見出し画像

「獏」第二話

駁論(2)


 俺らは電話を繋ぎっぱなしで作業することが多い。
 ワイヤレスのイヤホンを使い、通話状態のまま作業する。今ではスマホも便利になって、複数通話が可能だろう?
 あの機能はきっと俺たちみたいなさみしがり屋のためにある機能なんだと俺は思う。
「あぁっ、クソ! こんなところにコンビニ建ててやがる!」
 俺のイヤホンからよく声の通る男が呟いた。
 こいつは『ジャスティス』。正義感が強いって意味じゃない。自分の正義感を相手に押し付ける、いわゆる自己中心的な奴だ。だが男気溢れた奴だし、決めたことは必ずやり遂げる。音を上げない強さを持っているし、臨時で大量にゴミが出たときなどは頼んでもいないのに駆け付けてくれたりする仲間思いの良い奴だ。
 ジャスティスは筋トレマニアで、腹筋は八つに割れている。一度見せてもらったことがあるが、人間の体の神秘を感じたよ。思わず惚れそうになった。
「もう一〇〇メートルも行けば、コンビニが建ってるのに、なんでこんなところに建てんだよ⁉ これが建ったら、間違いなく俺のコースじゃねーか!」
 俺たちにはそれぞれ割り当てられたコースがあって、毎日決まったルートを走る。正確には曜日ごとにちょっと違ったりするから、毎日同じわけじゃないが大体は同じだ。で、そのコース上に新店舗なんてできようものなら、そいつの担当になるのは間違いない。
 確率の良すぎる交通事故みたいなもんさ。当たっちまった奴はご愁傷様だが、俺だって他人事じゃない。先月だって三件も新店のコンビニが付いた。回収先の件数は増える一方だ。
 コンビニが建つのを止める手立ては、日本の下僕である俺たちにはないだろうな。店が増える、回収先が増える、仕事が増えるってことは、ゴミ業者にとっては美味しい話なのかもしれないが、末端の現場回収作業をしている俺たちにとっては、死活問題だ。

 パッカー車ってのは無限にゴミが積める訳じゃない。ゴミの大きさや中身にもよるが、せいぜい三~四トンだ。さらにこういった業界は不思議なルールがあって、仕事が増えたからといって、車を増やすことも出来ない。
 数あるゴミ屋には、市からの許可を得た車があり、その許可車でしかゴミを回収してはならないという決まりがある。
 だから、どこのゴミ屋も許可車をやりくりして、仕事をこなしていかなきゃならない。
 客が増えたからといって、喜ぶのは経営者ぐらいのもんだ。俺たち現場は、ゴミが積めなくなったって、はいそれでオシマイです、なんて帰ってくることはできない。
 もうそれ以上捲き込めなくなってうなり始めるパッカーを意味もなく宥めながら、一度処分場に捨てに行き、箱を空にしてまた戻って残りをすべて積みきらなくちゃならないんだから。
『いいじゃないか、ジャスティス。可愛いお姉ちゃんがアルバイトで入るかもしれないだろ?』
 含み笑いで言い出したのは〝ハンサム〟だ。会社うち一番のプレイボーイで女ったらし。可燃回収メンバーの中でも、特に仕事が遅い。理由は回収先のコンビニで、店員の女を口説きまくってるからだ。
「俺は一秒でも早く仕事を終わらせて家に帰りたいんだ! お前と一緒にするなよ!」
 ジャスティスがハンサムの茶化しにキレると、二人の会話を割いて、『アトラス』の落ち着いた声が入り込んでくる。
「そう言えば、ハンサムがコースで走る国道一九の辺りにも、新しく店を建ててたぞ」
 アトラスはこの会社に入る前は、県内を走り回る運送業の仕事をしていた。カーナビ以上に裏道にも詳しい。
 新店のオープンだと、俺たちが普段使っている地図にはまだ載っていない。そんなときでも、情報通のイケモトとアトラスがいれば、大抵は地図なしで到着出来てしまうほど心強い存在だ。
 次の回収先がほんの一〇〇メートルの距離にあったとしても、一方通行だったり車幅や車高制限のある高架だのが市内にはやたらとある。回収順序を一つ間違えばとんでもない時間のロスになる。
 まだこの仕事を始めたばかりの頃、建物が見えているのに、一向にたどりつけない住宅地の路上で俺は迷いつくし、遠くにパッカーを停めてゴミを手持ちで何往復もしたことがあった。
 それをあとで知ったアトラスは、笑ったりはしなかった。
「ああ、あそこは川沿いの細い道からしか入れないんだ。まったく老人ホームだっていうのに、あんな立地によく建てたものだよ。まあ救急車は交通標識なんて関係ないのかもしれないが」
 アトラスのおかげで俺らは効率の良い回収先のトレードをたまにしている。仲間の知識は本当に頼りになる。

#創作大賞2024 #ミステリー小説部門

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

ありがとうございます!!!!!!がんばります!!!