリー小説部門

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

ありがとうございます!!!!!!がんばります!!!