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怖かったこと

あれは私が働きはじめて間もない頃だったと思う。
その日は仕事が早く終わった。

家に帰り、夕飯を買うために外に出た。雨が降っていたので、傘を持っていった。
何を買おうかな。ビールかな。ハイボールかな。焼酎とかいっちゃおうかな。
今日は時間があるのでゆっくりご飯とお酒を楽しめるぜ。私は音楽を聴きながら軽い足どりで近くのスーパーに向かった。

傘を傘立てに置く際に、私は視線を感じた。
なんか見てくる人いるなあと思いつつ、間接視野で捉えながらも特に気には留めなかった。

買い物を終え帰ろうとした時、私はあることに気付いた。
傘が無いのである。
先ほど傘を置いた場所は空白になっていた。

私は憤りを感じた。傘泥棒である。
窃盗とは最も恥ずべき悪徳だ。卑劣極まりない悪行だ。
おのれ卑劣漢め。恥を知れ。見つけたらとっちめてやる。と息巻いていたが、無いものはない。
怒ろうと悲しもうと傘が無くなった事実は変わらないのである。

まあ怒っても仕方ない。私は切り替えの早さにかけては最強を自負している。
幸い雨も小降りになってきているし、家まで近い。それより晩酌を楽しむ方向でいこう。
お酒とご飯を買えただけでも良しとし、私は帰途に着いた。

家のドアを開けようとした時、私は愕然とした。
なんと盗まれたはずの傘がドアの横に立てかけられているのである。
私は心臓をぎゅっと掴まれる思いがした。
どういうことだ。何が起こっているのだ。
冷静に状況を分析してみよう。

傘が盗まれた。傘無しで歩いて帰った。そしたら傘がドアの横に置いてあった。
いや、どういうことだ。犯人の思考回路が読めないぞ。どういった思考到達を経てそんな奇行に走ったというのか。

つまり、傘を貸してくれてありがとうな。盗むのは悪いから返してやるよってことなのか。
そのよくわからない優しさはなんなのか。
この期に及んで後ろめたさでも感じていたというのか。
後ろめたさを感じるくらいなら最初から盗らないでほしいのだが。

それともあんまりなめたまねすんじゃねえぞ家まで知ってんだぞってことか。
恐怖感を植え付けるためにあえて己の存在をアピールしたのか。
どうしてそんな奇行に走ったのだろうか。
もしかしてこれはストーカーというやつなのだろうか。
ストーキングの仕方独特やなと思いつつ、私は恐怖に震えた。

その日はお酒をしっかり飲んで寝た。
以後特に変わったことは何も起きなかった。

ドアの横に置いてあった傘はありがたく使用させてもらうこととした。

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