じゅん

じゅんです。中途視覚障害者です。エッセーや小説や詩を気ままに書いています。現在、絵を描…

じゅん

じゅんです。中途視覚障害者です。エッセーや小説や詩を気ままに書いています。現在、絵を描く方法を模索しています。

最近の記事

詩 アイロン 

左右の肩を 板に押し当て 脇の縫い目をぴしりと伸ばして 熱い鉄を 押し当てる 左脇 右脇 明日私の肉体を包むシャツ しわ一つない 前身ごろ 後ろ身ごろ これを羽織れば 最近出てきたおなかも ペタンとなりそう 猫背だって シャキッと伸びそう ああうれしい 草むしりに加えて アイロンだって 癖になりそう

    • 詩 ねんねこ

      昔むかし ねんねこに包まれて 母に負われるのが 何よりも好きだった 真っ暗で温かい あらゆる音が 真綿でくるんだように ほの白く 暗がりに灯った そこは小さな宇宙だった でもまどろみの奥底に あらがえない 波の音でもなく 鼓動でもない 母も私もそこにくくりつけられて 巨大な力で引かれる感覚 あれはなんだったのだろう 地球が回る音? 秒速463メートルの 風の音だったのだろうか

      • 詩 すみません

        つい「すみません」と言っている この一言で理不尽も いったんは影をひそめる そんな便利な言葉 癖になって 互いにむしばんでいる 相手は肥大した足で 荒れ野をこしらえ 私は霧の中で足をくじく しょっぱなのあやまち 裏返しに置かれたカードを 表向きにして 問う勇気を持たなかった

        • 詩 頭数

          街灯が灯る瞬間を見た 瞬きすると また灯る瞬間が見える 瞬間と瞬間の間に とてつもないところへつながる 入り口の気配 軽い興味で中をのぞいて 後ずさり 中は針の孔よりも狭くて 入れそうにないから 肥大した頭たちは つべこべ言わずに 去りゆく秒を数える 頭数にでもなればいいかと あきらめれば チリリ チリリーン 先回りした風鈴が 時の道すがら 鳴り続けている

        詩 アイロン 

          詩 私を休みたいとき

          私を休みたいとき 服を脱ぐように肉体を脱ぎ捨てて 旅に出る 黙って人の胸の隅を間借りして 今日はうらやましい人の 今日は憎らしい人の 今日は寂しそうな人の その人が遠目に眺める 私は抜け殻 本物はここにいるよと 鼓膜を内側からノックして はっとその人の視線がそれたら それが旅を終えるとき

          詩 私を休みたいとき

          詩 太陽が眠るところ

          西日のまぶしい 浜辺に座って 缶ビールとつまみをあけた 不意の風に舞い上がる用なしのレジ袋 砂に足をとられながら 追うこともせず眺める からめとられた波の舌先 色だけ似せた空っぽのおごり 太陽が眠るところと呼ばれる島に運ばれて 少年に拾われた これは何をするものなの? 物を運ぶための袋だよ 何から作るの? 石油からね それはどこにあるの? 地面の下から染み出すの 水みたいだね 赤黒い粘り気のあるね それがどうしてこれに?」 どうしてだろうね 自分で作ったことないの? ないね

          詩 太陽が眠るところ

          詩 言うことを聞かせたい人は

          言うことを聞かせたい人は 言うことを聞かない人が怖いのか 大きな足音をさせてやってくる 言うことを聞かせたい人は 自分の言うことが不安なのか ゆっくりとしゃべらない 言うことを聞かせたい人の 言うことを聞きたくない私は どうしたらいいのだろう 考えて思いついた一つ 何度でも聞きますと言って ICレコーダーをオンにするのはどうだろか

          詩 言うことを聞かせたい人は

          詩 オデュッセウスのひげ

          地面に手をかざす 手のひらをくすぐる細い草 連日の雨のあとの五月晴れ また生えてきた 不死身のオデュッセウスのひげ つまんでむしり取る 根がぼろぼろと土をくつろげ 小さな生き物のすみかを壊す お隣さんからもらった除草剤は やっぱり使わずに返そうと思う 草の生えるところに 古い英雄は また生まれてくるだろうから

          詩 オデュッセウスのひげ

          詩 悩ましい輪

          さっきまで 知恵の輪をもてあましていた 友たちのことを考えながら 始まりも終わりもない 輪の数の分の 堂々めぐりのつながり ガチャガチャというだけで 全く解けない 「切ってしまえ」と強がって もしも一か所切ったら 二つが離れ もう一か所切ったら 五つが離れる それで静かになった胸の内に きっと生じる ずれた切り口の 引っかかり ささくれのような痛み だからそのまま ぬくい手あかが冷めないうちに ハンカチにくるんで ポケットにしまった

          詩 悩ましい輪

          詩 うしろむき

          前向きじゃないと 人は多くそう言うけれど 前には濃い霧がたちこめていて どこを見ればいいのか分からない 180度体の向きを変えれば 景色はなんて鮮明なのだろう 遠くにフォーカスすると 石を欠いて獲物に投げつけている人間が 土をこねて器を作っている人間が 薄い水晶体を透かして 小さな泡のように浮かんで見える 毛様筋をゆるめると 人間は大きくなり ひしめき合って 互いの場所を奪い奪われ 殺し殺され そんなすべてをなかったことにする 火と黒煙に 目が開けていられず それでも指でまぶ

          詩 うしろむき

          連載小説 介護ごっこ(7)最終章

           杖を握る手首に、ねんざのような痛みを感じていた。腰は砂袋を巻きつけたように重かった。引きずる足は、ほぼ意識から切り離されていた。二足歩行とは、なんて不安定な移動手段だろうと思う。  バスターミナルの一番乗り場には、〝さざんか公園行〟のバスが止まっていた。時刻表を見た。 「ばあちゃん、これに乗ったんやね」恵美が4時の列の32の数字を指して言った。「あれ、でもこれ、さざんか公園行〟じゃないよ」  32が丸で囲んである。それは市内巡回バスの印だった。  〝さざんか公園行〟と市内巡

          連載小説 介護ごっこ(7)最終章

          連載小説 介護ごっこ(6)

          「ばあちゃん、まだもどらないのよ」  母のしおれた声が耳に触れた。 「もう少し待ってみたら?」と恵美は言った。 「ちょっと遅すぎるわ。何かあったのかも……」  母は、起こりうる最悪の事態を推測して、自ら不安に陥っていくようなところがあった。 「ねえ、恵美ちゃん。今からその男の人のマンションに行ってみようと思うの」  時計を見ると4時半を回っている。もう少しでバイトが終わる。 「バイト終わったら、あたしが行ってみようか?」と恵美は言った。一人でそんなことをする勇気はなかった。母

          連載小説 介護ごっこ(6)

          連載小説 介護ごっこ(5)

           次のフラダンスのレッスン日に、容子は朝から義母に付き添うことにした。その日も義母は、黄色いハイビスカスのムームー姿だった。目をつむりたくなるようなまぶしさの中に、花々のすき間からのぞいた葉の色が、影のように優しかった。 「ほれ、遠慮せんと、あたしの腕につかまり」  義母は腕を突き出した。拒んでばかりもよくないと思い、容子は腕に手をかけたけれど、体重をかけないように気をつけるのは、一人で歩くよりも骨が折れた。  バス停まで来て、容子はバッグからハンカチを出した。百メートルほど

          連載小説 介護ごっこ(5)

          連載小説 介護ごっこ(4)

           いつもの通り三人で夕食を済ませ、義母が自分の部屋に引っ込むと、恵美が妙な話を始めた。昼時に、義母が高齢の男性とマンションに入っていくところを見たと言う。 「中よさそうだったよ」  恵美がこちらの顔色をうかがうのが分かった。 「人違いでしょ」とは言ったものの、容子の胸中は穏やかではなかった。 「黄色の花柄のムームーよ。ばあちゃん以外いないよ」恵美がスマホを脇へ置いた。「彼氏だったりして」 「まさか」  容子は苦笑した。 「でもさ、一人ぽっちだったら、ばあちゃんみたいな明るい人

          連載小説 介護ごっこ(4)

          連載小説 介護ごっこ(3)

           恵美が駅地下の駐輪場に自転車を止めて、バスターミナルで待っていると、祖母が乗ったバスが着いた。金髪の頭と黄色のムームーで、すぐに祖母だと分かる。一緒に歩くときは、恥ずかしくて、他人のふりをしたくなるが、遠めに捜す場合は、目印になってよい。  乗客が次々に降りてくる。そして祖母が降りてきた。ガラガラ抽選機から落ちてきた当たりの玉みたいだった。祖母は辺りをきょろきょろと見回してから、横断歩道のほうへ歩いて行った。数人の歩行者が、信号が変わるのを待っていた。祖母がそこに加わると、

          連載小説 介護ごっこ(3)

          連載小説 介護ごっこ(2)

          「お母さん、そろそろ時間ですよ。行きましょうか」  容子は鏡をのぞきこんでいる義母に声をかけた。 「はいよ」  義母は白いバッグを斜めがけにして、スカートのすそをひるがえす。すたすたと歩く八十をとうに過ぎた義母の後ろ姿を見ていると、50そこそこで杖に頼る自分の体が恨めしくなる。白いエナメルのパンプスをはいた義母は、まだ靴もはいていない洋子の前で、ドンと玄関扉を閉めて外へ出てしまった。逆向きに脱いでいた靴をやっとこさそろえて、手すりを持ちながら靴をはき、杖を取って玄関を出ると、

          連載小説 介護ごっこ(2)