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SS|ニコラスの苦悩

ニコラスは何日も考えていた。
どうすれば、このガムを飲み込むことができるのだろう。
何日も噛み続けたが、全く飲み込むことができない。

ニコラスがそのガムを噛み始めたのは、月曜の朝だった。
仕事へ行く前に口に放り込んだ、粒型の小さなガム。たった1粒である。
そのたった1粒が、昼になっても夜になっても飲み込めず
ついに翌日の朝になり、また翌々日の朝になり、気付けば数か月が経っていた。

顎が痛いような気がする。
噛み始めた頃の優しい甘味料の味は、ゴムのような味に変わっていた。
ふにゃふにゃに柔らかくて、噛み応えも無い。
惰性で噛んでいる。それだけだった。

友人と食事をする時でも、一人で珈琲を飲む時でも、
そいつは何日も口の中にいて、ニコラスの邪魔をする。
お喋りしたり、歌を歌ったりする時でさえ、そのガムが邪魔だった。

ニコラスはそのうち、人と話すのをやめた。
歌を歌うことも、食事をとることも、一人でゆっくり珈琲を飲むこともやめた。
ただ黙々と、口の中の汚いガムを噛み続けた。

顎は痛くなくなっていた。
徐々に人から離れ、友人と疎遠になり、孤独になった。
ニコラスは、ひたすらガムを噛み続けた。

ある日、ニコラスの古い友人が訪ねてきた。
「久しぶりだな、元気か」
ニコラスはこう答えた。
「悪いが、また今度にしてくれないか。話したくないんだ。ガムを噛んでいるから」

ニコラスの友人は呆れた顔をして
「そんなに長居しないさ。ところで、食事はとっているのか」と言った。
「食べていないよ。だってガムを噛んでいるんだ」
「ガムばかりじゃだめだ。ちゃんと食事をとらないと」
ニコラスは少し悩んだ。
「でも、ガムを噛んでいるから」
彼の友人は首を傾げた。
「どうしてガムを噛んでいるんだ」
今度はニコラスが首を傾げた。
「どうしてだろう」と呟いて、暫くの沈黙の後にこう答えた。

「たしか、飲み込めなかったからだと思う。このガム、飲み込めないんだ」
彼の友人は目をぱちくりさせた。
「飲み込むだって?吐き出せばいいじゃないか」
今度はニコラスが目をぱちくりさせた。
「吐き出す?そうか、吐き出せば良かったのか」

彼は手近にあった紙屑を手に取り、口の中にある塊を吐き出した。
小さな塊が、ころんと出てきた。ぼこぼこした、何でもない塊だった。

「無くなった。僕の口の中から、ガムが。無くなった…」
彼は口を開けたり閉じたりして、口の中に何もないのを確かめた。
少しの寂しさと、開放感があった。
ニコラスは、顎が痛かったことに気が付いた。

「馬鹿なことを言ってないで、早く支度してこいよ。一緒に食事に出掛けよう」
ニコラスの友人はそう言うと、部屋を出ていった。

ニコラスは一人残された部屋で、紙屑に包まれたガムを見つめていた。
白くてぼこぼこした、汚い塊。

暫く見つめて、ふと気が付いた。
その考えに辿り着いた時、酷く恐ろしく思った。
ニコラスは震える手でその塊を掴むと、もう一度口の中に入れた。


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