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VA-11 Hall-Aとことば DAY 15 「私は今、“まやかし”のものに泣かされてるんだって」

人間のようなアンドロイド、瓶詰めの脳、記憶を失った男……意識とはなにかというテーマはSFおなじみであり、サイバーパンク・バーテンダー・アクションVA-11 Hall-Aももちろんそこは外しません。

12月27日 火曜日

とはいえそこはVA-11 Hall-A、複雑な話に入り込むのではなく、我らが主人公ジルが一刀両断します。この日は様子のおかしいドロシーが唯我論の話をはじめ、慰めるためにジルが発するのがこのセリフです。また、ドロシーのあとに来るマリオもリリムが人間になりすますという話題に入り、ジルが「…怯えずに暮らした日々の記憶こそが心の拠りどころになる。もし宇宙ガニに侵略される日が来たらね」と返します。ジルが救いになった本のタイトルとして挙げる『この世界最後の雨』ふくめ、ブレードランナーを彷彿とさせる日です。

本連載ではあまり触れていませんが、広く知られている通りVA-11 Hall-Aには様々な作品からの引用が含まれています。そしてキッチュな魅力さえあるグリッチシティの設定、風景もいかにも作り物めいています。そしてVA-11 Hall-Aというゲーム自体も。「私は今、“まやかし”のものに泣かされてるんだって」というセリフは、こうしたフィクションが如何に救いになるかという力強い肯定の一言で、プレイヤーに対する宣言めいていて、印象深いです。

原文は「I was crying over "fake" things」。"fake"という元来ネガティブなニュアンスを持つ単語を敢えてポジティブに使っている場面で、訳語の「まやかし」はうってつけという感じです。ここで巧妙なのが、手前のセリフから文脈を拾った訳語の選択でもあるという点です。来店したてのドロシーがこの議論を打つ頭のほうのセリフに「何もかもまやかしだったら?」というものがあります。これの原文は「What tells you everything is not actually a fabrication?」、こちらの"まやかし"は"fake"ではなく"fabrication"という似て非なる単語なのですが、ここでの含意は同等です。そこを同じ「まやかし」という語を当てることで、ジルがドロシーのセリフを聞いて拾い上げているという文脈が明確に成立しているわけです。

VA-11 Hall-Aも残り一週間、話も佳境に入ってきました。今更ながら本連載はあまりネタバレをせず、未プレイの方でも読めるかな、という程度を目指しております。故にそろそろ語れることも難しくなってきましたが、なんとかやっていきたいところ。VA-11 Hall-Aはがんばれば一日、無理せずやっても二日もあれば一周はできるゲームですので、未プレイの方はぜひ予定のないクリスマス、年末などにプレイいただければ。泣かされたプレイヤーの一人になるかもしれません。

VA-11 Hall-Aとことば Advent Calendar 2023 19日目

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