見出し画像

サーカスと観客

 心の静かさは夜の方が段違いだ。これからがショーなんだけどさ。
と、猛獣使いは呟く。首には見た目よりは軽いけれど、それでも周囲の人が心配したくなる程幾十の鎖を巻き付けている。
 
 俺はこうしてないと落ち着かないんだよ。
獣に噛まれた時、首があいつらの口に入るのは嫌なんだよなぁ。でもあいつらの究極の愛情表現とも感じる。言葉を持たない生き物と共に仕事をするって事は自分を食べ物ではないと受け入れさせる事なんだ。

 さて。と言い彼はいつものように舞台に立つ。
彼の周りには年老いたライオンがいつものように鞭打たれ、火の輪をくぐり平均台へと導かれる。
 
 本当は観客がその鎖を食いちぎって彼の首からその重苦しい鎖が外れるのを見たがっている事も、彼は知っているから、ある朝目覚めてその鎖に滴るくらい子ウサギの血を吸わせてもいいような気もするけれど、老いたライオンはその後を思うとそう思う朝は来ないような気もした。
 
 猛獣使いは老いたライオンがしばしば夢に出できては、明後日の天気や次の街の出し物はこれがいいなどと奇妙な忠告をし始めた。と言う。
 
 しかし忠告は当たらずとも遠からずで、そこら辺がやっぱり獣なんだよ。でもまぁ、俺が観客に自分を開け渡そうとするのを止めようとしてる気がするんだよ。けったいな関係だよな。

と言って、猛獣使いは前歯が欠けた力強い笑みを浮かべた。首に巻きつけた鎖をガシャガシャ鳴らしながら。


 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?