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書類整理は案外奥深い

ゴミはすぐ溜まる。
油断すると、すぐにいっぱいになる。

特に、書類などの紙のゴミは
生ゴミのように匂いも出ないし、一枚一枚はとても薄いため、
うっかり放置してしまいがちである。
また、返送は必要ないけれどちゃんと読んでおいてくださいね、
という類の行政などからのお知らせなんかは、
あ、ちょっとめんどくさそう、あとでじっくり読もう。
と「とりあえずBOX」のようなところにひとまとめにして
溜め込んでしまいがちである。
電化製品などを買った時にもれなく付いてくる取扱説明書や保証書なども、
もう何年も経っているのに、なぜか捨ててはいけないような気がする。
使い方が分からなかったり、故障したりした時は、
絶対にネットで検索して解決方法を探すだろうということが
分かりきっているにも関わらず、
捨てるのが怖くて、ずっと保管し続けてしまう。

ある程度長く生きていれば、今後見ることは絶対にないものだと知っている。
もしも万が一、あとでちょっと困るようなことになったとしても、
必ず何とかなるということも知っている。

書類の表紙に書いてある、
「大切に保管してください」という言葉の効力は絶大である。
この短い一言に、完全に思考が囚われてしまうのだ。

私はこの思考こそ、とても大きな落とし穴だと確信している。
「保管してください」と書いてあるから。
ほとんどの場合、もう一つ掘り下げて、なぜ保管する必要があるのか?
ということまでは考えない。
本当に保管するべきものなのかどうなのかは、状況や内容によって変わってくる。

「なぜなぜ5回」というトヨタ生産方式がある。
なぜという思考を5回繰り返すことによって、
問題の原因を掘り下げて分析し、改善に活かすという取り組みのことである。

この考え方を普段の生活に取り入れてみると、案外おもしろい。
たとえば、日頃流れてくるニュースを見てただふぅんと流すのか、
それとももう一歩踏み込んで自分の考えを持ってみるのか。
そんなことを丁寧にやっていると、自分の新しい側面が見えてきたりもする。

「流れるように生きる」
これは、利口にこの世の中を渡っていくための処世術である。
けれども、ただなんとなく流されるのか、
自分の意志を持って流れるのか。
同じ流れるにしても、辿り着く場所がまったく違ってくるんじゃないか。

きちんと考えた上で、意志を持って流れるということは、
自分の人生に責任を持つということでもある。

書類にひとつひとつちゃんと向き合って、
保管するべきものなのか、
或いはゴミとして処分するべきものなのかを見極めるということは、
納得した人生を歩んでいくための練習になると思っている。

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