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50歳、未知の業種に初挑戦

早期退職して1年は、ひたすらぐうたら過ごした。
昼寝をしたり、図書館で一日中本を読んで過ごしたり。
コンビニでコーヒーを買って公園で何時間もぼんやりベンチに座っていたり。
いろんな山に登ってみたり、フェリーで島に渡ってみたり。
とにかくのんびりした時間を過ごしていた。

1年もすると、少し退屈に感じるようになって、
何か新しいことに挑戦してみたくなった。
1年間、ひたすら自分の充電に充てていたからか、
もう50歳だし・・・という後ろ向きな気持ちはまったくなく、
なぜだかわからないが、やろうと思えば何でもできるような気がしていた。
転職をする際は、今まで自分が築いてきたキャリアをもとに
職種を選択するのが通常だし、うまくいく。
でも、私はまったく違うことをやってみたくなった。
転職サイトなどに登録をすると、
どうしてもキャリアをもとにした仕事の紹介ばかりに偏ってしまうため、
自分の足を使って街を歩いて、何かおもしろそうな仕事はないかと探し始めた。
すべてが時代とチグハグなやり方である。

近所に小さな印刷所を見つけた。
そこは、主に自費出版の本や、
コミュニティ会報誌などを制作している会社だった。
へぇ、こんなところに印刷屋さんがあったんだ。
全然知らなかった。
入り口の「Webデザイナー募集」の広告がふと目に止まった。
突然、Webデザイナーという言葉に心惹かれた。
恐る恐る中に入ってみると、とても古めかしい建物で、
昔懐かしいインクの匂いが充満していた。
ガッチャンガッチャンと大きな機械で印刷している。
事務所に案内してもらって、話を聞いた。
経験者は年齢不問、未経験者ならキャリア育成のため40歳まで、とのこと。
私は落胆した。
なぜなら、私は50歳の未経験者だったからだ。
しかし、人手不足は長期間にわたって続いていたらしく、
「やってみますか!」とあっさり雇ってくれた。
雇用契約ではなく請負契約だったので、出社義務はない。
在宅で行う、初めての未知の仕事。
仕事はあったりなかったり。
私は、期待に胸を膨らませるのと同時に、
本当に私にできるのだろうかという不安も押し寄せてきた。

はじめは、とにかく苦労した。
用語も初めて聞くものばかりだったし、
使用するソフトも初めてだった。
業界のルールなども一つずつ教わった。
いただいた仕事に取り掛かるも、とてつもない時間を要した。
締め切りだけは絶対に守らなければ!
とにかく悪戦苦闘の日々だった。
時給換算したらいくらなんだろう・・・。
絶対に計算してはならないと思った。
計算したら心が折れてしまうと確信したからだ。
これはとんでもないことに足を突っ込んでしまった、
迷惑をかけないためにも早く辞めなければ。
せっかくセミリタイアしたのに、私何やっているんだろう。
最初のうちはそればかり考えていた。

でも、不思議なものだ。
継続すること2年半。
何となく要領が分かって慣れてきた。
完成までの時間も驚くほど短くなった。
そして、何より楽しくなってきたのだ。
自費出版の本というものに触れる機会をもらって、私は大いに触発された。
丹精込めて綴られた文章が、装丁などを決めて、一冊の本になっていく。
完成品を依頼者に手渡したとき、依頼者の顔がほころぶ。
何という素敵な機会に関わらせてもらっているのだろう。
私もいつか、自分の本を作ってみたいと思うようになった。

「石の上にも三年」とはよく言ったものだ。
はじめの段階で辞めてしまっていたら、
ただただつらかった経験として記憶に蓄積されてしまうところだった。
いつか楽しいと思える日が来るとは限らない、
確信のない不安のなかで、継続することはとても勇気がいるけれど。

世間では、転職は40歳まで、最近は35歳まで、などと聞く。
けれども、自分がその数字だけに引っ張られて、扉を閉ざしてしまうのは勿体無い。
チャンスは思いがけないところに転がっている。
ピンと直感が降りてきたものは、きっと縁のあるもののはずだから、
年齢やキャリアなんかは、都合よく脇に置いておいて、
勇気を出して一歩踏み出してみることも、悪くないかもしれない。

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