モノ好きカメラマンが“トキメク壁”に出会い、番組になるまでのお話
皆さんは、テレビを見ていてトキメクことはありますか?
私は、『世界はほしいモノにあふれてる』という番組を見ると心トキメキます。
世界中のありとあらゆるモノのストーリーに触れ、それが生まれた街の美しい景色を堪能できる番組です。(※現在放送は不定期です)
靴やチョコレート、洋服にじゅうたんといった見たことのないモノを見るたびに私は幸せな気持ちになります。そして、トキメクモノを見た小さな幸せが、積もり積もって大きな幸せになることを感じていました。
まさに、「眼福」。
今回は私の心の幸せストック大放出祭のような、私の好き・かわいいというトキメキを視聴者の皆さんに届けたい、視聴者も眼福を感じて欲しいという思いにかられて番組作りに取り組みました。
心トキメク「眼福」を探して
NHKでカメラマンとして働いて5年目の武部です。これまで『のど自慢』や『ドキュメント72時間~ヘアメイク店 私は眉毛を整える~』などの番組を担当してきました。
私の趣味はウィンドウショッピングです。休みの日は必ず、2連休なら2日とも街へ出かけます。
ウィンドウショッピングと聞くと服屋さんを思い浮かべる方が多いと思いますが、私のウィンドウショッピングはホームセンターやスーパーなどモノが置いているお店ならどこへでも向かいます。
中でも一番好きなのが、海外旅行の旅先で行くスーパーです。海外スーパーには見たことのないトキメクモノであふれています。
色鮮やかなパッケージのお菓子や規格外に大きなサイズの牛乳やジュース、そして山積みされた肉やおそうざい。
スーパーを一周するだけでワクワクが止まりません。
それでも1軒では飽き足らず、旅行中は1日3軒以上のスーパーをめぐります。
5日滞在すれば15軒以上、一度行ったスーパーにも見落としたトキメキがないか改めてすべての棚をくまなく探検するのです。
お店では何か明確なモノを探しているわけではなくトキメクモノがどこかにないかなと、すべての棚をじっくりゆっくり見てお気に入りのモノを探します。そして、自分がかわいい・素敵と思ったモノを見ると幸せな気持ちになるのです。
この小さな幸せ、すなわち「眼福」を私は心のストックに1つずつしまっておきます。
お店を出るときに自分の心が小さな幸せでパンパンに満たされているのを感じる、この瞬間が私はとても好きです。
モノ好きな私が大阪で暮らして2年。
Instagramで何か面白いモノがないかなと探しているときに出会ったのが、今回の番組タイトルである“偏愛の壁”でした。
私の「なんだこれは!?」というトキメキセンサーが点灯したので、すぐお店へ足を運びました。
お店に入るとそこは「金具の森」とでも言いましょうか、床から天井までぎゅうぎゅうに大小さまざまな金具が置かれた不思議なお店(全国の金具屋から買い取った“売れ残りの金具”を販売している金具屋)でした。
その一角に、私が出会ったあの“壁”がありました。2.5m×2.5mほどの壁にみっちりと、個性豊かな見たことのない金具たちが飾られているのです。
ちょっと変わった店主のこだわりが詰まった「壁」。それを私は心の中でこっそり“偏愛の壁”と呼ぶことにしたのです。
もう私の心のトキメキが止まりません。
形のかわいいドアノブ、顔のように見える取っ手。
1万種類以上もある金具をなめまわすように見て回り、この「眼福」を誰かに伝えたいと突き動かされました。
そんな時に目にしたのが『にっぽんカメラアイ』という番組の提案募集でした。この番組は日本全国にいるNHKカメラマンが企画・制作し、不定期に放送しています。
これはもう、この“偏愛の壁”を提案するしかない。とことん私が感じた眼福を視聴者に届けたい!そんな思いで「偏愛の壁」の企画を提案し、無事に採択され制作することになりました。
「眼福」をどう届けるか
カメラマンはロケに挑む前にさまざまなことを考えています。
カメラは何が良いのか?レンズは?三脚は?特殊機材は?
もちろん、現場に着いても試行錯誤は続きます。一番良い位置はどこ?高さは?明かりは?音は?
日々考え続けているロケ現場で、今回は3つの事を意識していました。
① 三脚撮影縛り
撮影にはカメラを手で持つスタイルと、三脚にカメラをつけるスタイルの2通りがあります。
カメラを手で持つスタイルは機動性に優れていて撮りたいと思った時に撮りたい所へすぐ移動して撮影できます。
しかし、手でカメラを持つことにより映像が揺れてしまうというデメリットもあります。
一方で三脚につけるスタイルは映像が揺れることがないため、視聴者は画面に集中することができます。しかし、三脚を使って撮影するには三脚の位置・高さ・傾きなどたくさんの調整が必要になるため、一瞬の出来事を撮り逃してしまうことも多々あります。
今回の番組の主人公はお店に置かれているありとあらゆるモノたち。
そんな魅力的なモノたちをお店の空気感とともに描きたいと思ったとき、映像の“揺れ”はトキメキと「眼福」を感じていただくのを阻害する雑音!
そんな思いで今回のロケは大部分を「三脚で撮影する」というルールを自分に課しました。
しかし、実際に撮影するとなると大変なことはたくさんあります。特に大変だったのはお店に来るお客さんの撮影です。20m×10mほどの広い店内には所狭しと商品が陳列されています。
そんな中、縦横無尽に商品を見るお客さんを撮るために三脚を移動させ、高さを変え、水平を取り直してRECボタンを押す。撮影までにとても時間のかかる作業は高さを変えている間にお客さんが移動してしまうことが何度もありました。
いい表情をしているのに、他の商品がかぶってしまい肝心の表情が見えない。そんなもどかしいタイミングもありました。
何度も三脚スタイルはやめちゃおうかなとも思いました。
それでも2月のお店の冷たい空気感と張り詰めた雰囲気、そしてトキメクモノをしっかりとらえるためにはどうしても三脚スタイルしかない。
トキメキ大放出祭は、誰よりもまず自分がトキメかないと視聴者もトキメかない。
そう信じて三脚ルールを最後まで守り続けました。
もちろん三脚スタイルをしたことにより、良かったこともあります。時間をかけて三脚を設置するため、何をどういう意味合いで撮るのか・そのカットで何を表現したいのか、より深く考える時間ができたのです。
店主の佐藤さん目線でお客さんがモノを探している様子ならこの場所。佐藤さんが1人部屋にこもって作業をしている様子ならこの場所。
じっくりと現場を見つめ、自分がトキメキを感じるカットをていねいに探していきました。
② 虫の目レンズのこだわり
皆様は虫の目レンズをご存じでしょうか。
その名の通り虫の目で見たかのように撮影することができるながーーーいレンズの事を言います。このレンズを使うと接近して撮影することができ、さらに広角で画面いっぱいにより繊細にモノを映すことができます。
このレンズを使うと小さなものを近い距離で撮影することができ、普通のレンズで撮るよりも広角で画面いっぱいに、より繊細にモノを映すことが出来ます。
狙いは“ウィンドウショッピング中の私の視界”を再現することでした。
このレンズを使うと、自分が気になったモノを手に取って細部まで集中して見つめているような、そんな感覚に陥ることができると気づいたのです。
撮影中は「眼福」をこれでもか!というほど感じていました。
撮影クルーに「めっちゃこれかわいいですよね!」「これすごく良くないですか?」と興奮気味に話すのが止まりません。若干冷たい視線を感じつつも自分の“眼福センサー”に誠実に。
時には金具に「かわいいね。かっこいいね。」と話しかけながら撮影を続けました。
実は番組のファーストカットにもこのレンズを使用しての映像が使われています。
そこでは自分が小人になったかのような、不思議な感覚に陥ることが出来ると思います。これも虫の目レンズの特性です。
このような不思議で目を引くカットを、視聴者に番組に集中してもらうためのキーカットとして番組内にちりばめました。
視聴者の方が「お!?」と心トキメク映像に目が止まり、スマホをいじっていた手が止まるような。番組を集中して見てみようと思えるような。そんなワンカットを目指して、さまざまな機材を駆使して撮影を行っています。
③「真正面」から撮る
もちろん、一番のこだわりはこの番組のきっかけにもなった“偏愛の壁”をどう撮るかというところでした。
“偏愛の壁”がある金具屋さんには1万点以上もの金具がありますが、これらは16年かけて全国の金具屋さんから店主の佐藤さんが心トキメクモノを買い取って販売しているものです。
佐藤さんは「本当は店内の商品どれ1つとして売りたくない。」と何度も話されていました。自分が苦労して集めたお気に入りの金具たちがいなくなってしまうのはとても寂しいことだと。
そして、どの金具も最後の1つは売らずにあの壁に設置しているそうです。お客さんには「壁の金具は売り物ではないです。在庫があったら売るんですけどねぇ。」と一言。
その顔は少しうれしいような、照れくさいような。集めた金具たちをお客さんに「見て、触って、存在を知って」もらうことができたことへの喜びを感じているように見えました。
だから佐藤さんは「別に売れなくてもいいんですよ。見て楽しんでくれたらいいんです」と笑顔で、しかし真剣にお話しされていました。
いろいろな角度から壁を観察しましたが、どんな角度から見ても「真正面」に勝る位置がありませんでした。ただの正面ではなく真正面。つまり位置だけでなく高さも傾きもすべてが壁に対して正対している状態です。
真正面こそ佐藤さんの金具への愛を表現することができ、そして私が初めて壁を見たときの迫りくるようなトキメキを表現できる強い画になると確信しました。
そこで三脚ルールに次ぐ2つ目の撮影ルール「偏愛の壁は真正面から撮影する」を自分に課しました。
しかし、壁だけを撮りたいわけではありません。壁を見つめるお客さんを真正面から撮ろうと思うと、
① お客さんが来ることを予想して真正面のポジションに移動する
② 三脚を真正面の位置に調整する
③ お客さんが壁に興味を持って立ち止まる
この3つの条件がそろわなければならないのです。
いつか来るその瞬間まで、お客さんを待ちつづけて何度も撮影にチャレンジしました。せっかくお客さんが興味を示しても撮影の準備が出来ていない。逆に撮影の準備はできていてもお客さんが壁をスルーしてしまう。
そんなことが続いた中、待ち続けたその瞬間を撮影できたときは内心ガッツポーズをキメていました。もしかしたら、本当に小さく握りこぶしを握っていたかもしれません。
狙い続けた映像が取れた瞬間は何にも代えがたい喜びや興奮があります。そして、その映像が編集で使われるとさらに喜びは大きくなります。私はこの瞬間にカメラマンという仕事の魅力を感じているのかもしれません。
眼福を届けたくて
改めて、「眼福」という言葉を辞書で引くと…珍奇なもの、貴重なもの、美しいものなどを見ることが出来た幸福。目の保養(広辞苑)とある通り、何かモノを見て幸せな気持ちになることを言います。
わたしはこの「眼福」という言葉が大好きです。
見てくださった視聴者の皆様が「あぁ何か見てて幸せだったな」と感じてくだされば、この番組は成功したと私は思っています。
3月の忙しい合間にほっと一息。コーヒー片手に幸せを感じにテレビをつけていただけるとうれしいです。
番組の放送は、3月24日(金)BSPで午前11時10分~です。