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「あかりの燈るハロー」第六話

ハローワールドの住人

(2)

 その夜、お父さんが夕食時にこんなことをいい出した。
「茜、最近学校はどう? 吉田くんとは仲良くしてる?」
「……」
 普段は、あまり学校のことをきいてはこない。今日に限って、どうして大和のことを出してくるんだろう。相談課でなにかあったのかな、いや大和がおばさんになにか告げ口したのかも……。
 ――いろんな考えが頭を過ぎった。
「どうした? 茜、お腹、空いてないのかい?」
 今日の晩御飯は、ブロッコリーと海老のサラダ、それにあたしの好きなカルボナーラ。付け合わせにはプチトマト。
 学校の給食は味気ないけど、お父さんの作るご飯は好きだ。お父さんが、彩りとか盛り付けにも気を配るのは、センスもよくてお洒落だったっていうお母さんの影響らしい。
 でも一度、「お父さんな、ラディッシュをギザギザに切る飾り切りを覚えたんだ!」と自信満々にお披露目してくれたときは、どう控えめにいっても、色がはげてつぶれた苺にしかみえなかった。反応の悪いあたしにがっかりしたのか、飾り切りを諦めたのかはわからないけど、それ以降、赤い付け合わせはプチトマトと決まっている。
 五歳でお母さんと離れ離れになってしまったあたしには、あったかかったとか、柔らかかったとか、声がかわいかったとか……当然そんな記憶しかない。あとは、いつもパソコンとにらめっこしていたってことくらい。
 お父さんのカルボナーラにはなぜかチクワが入っている。学校の調理実習でベーコンを使ったときは、そのあまりのおいしさにびっくりしたけど、チクワのカルボナーラだって決して悪くはないし気にいってる。でもどうしてハムとか蒲鉾じゃなく、チクワ? ってことだけはずっと謎のままだ。
 カルボナーラを青いお皿に載せているのもポイントが高い。デザートのヨーグルトにはなにもかかってないけど、ここはミントの葉っぱを載せてほしいところ……。
「なあ、茜、学校でなにかあったのかい? お父さんが口を出すことじゃないかもしれないけど、そんなに黙っていたら、お父さんだって心配なんだよ」
 カルボナーラの黄色とお皿の青とブロッコリーの緑とプチトマトの赤に、あと何色があったら完璧なんだろう? ――なんて想像しながら黙々と食べていると、そんな不安げな声が聴こえてくる。
 ちょっと黙りすぎちゃったかな……。別に大したことじゃないし、機嫌の悪い理由を説明しなきゃならないのも正直しんどい。でもこれ以上口を閉ざしてても、余計な心配をかけてしまいそうだ。お父さんは悪くないし……。
 あたしは無言のまま、カルボナーラをフォークに巻きつけた。
「お母さんのパソコンはどう? 調子悪くない? 今週はお父さんちょっと忙しいけど、来週なら休みがとれるからなにか困ったことがあったらなんでも直してあげるよ。夏休みになる前に完璧にしておきたいだろう? 重いのだけはどうにもできないけれどね」
 お父さんがパソコンというのを聞いて、ふいに正体不明のメールのことを思い出した。もしかしたらウイルスだったかもしれないと急に不安になる。
 ――お母さんのパソコンが壊れるのは困る。
「……ハ、ハハロー、ワールドってお父さん、んなっななにか、わっ、わかる?」
「ハローワールド?」
「う、うん。……ウ、ウイルスメメール、みたいー、いのが届いた。いいっ、いー…一週間くらいまえ」
 お父さんが食器を置いてあたしを見た。いつもと同じやさしい視線だけど、どことなく真剣な顔をしていた。ウイルスメールなんていったから心配したのかな。
「どんなメールだったんだい?」
「け、けんめ、件名に、えーと…はっ、は、ハロー…ワールドって……」
「茜、それ、お父さんに後で見せてくれるかい? ちょっと片付け物してしまうから、茜、ご飯を食べ終わったら、先にお風呂に入っておいで」
「わわわ……わ、わーかった」
 カルボナーラのソースが絡んだチクワは結構おいしい。夕ご飯を全部平らげると、あたしはお風呂に入った。

 お風呂を出て、髪の毛を乾かしながらベッドに座る。明日の用意はもうすませたし、あとはお父さんが来るのを待つだけ。いつもより、心なしかポカポカしている。区役所のイベントでもらったバスソルトを入れてみたのが効いてるのかな?
「おまたせ! 茜、まだ起きてるかい? ちょっとお父さん、お皿割っちゃって遅くなっちゃったよ。ごめんごめん」
 気持ちよく浴槽に潜ってるときに、キッチンからギャッチャン! っていう音とそれを上回るお父さんの大声が聞こえたから、お皿を割ったのは知ってるよ。
 それをいわずに軽く笑うと、用意していたパソコンの画面を見せた。
「どれどれ……ちょっと貸してくれるかい?」
 と椅子に座ってマウスに手を伸ばすのを横で見守る。するとお父さんは、件名を見るなりいきなりクリックするとメールを開いてしまった。
 パソコンが壊れたらどうするつもりよ……。
 開かれたメールには、こんなことが書かれていた。

『はじめまして、あたしの名前は朱里です。
 あなたとお友だちになりたくて、思い切ってメールを出しました。
 もしよければ、あたしのお友だちになってください。』

「しゅ、し、しししゅ…りりり?」
「多分、あかりって読むんだと思うよ。茜と友だちになりたいみたいだね」
「あかっ、あ…あかり……?」
 あたしが画面をのぞきこむ横で、お父さんが英語だらけのページを開く。下へスクロールするとなにかをじっと読んでいる。それにしてもなんてあやしいメール。さも、あたしを知ってるみたいな文面で友だちになりたいだなんて……。
「だだ…だー、大、じょぶ……丈夫なの?」
 不安そうにするあたしに、お父さんはにっこり笑いかけた。
「うん、ハローワールドの住人なら、きっと悪い人はいないよ。気になるんなら、返事を出してみなさい」
 ハローワールドの住人?
「どっ…どおいうこ、こーこことっ?」
「大丈夫だよ、ちょっとパソコンが重いみたいだからまた見てあげるね。さあ、今日はもう寝る準備をしようか。来月、夏休みになったら、島根からおばあちゃんが来てくれるよ。お母さんのお墓参りをしたいんだって」
「で、でで…でも……?」
 いつもはじっくり話を聞いてくれるお父さんが、なぜだか急に冷たく感じて心細くなる。話し方や態度がやさしいのはいつもと同じだけど、今知りたいのはおばあちゃんのことでもお墓参りのことでもない。
 そもそも、ハローワールドってなに? 外国? それともなにかの慈善団体?
 不満げなあたしに気づいたのか、お父さんは肩に手を置くとにっこり微笑んだ。
「ハローワールドのことが知りたいなら、彼女と友だちになってみることだね」
 なにか知っている風だけど、それ以上はなにも話してくれない。こういうときはつまり自分で調べなさいってことだとわかっていた。
「あ、それからもうひとり、茜に会わせたい人がいるんだ。じつは昔、茜も会ったことがあるんだけど、まだ随分と小さかったから覚えてないはずだよ」
「……っあ、あわせせ、…ってあわせたいひ、ひと……?」
「うん」
 お父さんはあたしの頭にポンと手を置き、
「夏休みを楽しみにしておいで」
 と見たことのない笑顔でうれしそうにした。


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