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【短編】『戦争の終わり』(前編)

戦争の終わり(前編)


 波は船底を押し上げてはすぐに後方へと退きその溝を埋めるかの如く船体は勢いよく下方へと沈み込んだ。風で船首にあるフィリピンの国旗は激しくなびいていた。船内から外に出るとすぐさま潮が船体を叩きつけ、身体全体でしぶきを浴びた。漁船の中からは山から取れた山菜やきのこ、鹿の干し肉などを備蓄してはいたものの、それら全て湿気でやられてしまいそうだった。魚は一切なかった。船員は私の他におらず、というのもこの漁船自体自分のものではなかった。陸地に揚げてあったものを自力で海へと押し出して自分一人静かに出発したのだ。何より戦争真っ只中それ以外に故郷に帰る手段はなかったのだ。特殊訓練で学習した通りにエンジンの電源をいれると自然とモーターは回り始めた。昇り始めた太陽を眺めながらふと昔の祖国の情景が頭をかすめた。あれから30年、日本はどうなってしまったのだろうか。家族はどうしているだろうか。戦況はまだ厳しいだろうか。

 私は日本の戦況が悪化し始めた頃、秘密部隊としてフィリピンの島へと派遣された。はじめは度重なる米軍による襲撃をかわしながら、日本軍を撤退させるべく前線にいる戦力に接近した。しかしあからさまに撤退を指示したところで従うはずがないことは承知の上で、まずは戦力の分散を試みた。つまりは前線に残る部隊には犠牲になってもらうことになることに他ならない。より多くの人命を救うという命を全うする上では最善の策だった。戦力の分散には成功したものの、そもそもフィリピンの自然と対峙することは戦そのものだった。病に侵されていく現地の日本兵を見ていると一刻も早く本土へ戻ることが先決であることは明白だった。私は隊長に自分の本当の命を告白すべきではないかと自問自答したが、実際に説得することなど不可能であった。そもそも全隊員を本土まで送り届けることがどれほど危険な行為であることかも知っていた。私はすべての可能性を鑑みた上で、彼らとともにフィリピンに残ることを決意した。その決断が正しかったのかどうかはわからないが、少なくとも数名の命を30年もの間生かすことはできた。空襲の頻度は徐々に減り始め、敵兵と接触することもなくなった。依然として自然という脅威は残ったものの隊員たちの命を守る上では自分たちが置かれた環境は悪くなかった。やはりフィリピンに残った選択は間違っていなかった。私は任務を果たすことを一時も忘れなかった。そのおかげで、何年も戦争の無益な被害から隊員を保護することができた。しかしその数名との生活も束の間であった。徐々に彼らは、死んでいった隊員と同様の病に侵されていった。隊員たちがフィリピンのジャングルの中で息を引き取るという現実から逃れることはできなかった。私一人になってしまった今なすべきことはただ一つ、任務失敗を本土に報告することであった。

 こうして私は漁船を奪って祖国へと向かっているのだが、いくら祖国へと船を進めても襲撃音は何一つ聞こえないのだ。戦争が終わったのではないかと思うほどの静けさであった。度々航空機が飛び交ったが特に漁船に攻撃してくることはなかった。私は激しい波に揺らされ船酔いを起こさずにはいられなかった。数ヶ月と月日が流れ、船上の生活にも徐々に慣れを感じ始めた。食糧は2ヶ月分の船旅を見越して腐らないものばかりを大量に積んだためなんとか持ち堪えることはできた。

ようやく石垣島へと到着すると、そこには人の姿がちらほら見受けられたが、私の服装を見てからどこかへ消えてしまった。無理もなかった。体は川で洗い流していたとはいえ、山に暮らしていただけに落ちない汚れだってあるのだ。およそ人化け物見たく思われたに違いない。幸い島には緑が豊富であったため、食糧の調達には困らなかった。必要な分だけ確保するとすぐに島を後にした。私には一刻も早く訓練学校にいる少佐に任務の報告をする義務が残されていたのだ。

 秘密訓練学校は、大日本帝国が所持する情報機関の一つで、東京、静岡、長崎にその拠点を設けていた。私は長崎の所属で、少佐のもと日本軍とはまた組織を別にした諜報部員として自分の真の役目というものの学習に励んでいた。それも本来であれば、特攻隊員のように勇しく自分の身を犠牲にして祖国を守るという組織理念を持つべきことが戦地へ赴く上での鉄則ではあったものの、また新たな理念が付け加えられた。我が軍一人一人の人命を尊重し、できる限り被害を最小にするよう努めるということである。これは国民に対する秘密の理念として、外部に漏れぬよう厳重に学校の隊員には指導されていた。流出したとあれば、その者の家族まで処分の対象とされる始末である。私は卒業するまで一切の他言を控え、少佐から言い渡されたフィリピンの任務へと就いた。フィリピンに着いたといえど、その秘密保持の立場は変わらなかった。一度は隊長に告白しようと一理考えたものの、あの場で踏みとどまったことは自分に秘密部隊としての誇りを持てた。30年ぶりに本土への帰還はいささか心中の平静を失わせた。故郷が焼け野原になっていないようにと願うばかりであった。

 いざ長崎へと到着すると、大きな白い構造物が海岸線に沿って三つ四つと建てられており、その上部からは何やら怪しい煙を吹き出していた。およそ新たな軍事施設かと察したが、徐々にその構造物の奥に隠れて見えていなかった港が姿を現し私は目を疑った。そこには白い構造物より遥かに大きいガラス張りの建物がいくつもそびえ立っていたのだ。長い間この地を留守にしていたため、街の風景が一変していてもおかしくはないと思っていたものの、自分が想像していたものとは違っていた。船を停泊場に寄せて、荷物を置いたまま街へと急いだ。

 至る所に、路面店が並び様々な色の自動車が人を乗せて走り去っていった。街はまるで戦争を忘れたかのように活気付いていた。私の目に映るすべての光景が不思議でしょうがなかった。この30年でいったい何が起こったのか。もうとっくのとうに戦争は終わっていたのか。そう思うと私はどこかやりきれない気がして拳を力強く握った。そうか、もう戦争は終わったのか。私は落ち着く暇さえなく、実家のある場所へと向かった。日本は戦争に勝ったのだろうか。この光景を見る限りでは勝ったに違いない。しかし、やけに米国の文字が街のそこかしこに飾られているのはどうしてだろうか。停戦中なのだろうか。もはや私の考えることなど非現実的な現実を目の当たりにした今、当たるはずがないと断言できるほど、私の理解に及ばないことが起こっているに違いなかった。

 自分の実家らしき場所まで来ると何か違和感を感じた。玄関先まで来るとその理由がわかった。表札に別の姓が書かれているのだ。家の住所を変えたに違いなかった。

「ごめんください」

と家の中まで届く声で何度も叫ぶと、扉が勢いよく開いて中から女が現れた。

「あら、どうしたのそんな格好して?」

「すみません。戦地から帰ってきたばかりでして」

「戦地?」

「あ、はい」

「あなた、どなた?」

「実は以前ここにに住んでいた者の親族なんですが、前の住人がどこに越したのかご存知でないかと」

「私たちの前に住んでた?あなたいつの話してるの?」

「は、30年ほど前ですが」

「私の家系は30年よりもっと前からここに住んでるのよ?」

「なんですって?」

30年経ったといえど、私は諜報員であるために港からの道順は十分に記憶しており、自分の住んでいた住所を間違えるはずはなかった。

「確かに私は30年前にここに住んでいたはずなんですが、戦争でフィリピンにいくことになってしまって。そうだ、戦争には勝ったんですか?」

「戦争?」

「はい、米軍に勝ったんですか?」

「あんた何をおかしなこと言ってるの?この国は戦争なんて久しくしてないわよ。この国は中立国よ?」

「なんだって?あなたこそおかしなこと言わないでください。教えてください。我々は戦争に勝ったんですか?」

「だから、戦争なんかしてないって」

「今、西暦何年ですか?」

「1975年よ」

女の言う数字は私が考えていたものとほとんど変わらなかった。しかしなぜ戦争をしていないなどと嘘をつくのか到底理解できなかった。

「30年前に確かに我が日本軍は米軍と」

「本当に狂ったやつね。そういう怪しい勧誘なら帰んな。迷惑なのよ」

女は私の質問に答える間もなく、一瞬睨んでから扉を勢いよく閉めた。いったい日本はどうなってしまったのだろうか。父親も母親も今どうしているのだろうか。私の頭は混乱する一方だったが、ふと一つの考えに気持ちに整理がついた。その考えというのは少佐を探すことだった。


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