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BOOM!

20XX年 パスタの時代

風雲急を告げる。レディ・ブーマーがスパゲッティの時代を宣告した。
明日から細長く小麦粉を伸ばしたアレをパスタと名乗るやつはダサくなる。
予測よりもずっと早かった。ついに私達は報われたのか?

「もしもし」
「ご要件をどうぞ」
「高みの見物ナポリタン」
「会長はただいま"麺会謝絶"です。失礼ですがお名前を伺っても?」
「塩茹で2分」
「かしこまりました。良い1日を。」

会長と私は二人でスパゲッティの会を盛り立ててきた。
時には多数派による言論封殺の憂き目にもあったが二人で切り抜けてきた。
だからこそ知っていた。会長にスパゲッティに対する情熱などないことを。

会長の正体は正真正銘のロックンローラーだ。
稀代の反骨精神を持ち、正しき少数派を擁護するためだけに生まれてきた。
彼の情熱は声無きものに声を与えるためだけにある。スパゲッティは彼にとっては救済されるべきものの象徴でしかなかった。でもスパゲッティじゃなくてもよかった。多分。

「皆さんが食べているのはスパゲッティだ。その真実を無視してパスタだと認知を歪ませる。ダサいから、という理由でスパゲッティと呼ばない。これはもはや嘘の情報を食べている、まさに奇食なり。私達と共に健全な食を、正しい世界を取り戻すんだ!」

20XX(−5)年 7月23日 AM10:25 会長

そんな会長にとって最悪の出来事が今日起こってしまった。
突如としてスパゲッティの時代がやってきた。昨日までスパゲッティの正当性を主張し続けた彼には今ごろ取材依頼が殺到していることだろう。今日になって彼は一躍ヒーローだ。昨日までは活動家だったのに、今日はヒーローで、そして明日からはインフルエンサー。インフルエンサー、スポークスマン、オピニオンリーダーとか、名前はどうでもいいが、そういう、彼が最も忌み嫌う屈辱的で退屈でつまらない多数派の顔として生きてゆかなければならないのだ。果たしてあの会長にそういう生き方が選択できるのだろうか?

♬  Ci sono sempre due verità!  ♬

「もしもし」
「塩茹で2分様の番号でお間違いないでしょうか?」
「ああ、戻ってきたか、会長は?」
「いえ。お客様がお待ちですので至急本部にお越しください。」
「誰だ。」
「それは伝えないようにとの言伝を預かっております。…しかし私もあなたも知っている人物です。とにかく至急お越しを。」
「すぐ行く。」

Sadistic Majority

本部の周りに人影はなかった。すっかり記者で溢れてかえっているのかと思ったが、この静けさはどういうことだろうか。もはや最近のジャーナリズムには現地取材という概念すらないのだろうか?

果たして私の知る客人とは。半ば掃除用具入れになっている応接室の軽いドアをゆっくり開けると、長身の女性が窓際に立っていた。そして4人の帽子を被ったお供がソファに座っていた。帽子には"BOOMERS"。すると顔こそ確認できていないが、これはびっくりだ、窓際の女性はレディ・ブーマーで間違いないだろう。今回の事件の最重要人物だ。

「初めまして、私は当会の副会長を務めている者です。」
「あなたたちの会長はどこ」
「え?」
「会長はどこか知らないの」
「てっきりこの本部にいるとばかり」
「ふーん」

ブーマーが合図をすると男たちが退室した。
「失礼します」と頭を下げながら。ダサい帽子の割に丁寧だ。

「じゃあ副会長さん、今回の件に関してどこまで知ってる?」
「何も聞いていません。」
「よろしい。実は、あなたたちの会長が私を殺そうとしたのよ。」
「え?会長が?」
「つい5日前のことだ。」

事の大きさにまずは面を食らったが、納得はできる。
レディ・ブーマーの殺人未遂は…会長ならやりかねない。

「まあ珍しい話じゃない。私を殺したい人はたくさんいるの。流行に乗れない可哀想な人たち。世間の常識に疑問を投げかける偏屈者。そういう人たちがあなたの所の会長みたいに、私を諸悪の根源みたいに思ってしょちゅう殺しにくる。」

「あなたはそれを全部返り討ちにしてきたんですか?」

「ほとんどはそう。でもたまに成功しちゃう時もあって、そういった時は次のレディ・ブーマーに交代するの。訓練された影武者が次のレディ・ブーマーになる。」

「いつかはバレませんか」

「いつかはバレるだろうけど、でもそれまで世間を操ることができる重要な駒だからお偉方も手放さない。最初のブーマーは彼女の秘書に殺された。それで会社を乗っ取られて今やただの政財界のお人形さんってわけ。」

「なんでそんな話を私にしたんですか。私は今から殺されるんですか。」

「理由は2つある。第1に、スパゲッティの会・副会長ごときの陰謀論は誰も信じない。2つめにあなたは記念すべき私の1人目のビジネスパートナーだから。」

「というと?」

「まずは経緯から。あなたたちの会長は実際にレディ・ブーマーを殺したわ。だから私は就任してまだ5日目。でも別に恨んでなくて、私はその前任者の、本当の名前はノブコって言うんだけど、その子にイジメられてたから殺してくれて嬉しかった。」

レディ・ブーマーはゆっくり歩いて私の隣にドカっと座った。そして穴が開くほど私の目を見つめた後に「ちょっと寂しいけどね」と意地悪っぽく私の耳に静かに囁いた。なるほど、会長に殺されただけノブコとやらは運がいいのかもしれない。

「で、あなたのところの会長は捉えられて私の下に引っ張られてきた。キャンキャン吠えてまるで犬みたい。私ああいう子が大好きだから折檻してあげてたの。でも今朝になってどこにもいなくて、逃げ出しちゃったみたい。」

「それで今朝のスパゲッティ宣言を?」

「ちょっとした意趣返しよ。逃げ出した犬を追うのに興味はないの。だからその代わりに私は会長くんとお友達になりたかった。スパゲッティを多数派にしてしまえば会長くんは多数派の顔でしょ?私と一緒になる。そうすればきっとお友達になれると思って。で、私は会長くんの顔を見にきたんだけど…そう…会長はここからも逃げ出したのね?どこへ行ったのかしら。」

しかし、本当にどこへ行ったのだろう?
まさか会長が自己の矛盾に気づいて自殺したとも思えない。
正義のヒーローは自殺を選べるほど賢い人種じゃない。

「それで私があなたのビジネスパートナーとは、どういう意味ですか?」

「私がスパゲッティの時代を宣言した以上、その正当性とかオシャレさとかを広めるインフルエンサーが必要なの。あなたには新会長になってもらう。はいこれ。」

毒々しいピンクのキャリーケースから札束がたくさん出てきた。

「何をどう宣伝するかは、私たちのチームが決める。スパゲッティの会は幹部を残して解散。あなたはスパゲッティの会をずっと率いてきたバーチャル・マスコット・ストリーマー『スパゲッティおじさん』として生きていくの。」

私達は栄光ある正しい少数派として生きてきた。
正義に燃える会長やその仲間達と歩んできたことが人生の楽しみだった。
その道の先がこんなところに繋がっていたなんて。私がいまここでオファーを断っても『スパゲッティおじさん』はどこかで誕生するのだろう。『レディ・ブーマー』がそうであるように。ならばせめて私が私の業を背負わねばならない。

「わかりました。でも会長のことは、許してやってください。悪いやつではないんです。」

「安心して。恨んでないってのも本当だし、逃げた犬ころに興味ないってのも本当だから。警察に通報したりもしないし殺したりもしない。今のところはね。他に質問はあるかしら?無いなら忙しいから私は帰るわ。諸々の連絡は部下がするから、私とあなたが会うのはこれが最後になるでしょうね。」

「ありません。」

「よろしい。じゃこれ。」

レディ・ブーマーは懐から男達が被っていたのと同じ"BOOMERS"の帽子を取り出して、私の頭にぎゅうっと力強く被せた。「こんなダサい帽子いりません」と告げるとレディ・ブーマーは嬉しそうに笑った。

「これ、ダサいよね!私もそう思う。でも世間ではこれがオシャレってことになってるから、そこんとこよろしく。それにその帽子はデザインじゃなく、その実用性に価値があるの。この帽子があれば街中が楽しくなる。ま、使うかどうかはあなたに任せるから、取っといてよ。私にとってあなたは最初の友達なんだから。その証としてね。じゃ。」

彼女は去って、私と帽子だけが残った。
こんなダサい帽子が一体なんの役に立つんだろう。

20XX(+5)年 スパゲッティの時代

ある日の昼下がり、ミートソース・スパゲッティで腹を満たした私が行きつけのスパゲッティ屋を出ると何やら大きな声がするので、そのまま声のする方に足を運ぶと、駅前でデモをしている一団を発見した。

「皆さんが履いているのはジーンズだ。その真実を無視してデニムだと認知を歪ませる。ダサいから、という理由でジーンズと呼ばない。これはもはや虚偽を着こなしている、まさに弊衣破帽なり。私達と共に健全なファッションを、正しい世界を取り戻すんだ!」

20XX(+5)年 10月3日 PM1:33 ??

マイクを握っていたのは、見覚えのある人物だった。

おしまい


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