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[兄が死んだ④] 老害を恐れろ!①


 兄が自殺し、葬式・火葬が終わった。

 来月には子どもが生まれる。
家族葬とはいえ、妊婦に加え2歳の娘を連れての1日。
帰路につく車の運転は集中できず、心身ともに疲れ切っていた。
娘より先に大人達が寝落ちしていた。

 夫のスマホに電話が入り目が覚める。
知らない番号。
“九州”と出ていた。
祖母だ。多分。
「でなくていいよ」と夫に言って、寝た。


 朝になった。
兄の自殺報告から数日間、怒涛の日々だった。
やっと一段落した。やるべき儀式は終わった。
今日はゆっくりしたい。


 「昨日の夜中の電話、留守番電話が入ってたんだけどさ…。聞いてくれない?」夫からスマホを渡されて嫌な予感がする。
やっぱり祖母からの電話だった。
「夫さんと話しがしたいです。折り返ししてください」

 祖母は父に2時間おきぐらいに電話していた。
その盛り電話の内容の一つに、祖母が父に「え?夫さんは動けるでしょ?」と話しをしていた。
祖母が何を言いたいかというと、私が妊娠していたとしても私の夫ならもろもろの準備?等をやらせるべき。ということだ。
(2歳の娘を数日一人でみることぐらいできるでしょ?妊娠は病気じゃないんだから。夫なら家族でしょ?家族なら手伝わせるのは当然でしょ?)
祖母の一言に、その裏にある価値観が頭に流れ込む。
 社畜(夫)の忌引は1日。私に配慮して追加で2日有給をとってくれた。
正直、夫が一緒にいてくれていなかったら私の精神はおかしくなっていたと思う。
 この日までの私は一人になった瞬間、言葉や文字がずっと頭の中を駆け回ってしまい収集がつかない状態だった。
夫や娘と他愛のない会話をしたり、自分の頭を駆け回る言葉たちを文章に整理していくことで普段の自分に戻っていった気がする。
 祖母にとって、私の精神状態の配慮など微塵もないのだろう。

 亡くなった連絡が入った時、夫が父に一番連絡をとって対応してくれてた。
夫は妊婦の私に負担をかけないように配慮してくれていたのだろう。
父も夫に頼って、連絡をしていた。
夫は面倒がらず、私にも頼らず父をサポートしてくれていた。
父が一番取り乱していた時に限って夫以外は誰も電話に出ず、父はかなり心細かったはずだ。
父はあの時のフォローに対して、夫に感謝の言葉を言っていない。
祖母にとってはそういうフォローよりも、葬式という儀式の方がよっぽど重要なのだろう。

 祖母は「あなた、家族なら手伝うべきじゃないの?」と、夫に直接言おうとしているのではないか。というのが私の頭によぎった。
祖母はそういう言葉を人に浴びせることができる人間なのだ。
嫁に「義父のお見舞いにこないなんて、何を考えてるの?」と平気で本人に直接言い、それを自慢話のように話せるような人なのだから、断言できる。

 なぜ孫の私ではなく夫に直電するのか。という疑問と苛立ちを感じながら私のスマホで電話をかけた。

「若者は知らない番号からの連絡はとりません。夫に話しってなに?私のスマホにかけてよ」
苛立ちを隠せず電話してしまった。
「兄君がこんなことになって…。死に顔みたくないから…。私も足の手術がうんたらかんたら。お盆には行くから…(?今3月だけど?)。」
祖母は泣いていた。
泣いている人をみて、1ミリも心が動かない経験は初めてだった。
死んだ兄に会いに来ない言い訳をつらつらと一生懸命になって弁明しているようにしか思えなかった。
兄が小学2年生頃に実母が亡くなり、その後は祖父母と同居していた。つまり、長い期間祖母と暮らしていたのだ。

 兄が亡くなった時、父は自分以外病院に来なくていいと言った。
多分だが、顔より下の状態を見せないためだったと思う。
あなたの息子は、自分の息子がぐちゃぐちゃになった状態を一人で見たよ。取り乱しながらも、自分以外の身内には少しはマシになった状態になるまでは見せないようにしていたのだよ?
“死に顔を見たくない”という言葉がずっと私の中でひっかっかってしまう。

 この世の中で、親族の中で、私が一番悲しんでいます。と祖母は言っているようだった。
ああ、私はなんて捻くれた人間なんだ。
もう修正不可能な嫌悪感を感じてしまっているのだろう。
なんで私は白黒つけてしまうのだろう。
一度嫌いになったら一生嫌いのままでいなければならない呪いにかかっているのだろうか。
他人を許せない人間なのだろうか。
他人と理解し得ないような人間なのだろうか。
そんなことばかり考えてしまい、すすり泣きながら話す相手の言葉をちっとも聞いていなかった。

 私が上の空の「そうなんだねー」という返事を5回ぐらい繰り返した後、やっと祖母は本題に入ってくれた。
「あなた、今日は休みなの?」
「今、産休。(あ、まだ言ってないんだった。)」
「え?妊娠してるのー?」
子どもは生まれるまで何が起こるかわからない。
1人目妊娠した時、嬉しくて舞い上がり家族にすぐ報告した。
その後流産を報告した。祖母は流産したことを親戚中に話した。
あの時痛い目を見たので、生まれるまで祖母には言わない予定だった。
やぱっりイライラすることは良くないな。こんな凡ミス…。
まあ、祖母のこのリアクションは嘘だと知ってるけどね。
先日父が、妊娠していることを祖母にうっかり言ってしまったことを私は知っていた。
このやり取り、しょうもないなぁ。と思いながらも、ありきたりな中身のない会話を交わす。

 途中で耐えられなくなり「で、要件はなんだった?」と聞く。
「あなたのお父さん、お金ないの?」
「いや、知らないけど。普通に仕事してるよ?」
祖母のこういう、相手の反応を伺っているような、意図の読めない質問を急にしてくることに対して、私は昔からイライラしてしまう。
祖母曰く、私が100万円渡した。と。
は?
父は「100万の現金引き下ろして怖いな〜」という言葉をもらしていた(いや、なぜクレジット払いにしないの?と疑問だった)
御香典5万でいいかと聞いたら「3万でいい」と返事されたし、葬式日の昼ごはん・夜ご飯は父が出してくれた。
兄は多分?精神疾患で仕事ができず?生活保護を受けていたらしい。
詳しいことはよく分からないが、生活保護を受けている人が亡くなった場合は、火葬のみの対応とのこと。
父はそれが気に入らなかったらしく「お金を出せばやっていいのか?」と職員の人に言い、葬式を行った。
花や祭壇等々も購入していた。
え?諸々の父の発言を思い出してみる。
人のお金を使ってい行った行動や言葉なんて微塵も感じなかった。
いや、別に父は「自分のお金」だと言っていたわけじゃないから嘘をついていたわけじゃない。
ただ、なんていえば言いのだろうか…
この違和感、分かるだろうか?
こわいこわいこわい。え?見栄?見栄なのか?見栄でそんなことできる?これが事実なら、もうさ…、それはサイコパスだよ。
祖母の妄言か?

 私が100万出してあげた。だから私と弟も出してあげなさい。が本題だった。
お金を出したのが祖母の妄言ではないと仮定する。
しかしそれは父から私達に直接言うべき内容だ。
なぜ祖母は100万円渡したことを、わざわざ私に言ったのだろうか?
父は面目丸つぶれだ。
自分の息子のプライドとか考えないのかな?
いや考えるところはプライド云々ではないな。
そもそも父がお金に困っていたとしたら、私と弟に出して欲しいと葬式が終わった後にでも言ってくるだろう。
父が祖母から出してもらったことを言わなかったのは、援助が不必要だったから言わなかったのでは?
それに父から直接言われたら、普通にお金出しますよ。普通に社会人で普通に30歳ですし。
来月子どもが生まれる私には言いづらかったのか?
いや、でも私も弟もいい歳だ。もう普通にお金の話しを振っていい年齢では?
一旦電話を切った。
大量の疑問と疑念。

 祖母の「100万円出してあげた」発言に私は違和感を感じてしまった。
黒い黒い感情だ。
妄想と言ってもいいかもしれない。
(私が、100万も出してあげたのよ!)
(私のおかげよ!)
(でも、私だけ出すのは不公平だから、あなた達も出しなさい!)
もし息子を金銭的援助したとして、わざわざ孫になぜ言うのだ?
私が祖母の立場だったら、孫に出させたくないからこっそり渡す。
自分がたったの100万円出して解決できたのなら、別にその後関与する必要はなくなるし、100万円という正確な数字を言う必要はあっただろうか…。
私は葬式にどうしても行けないからせめてこのお金で葬式を盛大にやってくれ!と500万円出した。という話しではない。人が亡くなった時の相場を考えれば100万円はかなり少ない額だ。
それか、父が自分では言い辛いから祖母から言ってもらうよう仕向けたのか?
どんどん黒い妄想が私の頭に駆け上がってくる。
よし、妄想していてもしょうがない。
事実確認しよう。
父に電話をかけた。が、出なかった。
折り返しを待つ。

 15分後にまた祖母から電話が来た。
父からの折り返しかと思って見たスマホが、祖母の名前でうんざりした。
「あんた、今日仕事休みなら、父の家に行きなさい」
なぜか聞く。
「父が遺品整理で兄のアパートに行くから、その間家を空けてはいけないから」
なぜ家を空けてはいけないのか聞く。
「兄(遺骨)君を一人にしてはいけないから」

 父に、葬式のあれこれを電話で言う祖母。
父も喪主は初めてだから不慣れ。
葬儀場の人に聞いてみるが、「今はそういうことをやられる方は少ないですね…」と苦い顔をされたそうだ。
 葬式に来ない人が、葬式のあれこれを電話で口出ししてくる。
しかも九州の奥地の古い古い内容。(私は観光地として九州を愛しているので、本当はこういうことはあまり言いたくないのですが…)

 亡くなった後の儀式に張り切っているようにしか、私には見えないのだ。
私が無知なのは承知だ。
それでも、この人達は、今のこの行動力をなぜ、兄の生前の時に、兄にしてあげなかったのだろう。
亡くなってセンチメンタルになり、被害者ぶり、それでも内心は清清したとでも思っているのではないだろうか?
何を張り切っているのだ?
何に張り切っているのだ?

父は兄が自殺したことを、祖母と叔父にしか伝えなかった。
なのに、何年も何十年も会っていないような親戚の人達中から電話がかかってきていた。
祖母が親戚中に電話したのだ。
自殺だと。
自分の孫が自殺したのだと。
きもちがわるい。
その話しを聞いた時に感じた率直な感情だ。
私の結婚報告した時以上の盛り上がりだ。
いやいや、だめだ。
祖母を嫌うあまり、祖母の全てを非難してしまっている。
孫が死んだ祖母の気持ちを私は理解することはできない。どれほどの悲しみか想像できない。だから相手の気持ちを知った気になってはいけない。
今、落ち着いてみるとそう考えられるのだが。
あの時の私は祖母と電話で話しをしているうちに、糸が切れてしまった。

「あのさあ、お金のことも他のこともさ、もろもろ私達で話し合って決めるべきことだからさ、色々言うのやめてくれんかね?」
「なんさその言い方!私は蚊帳の外ってことかね!?」
「いや、今九州おるんやろ?こっち来ないんやろ?私達で決めれるからさ」
「あんたが亡くなった人の後のこと、なんも知らんとやろ!私が教えてあげてるのに!」
「いや、だからさ、それ九州の価値観やろ!?」
「あんた!おばあちゃんにそんな口の聞き方していいと思ってるの!?」
電話を切られた。


この老害がああああああああ。
と叫ぶ。
イライラしてイライラして。
何か音を流さないと!
YouTube…
あー、選んでる時間もイライラする…
U-NEXTを開き、一番最初に目に止まったキングダムを流す。
イライラが収まらず、娘の写真を見る。
ああ…。赤ちゃんの時の娘、めっちゃ可愛いなあ。
ん?なんで私は今こんなに幸せなのに、こんな老害と会話にならない会話をして、最悪な気分にならなければならないんだ?


すみません。長くなってしまったので、続きは老害を恐れろ②へ…

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