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故郷があるという幸せ

予定していた仕事がキャンセルとなり、ぽっかりと時間が空いた。

いろいろやろうと思えばやることなどいくらでもあるのだけど、
その日は特に何も思いつかなかった。

そうだ、実家に泊まろう!

そう思いついた私は、いそいそと泊まり支度を始めた。
実家に泊まるのは、お正月以来である。
実家に到着すると、突然帰ってきた娘に父も母も驚いていたが
とても喜んでくれた。

かつて30年ほどいた、住み慣れた家のはずなのに、
夜になると、どこかよそのお宅にお邪魔しているような気分になる。
2年ほど前に、水回りとキッチンをリフォームしたからかもしれない。

晩ごはんの時に、父とビールで晩酌をした。
私は長らく父に対して反抗期が続いていた。
情けない話だけど、反抗期が終わったのはつい2年前くらいのことだった。
父は最近、とても年老いてきたと感じる。
和やかに晩酌ができるようになって、本当に良かったと思っている。

実家のすぐそばには小さな漁港があり、
明け方になると、漁に出る船の音がし始める。
夢うつつの中でぼんやりと、
今、私はどこにいるのか、いつの時代なのかを考えていた。
もうこの世にはいない祖母や、今は遠くで暮らしている妹や弟が、
ふと、そこにいるんじゃないかと錯覚する。
布団から出て窓を開けると、潮の香りが風に乗ってきた。
階下に行くと母が朝ごはんを作ってくれていた。
本当は私がやるべきなのに、朝から数品おかずを作ってくれた。
食べ慣れた母の味噌汁。
ああ、本当に懐かしい。

日中は、庭の雑草を引いたり、窓を拭いたりして過ごした。
力が弱くなってしまった父母の代わりに、
私にできることはできるだけやってから帰ろうと思った。

若い頃は、この田舎くさい故郷がとても嫌だった。
ずっと、キラキラして刺激がたくさんある都会に憧れを抱いていた。
でも今は、故郷があることにとても感謝している。
「帰る場所」があるということは、時に人を安心させてくれる。
若い頃は嫌だとかダサいとか嫌悪していたものが、
今となっては、とても大切で愛おしいものに思える。

こんなに満たされた気持ちになったのは久しぶりだ。
仕事がキャンセルになったことに大いに感謝しよう。

翌日からのいつもの日常に戻るために、
夜の帳が下りた港のそばを
私は大いなる満足感とほんの少しの寂寥感につつまれながら
車を走らせて家路についた。

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