「大奥」美術部×「100カメ」撮影部 “職人肌”スタッフたちに共通する流儀とは?
「大奥 Season2」の舞台裏に、100台のカメラで密着した「100カメ 大奥 美術部」お楽しみいただけましたか?
担当した、ディレクタ-の戸松です。
NHKに入局し、テレビの番組制作を始めて13年。
「プロフェッショナル仕事の流儀」や「バリバラ」を経て、いまは「100カメ」班で働いています。
私たちディレクターは、毎回たくさんのスタッフに支えられて、番組を作ります。
そのこだわりや情熱、プロフェッショナリズムには、いつも驚かされるばかり…(ありがとうございます!)。
今回、私が100カメ「大奥 美術部」を制作する舞台裏でも、 “職人肌”のスタッフ同士の、熱きコラボが実現していました。
「大奥」美術部 と 「100カメ」撮影部 です。
ドラマで、“美”を追求する「大奥」美術部。
ドキュメンタリーで、“リアル”を追求する「100カメ」撮影部。
それぞれの部で働く人たちを観察すると、
日頃、全く異なる分野で仕事をしているスタッフたちには、ある共通する“流儀”がありました。
私が感じたその“流儀”を、この記事で、皆さんにお伝えできればと思います。
「大奥」美術部 “ちょびひげ”や“髪一本”の乱れを見逃さないプロたち
今回、取材したドラマ10「大奥」を支える美術部は、デザイン・美術進行・大道具・小道具・装飾・造園・特殊効果チームから、メイク・かつら・衣裳・特殊メイクチームに至るまで、さまざまなチームがいる大所帯です。
私の印象に残っているのが、100カメの冒頭VTRに登場する“直し”の場面です。
ドラマ収録の現場では、1テイクごとに、テスト→本番収録が行われていきます。
本番収録前に、美術さんたちは、カメラ前の役者さんのもとに駆けつけ、メイクやかつらを現場で「お直し」します。
あるシーンの準備中、着付け部屋で作業していた衣裳チーフ・シゲキさんが、スタジオの映像が映ったモニターを見て、「“ちょびひげ”してるわ」とおもむろに言い始めました。
それを聞いた衣裳スタッフのイズミさんもモニターを見て、
「あー!これ!?」と言って慌ててスタジオに向かっていました。
到着したイズミさん、将軍・家定を演じる愛希れいかさんに近づき、何かやっています。
アップのカメラをよーく見ると、愛希さんの羽織の肩あたりから、短い糸が一本、ぴょんと飛び出していました。
イズミさんは、その糸をカットしに、スタジオへ急行したのです。
「ヤバ…!」編集室でこの一連のやりとりを見た私は、一本の糸の飛び出しすら許さない美術スタッフの妥協のなさに、プロのすごみを感じました。
ドラマの現場に行って驚いたのですが、とにかくスタッフがスタジオの内外に置かれたモニターを絶えず気にしています。
このシーンの他にも、かつらのササメさんは、役者の髪一本の乱れに気づいて直していました。
ほかにも、池の底に敷き詰めた小石の並びの乱れを許さぬ造園さん、
時代背景や季節に応じて部屋の調度品を逐一取り替える装飾さんなど、
ドラマ「大奥」美術部の“美へのこだわり”は、随所に徹底されていました。
“こだわり”の果てに、“美”は生まれる…!
私が美術部の皆さんを観察して感じた思いは、100カメの最後のテロップにこめています。
「100カメ」撮影部 「ありのままの姿を撮りたい!」をかなえるプロたち
「大奥」美術部の奮闘ぶりをとらえようと試行錯誤してくれたのが、「100カメ」撮影部です。
「100カメ」は、気になる場所に100台の小型カメラを設置して、人々の生態を観察するドキュメンタリーです。
「飾らぬ会話」や「等身大の素顔」など、従来のドキュメンタリーではとらえることが難しい、「ありのままの姿」を撮ることをめざしています。
この番組の難しさでもあり、醍醐味でもあるのが、“固定カメラ”である、というところです。
事前取材に基づき、覚悟を持って、カメラを置く。
一度置いたら、基本は動かしません。
そのために不可欠なのが、事前取材と、カメラ位置の選定です。
ただやみくもにカメラを置いても、撮れ高の薄い素材が膨大に積み上がるだけ。
そこで「100カメ」では、事前にカメラMAPを作って、撮影プランを検討しています。
現場で暗号のように使われている、そのノウハウを少し公開すると…
今回の「大奥 美術部」でも、事前にカメラ下見をした際、「カメラを置きたいけれど、どうしよう…?」という場所がありました。
それは、メイク・かつらの支度場所です。
私としては、ここで、美術スタッフさん&役者さんの2ショットを上からのアングルでねらいたい。
しかし、周りにはめぼしいとっかかりがなく、これまでの設置スタイルでは、カメラを置けそうにありません…。
これは難しいかも…。でもどうしても置きたい!
現場では、ここは「要検討」なまま、ロケ下見が終了。
しばらくして、撮影リーダーからこんなイラストがメールで送られてきました。
メイクスペースの上に、角材を置いて、そこからカメラを吊り下げようという作戦です。
「ぜひこれでお願いします!」と伝えると、撮影リーダーはホームセンターに出向き、ちょうどよい長さに切った角材を買ってきてくれました。
100カメの撮影は、こうした発明の積み重ねと、ときに地道なDIYにより支えられています。
いざ、カメラ設置!しかし… 急なお願いにも即座に対応してくれるプロ魂
今回の番組では、ドラマ「大奥 Season2」の収録初日に、100カメを入れさせてもらえることになりました。
ドラマスタッフにとっても、緊張するであろう収録初日。
そんな大切な瞬間を撮影できることに感謝しつつ、ロケ前日にカメラ設置を進めていると、現場に居合わせていた「大奥」のプロデューサーから、声がかかりました。
「支度場所に設置していただいたカメラ、少し威圧感があるので、役者の皆さんが気になるかもしれません…。」
(ここはぜひ狙いたい!)と、私は、狭い支度場所に、集中的にカメラを置いていました。
その台数が多かったことで、実際に設置すると、存在感が出てしまったようでした。
「なるべく自然な姿を撮る」ことが狙いの100カメで、威圧感は致命的です。
「100カメ」の撮影チームと相談し、急遽、プランを変更。
スマホタイプのカメラから、一回り小ぶりなカメラへ、変えることにしました。
そこで、横浜にある収録スタジオ現場から、渋谷のNHKまで、急きょスタッフがとって返し、小型カメラ23台を持ってきて、スマホから付け替えることに。
いつも柔軟に、フットワークよく、対応してくれるプロ魂。
甘えすぎないようにせねば…と思いつつ、感謝した次第です。
撮影チームには多大な迷惑をかけましたが、結果的にこれが功を奏したことが、後々判明しました。
「大奥」美術部 × 「100カメ」撮影部 プロたちのコラボで撮れた“宝もの”
100カメのロケ中、ディレクターは、カメラが問題なく動いているかチェックすべく、ときどき現場を巡回しますが、基本的には現場から離れています。
しかもいろんな場所にカメラをばらまいているため、ロケが終わった時点で何が撮れているか、ほぼわかっていません。
果たして面白いものが撮れたのだろうか…。
期待半分、不安半分で、手応えのないままに、ロケが終わってしまう。
これが100カメという番組の独特なところです。
回収したカメラの映像を、編集室で4週間かけてチェックして、初めて出来事の全貌が明らかになります。
今回、編集室で素材を見る中で、私が目を見張った瞬間がありました。
それは、カメラを重点的に置き、直前に入れ替えていた、支度場所での出来事でした。
朝、やってきたのは、「広大院」を演じる蓮佛美沙子さん。
この日の役の年齢設定は、実年齢をはるかに超えた、70歳でした。
どんなメイクを施すか、メイクチーフのシミズさんと、2人で相談を重ねながら支度が進んでいきます。
放送されるドラマの中では、蓮佛さんの役は、若き頃から年を重ねていきます。
2人が、70歳のメイクからスタートするという、時系列を逆転させた難しい挑戦をされていたことには、視聴者は誰も気がつきません。
メイクを終えて、かつらの支度場所に移動した蓮佛さん。
かつらスタッフのシマダさんが、事前に蓮佛さん専用に結い上げた白髪交じりのかつらをつけ始めます。
といっても、ただかつらをかぶせるだけではありません。
地毛とかつらの境目をなくして自然に見せるため、地毛をかつらに組み込んで、ところどころ白髪になるよう、白く色を塗っていきます。
その地道な作業が続くこと、43分間。鏡を見ていた蓮佛さんが、突然つぶやきました。
蓮佛「あー!なんかそんな気がしてきた!自分の中で急にこう…。」
かつらスタッフ「きました?」
蓮佛「わかってきた!(中略)すごいな、扮装で、全然違う」
そして、小声でセリフをつぶやき始めました。
メイクやかつらで70歳の外見に近づいていく中で、役のイメージをつかんだ、まさにその瞬間がごく自然な姿で記録されていたのです。
かつら、メイク、衣裳。
美術部のスタッフたちが持つ数々のスキルが、役づくりに刺激を与え、「大奥」という作品を作っている。
それを極めて自然な形で、「ありのまま」に近い姿で撮ることができたのではないか、と感じました。
もし、この場に通常のドキュメンタリー取材のように、カメラを持ったロケクルーがいたら、その存在が気になって、こうした言葉は出てこなかったかもしれません。
蓮佛さんの「わかってきた!」という、自らへのつぶやきのような言葉をカメラに収められたのは、存在感薄めで、時間を気にせず延々と撮影していた無人の小型カメラだったからこそではないか。
最初は、「うわ、カメラいっぱいあるー!」「気になるー!」という反応の人たちも、小さなカメラが10時間以上、身動きせずにひたすら撮影を続けているうちに、ふとした瞬間、カメラを意識しない行動や発言をしているのではないかと思うのです。
ほかにも、特殊メイクチームの支度場所では、こんな場面が撮れていました。
瀧山役・古川雄大さんに特殊メイクを施しながら、ひとしきり古川さんと会話をして盛り上がっていた、あるスタッフさん。
ふと古川さんが言いました。
古川「…っていうこの一部始終、撮られてるんですよね」
特殊メイクスタッフ「そうなんですよね。私もう(カメラ)忘れてるんですけど」
この発言、「うっかり忘れてしまうくらい撮影サイドの存在を消せた!」という証。
100カメのスタッフにとっては、何よりも褒め言葉でした。
こうした「ありのまま」に近い姿を撮りたいディレクター願望が、少しだけかなったかも、と思えたとき、つくづく思います。
「これだから、100カメのディレクターはやめられん!」
なぜ、そこまでこだわるのか? 「大奥」美術部と「100カメ」撮影部の共通点
スタジオでモニターの1カット1カットに目を凝らし、“美しさ”にこだわる「大奥」の美術部。
固定カメラの設置に試行錯誤し、“自然な姿”を撮ることを追求する「100カメ」の撮影部。
ドラマとドキュメンタリー。
まったく畑の異なるふたつの専門家集団と接してきた私が感じたのは、職人揃いの両者は、深いところでとても似ているということです。
「大奥」の美術スタッフたちが、なぜ“細部まで徹底した美しさ”にこだわるのか?
「100カメ」の撮影スタッフたちが、なぜ“存在感を消すこと”にこだわるのか?
ドラマの場合、衣裳のほつれや、髪の乱れがあると、視聴者がそこに目と意識を奪われてしまいます。
こうした“余計な違和感”を生み出さないように整えることで、視聴者をストーリーに集中させようとしています。
細部まで、美しさを徹底するからこそ、見ている人が日常を忘れ、ドラマの世界に没頭し、楽しめる。
視聴者を“邪魔しない”。これが、美術部のプロフェッショナリズムです。
一方、ドキュメンタリーの場合、その“違和感”や“不自然さ”は、いつもと違う“外部の人”がいることでうまれます。
その存在とは、大きなカメラ、話しかけてくるディレクタ-など、私たち取材者の存在です。
そうした存在感を消すことで、リアリティのあるドキュメンタリーを撮影することができる。
取材先を“邪魔しない”。これが、撮影部のプロフェッショナリズムです。
画面から違和感や存在感を消すことで、自分たちの仕事のスゴさが際立つ。
「大奥」美術部も、「100カメ」撮影部も、そうした職人肌のスタッフたちが、番組を舞台裏で支えてくれていました。
ちなみに、「大奥」美術部のプロフェッショナリズムは、こちらの記事でも紹介しています。
*ドラマ10『大奥』御鈴廊下にこめた美術チームのとある“野望”*
*ドラマ10「大奥」衣裳の秘密*
また、独自の技術を持つ専門家集団・「100カメ」撮影部の番組の作り方は、動画でもぜひご覧ください。
https://www2.nhk.or.jp/learning/video/?das_id=D0024010287_00000
ということで、「大奥 Season2」も「100カメ」も、
今後とも応援、どうぞよろしくお願いいたします!
✲「大奥」公式HPはこちら ✲
✲「大奥」公式X(旧Twitter)はこちら✲
✲「大奥」見逃し配信はこちら✲
✲「100カメ」公式HPはこちら ✲
✲「100カメ」公式X(旧Twitter)はこちら✲