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イーハトーボの劇列車ー1


数日のうちに、急激に暑くなりましたね。

イーハトーボの劇列車ー1





やっぱり井上ひさしは面白い。


中学生の頃、偽原始人を読んだのが始まりでしょうか。私は十代の頃、今ほど読書はしなかったので、いかんせん井上ひさしの面白さを語ろうにも抽斗が無いのですが。


イーハトーボの劇列車は戯作ですが、宮沢賢治の伝記・哲学的な性質があります。


宮沢賢治は小学生の頃、注文の多い料理店や「あめゆじゅとてちて、けんじゃ」病床の妹の素朴な心情が花巻の方言で語られる詩が教科書に載っていて、好きでしたけど、中高一貫お受験教育を受けていた私は、宮沢賢治を好きって気持ちを育てることが出来なかったな、と反省するところがあります。


国語の授業にはだんだん新書からの抜粋が多くなって、内田樹とか「現代文の問題になる人」は嫌いじゃないけど、「文学の面白さ」を掘り下げることは、義務教育でやらない印象です。



まず、イーハトーボの劇列車の、前口上が興味深い。こちらです。


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これからの人間はこうであるべきだという手本。その見本のひとつが宮沢賢治だという気がしてなりません。必要以上に賢治を持ちあげるのは避けなければなりません。

が、どうしてもそんな気がしてならないのです。

賢治は科学者でした。けれども科学が独走するとろくなことにはなりません。そのことはどなたもよくごぞんじです。科学がはしゃぎたてるのをだれかがいましめなければなりません。


賢治のなかで、その役目をはたしたのは宗教者としての部分でした。

この関係は逆にしても成り立ちます。宗教だけにこりかたまると独善の権化のようになってしまいます。そこで宗教者としての部分を客観的にみて、かたよったところを改めるために科学的精神を活用するわけです。科学と宗教とは、大雑把にいってしまえば、それぞれ反対の方角を目ざしています。どちらへ行きすぎてもよくない結果がうまれます。


ところが賢治のなかでは、このふたつのものがたがいのお目付役をつとめていたように思われます。そしてこのふたつのものの中間に、文学がありました。


三者のこの関係をわたしは忘れないようにしたいとねがっています。

それから賢治は、人間は多面体として生きる方がよろしいと説いているようにみえます。


野に立つ農夫も四六時中農夫であってはつまらない。

それでは人間として半端である。朝は宗教者タベは科学者、夜は芸能者、そういう農夫がいてよいのではないか。


賢治はそう考えて羅須地人協会をはじめたのではないか。たぶん、賢治の頭のなかにはバリ島民の生き方が去来していたと思われます。 ごぞんじのように、バリ

島民は、農夫、芸能者、宗教者の一人三役をこなしています。これに「科学者として」を加えて一人四役。


これがよりよい人間のあり方だと彼は信じていたのではないか。ちなみに賢治の時代にも、世界的な規模でバリ島ブームがおきています。海外の情報に敏感な彼のことですから、バリ島民の多面的な生き方について、おおよそは知っていただろうと思われます。



科学も宗教も労働も芸能もみんな大切なもの。けれどもそれらを、それぞれが手分けして受け持つのではなんにもならない。一人がこの四者を、自分という小宇宙のなかで競い合せることが重要だ。賢治全集に勝手きままな補助線を引いて、彼の思い残したものをわたしなりに受け継ぐならば、右のようなことになるのではないかと思います。あらゆる意味で、できるだけ自給自足せよ。それが成ってはじめて、他と共生できるのだよ。


そうしないと、科学が、宗教が、労働が、あるいは芸能が独走して、ひどいことになってしまうよ。賢治がそう云っているような気がしてなりません。

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こちらイーハトーボの劇列車では、伝記的な性質があるというだけで、神格化せず情けない部分も目立つ人物として描かれています。


宮沢賢治とその作品の登場人物が「登場人物」として登場するのですが、


劇は、宮沢賢治の現実生活と、誰かが亡くなったことで生まれるという「思い残し切符」を宮沢賢治に寄越すことで切り替わる「列車内」のシーンが交互に繰り返されます。


列車のシーンは宮沢賢治が生涯9回の上京したことのオマージュで、花巻から上田へと向かうのですが、その中には、死にゆく自然の象徴として、「山男の四月」の山男や「なめとこ山の熊」の淵沢三十郎、ブスコーヴドリのブドリが乗車しています。


改めてこの前口上を読むと、自分が、というか多くの人(都会人)が、凡庸な憧憬で宮沢賢治を魅了するのは必然というか、ストイックで啓蒙的な性質の宮沢賢治を、大人になると忘れてしまうのもまた、必然というか。


井上ひさしさんの表現力があってこそ、なのですが、改めて宮沢賢治の魅力に触れられる一冊です…。





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