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小津と馬生、そして波平

「お父さんはもう56だ。お父さんの人生は、もう終わりに近いんだよ。だけど、お前たちはこれからだ。これからようやく、新しい人生が始まるんだよ」
     映画『晩春(1942)』 小津安二郎

先日、NHKで小津安二郎の特集を見ました。

小津安二郎は、戦前から戦後にかけて活躍した映画監督です。国際的にも高く評価され、その知名度と人気は、黒澤明に引けを取りません。

代表作のひとつ『東京物語』は海外での評価も高く、映画史上最も偉大な映画の一つとして広く認められ、過去に「史上最高の映画」に選ばれたことがあります。

冒頭のセリフは、『晩春』という映画のワンシーン。

鎌倉で2人暮らしをする親子の話です。父親役を笠智衆、娘役は原節子が演じました。見合いの話を持ちかけられた娘(原節子)は、父を置いて嫁になんか行けないと渋ります。笠智衆は一計を案じて、自分にも再婚の話があるとウソをつき、話をまとめます。

最後に親子で京都旅行をします。

東京へ帰る前日の夜「(やっぱり)このまま、お父さんといたい」と原節子が渋りだして、そこで笠智衆が言うのが上記のセリフです。

動画を貼っておきます。


テレビを見ていて一瞬、自分の耳を疑いました。

「お父さんはもう56だ。お父さんの人生は、もう終わりに近いんだよ」

え?56歳でこのセリフ?病気で余命いくばくもないわけでもなく、ごくごく普通の初老の男性が、人生はもう終わりに近いと語るの?

慌てて、録画を巻き戻して確認したほどです。

今朝、NHKの「演芸図鑑」という番組に、落語家の五街道雲助さんが出演されました。先代の金原亭馬生に師事された方です。

馬生師匠はわたしの大好きな落語家です。お父さまは、名人・古今亭志ん生。娘は池波志乃さんです。長生きすれば、人間国宝になってもおかしくないくらいの名人で、お酒の大好きな師匠でした。54歳で亡くなりました。

サザエさんに出てくる磯野波平さん。

どう見ても、おじいちゃんにしか見えません。でも、年齢は54歳です。フジテレビの公式ホームページで確認しましたから、間違いありません。こんな記載がありました。

磯野波平 年齢は54歳。
威厳と貫禄たっぷりのお父さん。曲がったことが大嫌いで気難しいところもありますが、情に厚くお人良しの面もあります。趣味はたくさんあり、囲碁・盆栽・釣り・俳句・骨董品の収集などなど。
    (出典:フジテレビ番組HP)

頭はハゲていて、着物を着て、趣味が盆栽と骨董品の収集、口癖は「ばかもーん」。そんな54歳、いま日本には存在しません。


戦前から戦後にかけて、そして現代に至るまで、もの凄い勢いで平均寿命が延びているんです。調べてみたら、1955年(昭和30年)時点で男性の平均寿命は63.6歳でした。女性はこれより少し高いです。

小津が映画を撮ったころ、男性の平均寿命は60歳をほんの少し超えたくらいです。56歳の男性が死を意識して、黄昏るのも無理はない。ごく自然な話なんですね。

信じられませんが、こんな時代があったのです。

戦後、平均寿命はざっくり20年ほど延びたことになります。おそらく、医療技術の向上が一番大きな要因です。あわせて感染症が減少し、予防接種も進み、栄養状況やライフスタイルも変化しました。

喫煙率は大きく減りましたし、ジムやスポーツクラブはどの街にもあります。80歳、90歳は当たり前、今後は100歳の方も珍しくなくなります。
良い時代になりました。

小津安二郎は今から(ちょうど)60年前、1963年12月12日に亡くなります。
60歳でした。


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