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松山ブンカ・ラボのことと地域アーツカウンシルのことに関するメモ

松山ブンカ・ラボのこと


松山での6年間の仕事が終わりました。コロナ禍の2年半を挟んだので体感としては3年くらいでしょうか。松山市が2018年3月に策定した松山市文化芸術振興計画(第一次)に基づき、松山市と愛媛大学による文化芸術振興のための中間支援事業として松山ブンカ・ラボは2018年6月に設立されました。しかし当初の予定とは異なり、第一次の振興計画期間5年を終えるタイミングの2023年3月に終了しました。2023年4月からは松山市(松山市文化創造支援協議会)が松山ブンカ・ラボを担ってきた2人(戸舘正史、松宮俊文)に業務委託する形で事業を部分的に継続してきましたが、2024年3月をもってこれも終了し、一応の区切りというか、松山ブンカ・ラボを担った私たちはお役御免となりました。

行政が大学の寄附講座という仕組みを使い、いわば外付けのデバイスによる文化芸術振興、中間支援をしていくという試みは、少なくとも地方自治体の文化政策としては新しいアプローチでもありましたので、この成果をきちんと残すべく、5年間の成果はドキュメントブックにまとめ2023年3月に配布を始めたのですが、諸事情により市役所および大学の判断で全て回収破棄となってしまいました。いまのところ再発刊の見込みはありません(回収の際は皆様にご迷惑をおかけしたことをここにお詫びいたします)。このドキュメントブックには、松山ブンカ・ラボに関わっていただいた市民、アーティストをはじめ、ディレクターであった私の新旧の論考等も掲載されており、そこには5年間何を目指してきたのか、何が起こったのか、地域の文化圏にどのような関係性が生まれていったのか、関わった人たちは何を考え何を得たのか、そしてこの中間支援の仕組みの問題は何であったのか、など自己批判的なネガティブな観点も盛り込んで多岐にわたり記述しました。書き切ったというか、まあまあ語り尽くした感があります。ですので、改めて別の媒体に同じようなことを繰り返し書くことは、私自身にとっては正直言ってもはや億劫であるし、ちょっとしたストレスになっています。とにかく、結果的に、松山ブンカ・ラボのある種の成果のようなものを広く知ってもらう機会を逸してしまったわけです。松山ブンカ・ラボの行ってきた中間支援の路線は途絶えてしまったので、なんだか幻のような、何もなかったのではないか、というような錯覚を当事者ですら覚えるほどです。

(ちなみに、松山ブンカ・ラボのWEBサイトは松山市文化創造支援協議会のサイトとして引き続き公開しており、そのなかにアーカイブとして全記事を残してあります。)

このnoteでは、あのドキュメントブックで語られた言葉や記録を小出しにしていくことができたらよいなと考えていますが、まだ積極的にその作業をする気分でもありません。しかし、松山での具体的な出来事、成果を語るのではなく、そこで得られた気づきや、ある種の構想みたいなものを、現在の一般的なトピックや事象や、私自身の問題意識等に即しながら語る形であれば、何か書けるかもしれないと考え、重い腰をあげ筆を執っている次第です。

日本文化政策学会の企画フォーラムのこと

去る3月に日本文化政策学会の大会が青山学院大学で開催され、企画フォーラム『中間支援組織「地域アーツカウンシル」の現場が眼差す文化政策の未来』を聴いてきました。大変興味深い議論が展開されていたのですけど、やや記憶が薄れてきたので、幾つか印象深い論点というか発言を思い出しながら、私的なメモをここに記しておこうと思います。

「地域アーツカウンシル」をテーマとして、いわばリーディングアーツカウンシルである信州、沖縄、横浜の面々がキャスティングされていましたので事前から関係者の間では噂になるほど注目度の高いフォーラムでした。この3つのアーツカウンシルは昨今の日本におけるアーツカウンシル運動を牽引していますし、また信州の野村政之さん、沖縄の林立騎さん(いまは那覇の劇場「なはーと」の要職に就かれていますが)、上地里佳さん、横浜の杉崎栄介さんという日本芸術文化振興会が仕切っているアーツカウンシルネットワーク等でも一家言を持ってご活躍されている方々が登壇されていて、地域アーツカウンシルについて考察するに充分な陣容であったことは間違いありません。結果的に大成功なフォーラムでたいへんおもしろかったです。

日本の地域アーツカウンシルの現状を鑑みると、加盟団体とオブザーバーを加えた25団体、それぞれ様々なスキームの中で、様々な取り組みを行っており、「アーツカウンシルなのかしら?」というような団体もあるわけです。しかしそれは必ずしもネガティブな意味ではなくて、かくも地域の中間支援のあり方は多様であるということでもあります。リーディングアーツカウンシルである信州や静岡、沖縄のようなところも行政との関係性のなかで、それぞれ大変な苦労があるように、既存の自治体文化財団や文化協会などの一部署として、いわばぶら下がっていたり、ビルトインされていたりする形の「アーツカウンシル」をはじめ、クリエイティブな中間支援を実施することを、やりたくてもやりようがない、という団体がたくさんあります。設置主体の行政等との関係においてツーカーの仲でもなく、理念が相互に共有されていない現場を持つ地域アーツカウンシルの方が多いのではないでしょうか。そんな忸怩たる思いを抱え、あるいは悶々としている幾つかの地域アーツカウンシル団体は、あのフォーラムをどんなふうに聴いたのかは気になるところです。

議論の冒頭、現在は地域アーツカウンシルの様々なパターンやあり方がサンプルとして出揃ったタイミングにあるのではないか、という意味の発言が登壇者からありました。おそらくそれは、組織としてのスキームのパターンと、実施する事業プログラムのパターンのことを意味されているのかと思います。文化庁が地域の文化拠点形成を図る事業によって地域アーツカウンシル設置を後押し始めててから10年経とうとしています。制度的には下現状の地域アーツカウンシルは、「1自治体(県、市)が出捐した財団等の一部署」、「2自治体内の一部署」、「3自治体が外部に設置した機関」の3つのパターンに整理できるかと思います。アーツカウンシルネットワークの加盟団体のうち、日本芸術文化振興会は別として、ほとんどが1のパターンと言えそうです(間違っていたらご指摘ください)。2、3のパターンであれ、いずれにしても、自治体行政にぶら下がった地域アーツカウンシルが議論の前提です。太下義之さんがご著書『アーツカウンシル〜アームズ・レングスの現実を超えて』(水曜社)で、この本のサブタイトルでも鮮明に掲げられていますが、アーツカウンシルにおいて真の独立性担保などはあり得ないと喝破しているように、自治体文化政策として地域アーツカウンシルが手掛けられている以上、独立性や政治との距離を、日本の地域アーツカウンシルのあり方の問題として指摘することにあまり意味があるとは思えません。むしろ、いま語られるべきは、その事業プログラム、支援のあり方ということになるのは周目の一致するところのようで、フォーラムでも基本的にその前提で議論が進められていました。

確かに、地域アーツカウンシルの事業プログラム、支援のあり方としてのサンプルパターンは、パッと頭にいくつか浮かびます。いまトレンドであるのは、レジデンス事業や企業とのマッチングとかなんでしょうか。今回のフォーラムは北海道教育大学の閔鎭京さんと吉本光宏さんや大澤寅雄さんらが設立した文化コモンズ研究所が協力していたようで、大澤さんも進行役的に、そして吉本さんも出席されていました。そこで吉本さんが「地域アーツカウンシルにおける機能・役割6つの軸」というものを提示されました。私のメモによると、以下のような整理がされていました。

1 政策立案
2 助成制度
3 中間支援
4 アドボカシー
5 シンクタンク
6 民間資金の活用

これら6つの軸はそれぞれ具体的な事業プログラムとして細分化されることは言うまでもありません。一般的に、目に留まる地域アーツカウンシルの事業というと、アーティスト支援、レジデンス事業、企業とのマッチング、地域の文化活動、団体との協働と支援、申請する側に配慮した補助金プログラム、そして採択団体へのフォローやフィードバック、といったところになりますが、これらをまるっと中間支援と括らず、こういう軸で整理するのは、行政自治体を相手にする取り組みでは大切なことでしょう。中間支援という言葉は、文化政策の言葉、概念としてよりも、市民活動促進や官民協働による産業振興などで、行政組織内では流通している傾向にあるので、吉本さんのお示しされた6つの軸は政策分野を超えた普遍的な整理とも言えそうです。特に昨今のトレンドである、レジデンス事業やマッチング系の事業は、文化政策を地域振興や産業振興と接続させることのできるアプローチで、地域はもとより行政組織内でも広く理解されそうな「文化的」な試みです。一方で、普遍的な地域社会の課題や地域の自治を下支えする中間支援事業も、信州や静岡などの県単位の地域アーツカウンシルなどは実にクリエティブな発想で展開され注目されているのはご存知のとおりです。

いろいろやらない中間支援

それにしても、既知のことではあったけれども、改めて現状の地域アーツカウンシルの機能というか、求められるミッションをざっと眺め確認してみると、これだけのことをやるためのリソースを有している地域アーツカウンシルは現状ないですし、今後も現れるんだろうか、という気がします。畢竟、取捨しながら、置かれた立場と地域の現状を踏まえ、やれることをやるしかないわけです(吉本さんも6つの軸を必要条件として示しているわけではないでしょうし)。

結局、機能をどれだけ絞れるか、地域アーツカウンシルとして絶対譲れないメンタリティを一本腹に据えているかが、大切だと私は考えます。そういう点から言うと、地域の自治の蘇生というような視点や、そのために地域で生活する人たちが持っている創造性を顕在化させていくという視点、あるいは地域で暮らす人の精神的な救いとなるという視点、そういったところにこそ、文化芸術、アートの発想や方法論の活かし甲斐があると思いますし、リーディングアーツカウンシルの方々も、きっとそこは本来的に最も大事な視点にしたいのではないかと、勝手ながら同志としての希望的観測に基づく連帯感を抱いています。私が松山で取り組んできたこともこうした視点に立脚していて、地域アーツカウンシルについて私が思い巡らすとき、良くも悪くもそこに縛られていていることは否めません(ちなみに、幾つかの小さな地方都市においてアートマネジメント、文化政策の仕事に従事してきた私としては、アーティストと市民の区別はありません。それゆえに、アーティストあるいは文化芸術を専らの生業にしているひとたちに限定する支援というよりも、専らの表現者もパートタイムの表現者も、知らず知らずのうちに表現をしている人も、地域社会のなかで混ぜてしまって諸々を構想してきた傾向にあります)。

そんな偏向したマインドを持つ私が、今回のフォーラムを聴きながらつくづく思ったのは、地域アーツカウンシルあるいは地域社会における文化政策において、私たち世代ができることは限られていて、オールラウンダーにならないほうがいいなということです。それぞれの地域の文化政策の担い手が、いちばん大切にしていることを一点突破でやりながら、先例を作っていくしかないということです(ところで関係のない余談ですが、昨今、文化芸術業界では、税務も福祉も広報もなんでもできるようになろうブームが到来していますが、そんなことはできる人に任せてたらよいのにといつも思っています)。それぞれの大切にしていることに偏りがあっても、それらが集合知となることで、ひとつの、一点突破の大きな政策として動く起因となることもあるのではないか、と思うのです。

中間支援を地域に委ねる/頼る

フォーラムの最後の方で、文化コモンズ研究所のメンバーでSTスポット理事長の小川智紀さんが、「産業や経済とのマッチングが文化のやることなのか」「アーツカウンシルが全部持って行くな」「地域のNPOがいるじゃないか」といった趣旨のことを演技的に吠えていてとても痛快でした。仮に、地域に既にある活動や、活動となっていないまでも私的な思想や思考で留まっている個人の営みによって、社会に変化を与えていくことを目指すとするならば、既存のアーツカウンシルよりも、小さな複数の市民の主体のほうが相応しいはずです。その点に限った話ではありますけど、先に挙げた吉本さんによる地域アーツカウンシル機能の6つの軸の中で、制度的なアーツカウンシルが手掛けることは、政策立案、助成制度設計、アドボカシーなどに限定してもいいのではないか、という気もします。いわゆる中間支援は、多岐に渡りますけど、もっと地域の既存のリソースに委ねてしまったほうがよい場合もあるのではないか、と言うことです。例えば、アーツカウンシルのイニシアチブを離れた形で、助成制度あるいは委託事業として、中間支援を地域のリソースに委ねていくというやり方が考えられます。当然ここで言う中間支援とは何か、ということになりますが、それは助成金の再分配ということではなく、地域のリソースを活かしたプロジェクトの支援ということになります。支援というより協働、あるいは頼るという言い方でもよいかもしれません。

今回のフォーラムで林さんが問題提起されたアーツカウンシルという権力、権威性の問題はとても重要な指摘でした。対等な関係、支援/被支援を溶解する関係であることに意識的に努める必要性がある一方で、制度的に公金を預かっている機関の性質上、その権威性は構造的な問題として削ぎ難いとも言えます。そうした点からも、市民、地域に委ねるというか、頼るというやり方はあってもよいのではないでしょうか。さらに言えば、お金の出どころとの距離を作り、プロジェクトが「アーツカウンシルの蚊帳の外にある体」を演出した施策です。要するに、アーツカウンシルが中間支援事業を外部に委託するということですね(アーツカウンシルではないですが札幌市の「札幌市文化芸術創造活動支援事業」は中間支援団体を支援する事業で先進的な事例です)。こうしたプログラムをアーツカウンシルによって実現させるには、日々、地域の中間支援を担える団体や個人とのコミュニケーションを通じた関係性作りが必要ですし、それ以前に文化芸術分野に限らず、そうした担い手と出会うための日常的なアクションが必要でしょう。この種のプログラムのバリエーション、サンプルがもう少し増えていくと、アーツカウンシルのイニシアチブが目立ちがちな中間支援のあり方は次のステージに進み、より社会政策としてのプレゼンスを高めていくことになるのではないかと思います。そしてこの「地域に委ねる中間支援」の最終的な展望あるいは構想は、自治体と紐づいた地域アーツカウンシルとは異なる、市民が主体の新しいスキームによる中間支援機関が立ち上がっていくことです。この中間支援機関の守備範囲はうんと狭くてよいのかもしれません。もしかしたら、この構想は文化的コモンズの考え方と親和性が高い、というかほとんど同じかもしれませんね。

そうなると、次の課題は経済的支援以外の中間支援プログラムとは何か、ということになります。お金を原資とした市民の主体的活動は続きません。その代わり、どうやって経済的価値とは異なる社会的価値を開発し、あるいは発見し、それをどうやって地域社会の中で交換させ循環させていくか、ということが求められます。それはまさに文化的コモンズの主題でもあるし課題とも言えるわけです。だから、まずは行政区分ではなく、もっと小さな、サークル単位が少し拡張したくらいのコミュニティの中で社会的価値を交換、循環させていく装置として、小さな市民主体による中間支援的プラットフォームを街に点在させていくということが、私がもし地域アーツカウンシルの立場にいたならば、いの一番で手掛けたいことです。

そういえばこういうことはアーティストの方が既に先進的にやっているもので、例えば、深澤孝史氏の「とくいの銀行」KOSUGE1-16の様々なプロジェクトでは、小さな単位で、ひとりひとりの持っている考え方や生き方、表現のようなものを共有したり交換したりする状況をテンポラリーに作っています。ちなみにそんな深澤氏やKOSUGE1-16の土谷氏とは松山ブンカ・ラボが協働してきたアーティストでもあるので、いずれこのnoteで自治という観点から振り返る必要があると考えています。

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