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ゲームの遺伝子 解析記録 vol.16 パワフルプロ野球

いつも番組をご視聴いただきありがとうございます。「熱狂へ至る道のり~パワフルプロ野球~」を担当したディレクターの島田嶺央です。神戸出身、幼いころはイチローの活躍に心躍らせ、好きとか嫌いとか考える間もなく、朝から「六甲おろし」が流れる土地で育ちました。
 
そんな気付けば野球が好きだった私と『パワプロ』の出会いは、小学2年生のころ。本作は、それまでのゲームとは違う衝撃を私に与えてくれました。それは“声”です。今でこそゲームから“声”がするのは当たり前ですが、当時は「♪テロテロテロテロ~」という効果音とともに文字が出てくるか、「ヤッフゥー」といった陽気な“掛け声”が出るのが最先端。そんな時代に現れた“本当にしゃべるゲーム”―それが『パワプロ』でした。
 
「ガツーン!いったぁああ!」 「あぁあっと!!捕れない!」 「ふらふらーっと上がったー!」
文字を見れば声が聞こえてくる、まさにテレビ中継さながらの実況音声。本当に人が入っているんじゃないか、そう思ってしまうほどのリアリティは衝撃的で、「ガツーン!」はしばらく地域の流行語でした。

そんな実況もさることながら、野球ゲームとしての完成度もそれまでとは一線を画す、革新的なものでした。当時は偽名が多かった選手も、本物のプロ野球選手を実名で収録。能力も選手それぞれの実際の成績から細かく評価されており、知らない選手でもその特徴が一発でわかりました。守備の名手ロッテ小坂選手、とにかく速球派だったヤクルト五十嵐選手など…本作から知り、好きになった選手は数え切れません。

そして何より大発明だったのは、野球の醍醐だいご味が詰まった投打システムです。ピッチングでは、それまでの野球ゲームにはなかった投球の高さ、低さの概念を導入。これによりボールを上下左右、自由なコースに投げ分けができ、まさにプロ野球選手がやっているであろう“投球の組み立て”を体験できました。

赤い四角で囲まれたストライクゾーンが出現。
高低の概念によって落ちる変化球やボールになっていく変化球なども再現可能に。
コントロール能力のよしあしで狙った通りにはいかないのもリアル!

最初は、外角低めのストレートで攻め、速い球に慣れたら遅いチェンジアップでタイミングをずらし、1球内角ボール球のストレートで印象づけて、最後は外に外れていくスライダーで三振!いかにバッターの裏をかき打ち取るか、そんな本物の野球さながらの心理戦。それをあの大エースと同じ球種で体感できるのです。

一方のバッティングでは、ミートカーソルという概念が登場。これは、まさにボールをとらえるバットの”当たりどころ”を再現していました。芯に当たれば強い打球が飛ぶことはもちろん、芯の下に当たればボールをたたきつけてしまいゴロになり、芯の上に当たればフライを打ち上げてしまう、物理法則にのっとった納得感ある打球表現を実現しました。

芯の下でとらえてしまった打球はゴロに…。
画面真ん中下にある長方形はバットの先と根本を表現していて、どっちでとらえるかで打球が変わる。

実際のプロ野球選手が登場し、本物のアナウンサーが実況する。ポップな見た目とは裏腹に物理法則を突き詰めた納得感あるプレイ体験は、多くのプレイヤーを夢中にさせました。そんなパワプロもプロ野球の歴史とともに収録選手が入れ代わり、今年で発売30年。今では、あの世界の大谷選手をはじめ、本作をプレイしてプロ野球選手になった人も数多く、まさに野球ゲームの枠を超え、野球史の一部ともいえる作品といっても過言ではないかもしれません。

私と『パワプロ』

本シリーズは、野球史のみならず私の人生にもたくさんの思い出を残してくれました。友達との手に汗握る「対戦」はもちろん、プロ野球球団を運営し日本一を目指す「ペナントモード」、ひたすらホームランを打ち続ける「ホームラン競争」など、1人で遊んでも楽しめる多種多様なゲームモードにも夢中になりました。中でも私が熱をあげていたのが、「サクセスモード」です。

「サクセス」は、オリジナル選手を育成するモードなのですが、単に数値を設定するのではなく、作りこまれたストーリーの中で毎週の行動を選択し、練習を積んだり、ときには恋人とデートをしたり、プロ野球での活躍を目指す主人公になった気分を味わいながら選手を作ることができます。足は遅いがパワー抜群のホームランバッター、打撃はイマイチだけど守備は抜群の守備職人など、個性を持った選手を作ることができるため、この選手はこんな性格でこんな生い立ちがあるとか、毎回描かれるストーリーを超えた裏設定を考えたり、漫画やアニメのキャラクターが野球をやっていたらこんな感じの能力だろうかと想像しながら作ったり、本当に飽きることがありませんでした

20年前のセーブデータを開いてみると当時作った選手たちが…!
どうやら私は“ジャンプっ子”で『BLEACH』と『Mr.FULLSWING』が大好きだった様子…

当然、すべての能力が完璧(通称オールA)な最強選手を作ることを目指した時期もありました。しかしこの「サクセスモード」は、バランスが絶妙で、すべての能力が完璧な選手を作ることは半端なく難しいのです。約0.2%の確立で出現する初期能力が高い天才型の選手を引き、ストーリー中にランダムで出現する「ダイジョーブ博士」に出会ったうえで、成功確率の低い禁断の強化手術を成功させなければその実現はほぼ不可能。ただひたすらに天才型の選手が現れるまでリセットをしたり、やっとの思いで現れた天才が博士の手術が失敗し散っていったり、それどころか博士と出会うこともできず並みの選手で終わっていくことを繰り返し、絶望したことも数え切れません。

しかし、そんな「最強の選手を生み出したい」と取りつかれた心に、ふと選手たちの友情ストーリーがしみます。足が遅いけど力はある、力はないけど足は速い、それぞれの特徴を持った選手たちがお互いを補い合い、戦っていくのがチーム。すべての能力が秀でた選手なんていなくとも、何か1つ光るものがあれば活躍できるのだと。私はオールAの選手を作ることはできませんでした。しかし、何か人として大切なことを学んだ気がしました。

“熱狂へ至る道のり”の第一歩

というわけで「ゲームゲノム」を制作するうえで…“ゲノム”を見つけたいと思う作品が『パワプロ』だと決めるのに迷いはありませんでした。一方で、制作者のメッセージが色濃く盛り込まれたRPGなどと違い、野球ゲームである本シリーズの“ゲノム”———つまり「『パワプロ』が私たちプレイヤーにもたらしてくれた大切な感情やそのための工夫の数々」を見つけることには、とても苦労しました。
 
なにせ本シリーズには前述したように多様な遊び方があります。友達と対戦してもよし、「サクセスモード」で思い思いの選手を育ててもよし、「ペナントモード」でチームを運営して楽しむもよし。野球ゲームでありながら育成ゲームでも、シミュレーションゲームでもある。この懐の深さが魅力でもありますが、遊び方が固定されていないゆえにどこに収れんするか、頭を抱えました。要するに、何が『パワプロ』を『パワプロ』たらしめているのか、ということです。

そんな折、日々楽しみにしている報道番組のスポーツコーナーを眺めていると、アナウンサーから毎度お決まりの“あのフレーズ”が聞こえてきました。
 
“あつもり―”
 
「いやー、今日の試合も熱かった!やっぱ野球は熱いよなー!」と感慨にふけっているとき、自分の中の点が線へとなっていくのを感じました。そう、野球は熱い。そして『パワプロ』も熱い。「対戦」で逆転の一打を放った瞬間、「サクセス」でダイジョーブ博士の手術が成功した瞬間、「ペナント」で苦節10年ついに優勝した瞬間———どのモードも遊び方は違えど心をアツく、熱狂させてくれる。それぞれに一気通貫するこの“熱狂”こそ、私が本シリーズに長年ひきつけられていた核の部分だとに落ちたのです。この熱狂を生み出す仕掛けに学びや哲学があるのではないか———そう思い、企画を練り始めました。
 
ただ、“熱狂”という概念を思い立ったはいいものの、ふと冷静になると《熱狂できるゲーム》は他にもごまんとあるのも事実。『パワプロ』シリーズにしかない“熱狂”のプレイ体験…“ゲノム”とは一体なんなのか—。再び、禅問答の時間が始まりました。ここでも自分の「やっぱ野球は熱いよなー!」という原点に立ち返ってみることにしました。野球って本当に面白いですよね。肉体の戦いであり、またメンタルの戦いでもある。1試合1試合、1球1球の行方にハラハラ・ドキドキします。でも、それだけじゃない。人それぞれに応援する球団、選手があり、今日の試合、明日の試合、今シーズン、来シーズンと長年かけて応援し続ける。その時間の中で生まれたさまざまなドラマや思いが1球、一瞬をより熱くしてくれます。そう、野球の熱には《ストーリー》があるのです。ケガから復帰した大エース。スランプと向き合う甲子園のスター。育成契約からい上がった苦労人…。先の見えない中での努力や葛藤。それを知り、積みあがっていくほど一球一打がより熱く感じられる。『パワプロ』はこの野球が持つ《ストーリーある熱狂》を長年私に届けてくれていたのではないか。アマチュアからプロを目指すサクセス、プロ入りしてから日本一を目指し引退まで戦うペナント。対戦での勝負の一瞬だけでなく、長い野球人生を体感できる唯一無二のゲーム、それが『パワプロ』なのだと考えるに至りました。こうして掲げた今回のテーマが“熱狂へ至る道のり”です。点が線になり、線が形を成していく—いよいよ本シリーズの“ゲノム”に迫る長い道のりに大きな一歩を踏み出しました。

『パワプロ』=ドキュメンタリー?

結果的に番組では4つのキーワードで本作の“ゲノム”をひも解きました。
①2等身に宿した“心”
② 一瞬の勝負輝かせる“個性”
③成功(サクセス)の鍵握る“泥臭さ”
④想像が生む唯一無二の感動

詳しい内容は、ぜひNHKプラスでご覧いただきたいのですが、本作の特徴である各ゲームモードで野球人生のさまざまなフェーズが体験できる、とシンプルにご紹介するといった内容にはしませんでした。パワプロが長い野球人生を感じさせ、一瞬を心震わす熱いものにしてくれるのはもちろんですが、それ以上に重要な要素の存在を感じていたからです。

それは、“人間”の描き方です。

本作は、通称・パワプロくんという2等身のキャラクターをベースにすべての選手が表現されています。今でこそ“ひげ”や“輪郭”など見た目も少しずつ差異化されていますが、昔はどんな選手も同じ見た目で、今の3Dゲームのようなリアルな野球選手とはかけ離れたビジュアルでした。しかし、それでも私はこのパワプロくんを“人間”と感じることができたからこそ、心を寄せられたように思うのです。そこにこそ「熱狂へ至る道のり」を感じることができる第一歩があるように感じました。
 
一体なぜパワプロくんに“人間”らしさを感じることができるのか。この謎を解き明かすべく、さまざまな資料を調べ、制作陣の皆様へ取材をし、1994年から30年に渡るシリーズを改めてプレイしました。そうして見えてきたのは、“『パワプロ』の熱狂の生み出し方”と私たちテレビディレクターが制作している“ドキュメンタリー番組”との共通点です。
 
NHKでは、若手時代は地方局に赴任し、ドキュメンタリー制作を試行錯誤しながら学んでいきます。その第一歩として学んでいくのが人の生きざまを描くヒューマンドキュメンタリーです。私も例にもれず、いくつかの番組を制作させていただきました。しかし、限られた番組尺の中で1人の人間の断片を切り取り、その生きざまを伝えることは本当に難しく、正直苦い思い出ばかりです。

ですが、その中で先輩や編集マン、カメラマンの皆さんから人を描くために大切なことをたくさん教えてもらいました。この視聴者の皆さんに”人の魅力をお伝えするためのカギ”と『パワプロ』開発陣の“熱狂へ至る道のりをプレイヤーに感じさせる仕掛け”に重なる部分があったのです。

一、 人となりは細部に宿る
ドキュメンタリーでまず大切だと教わったのは、撮影対象の“人柄”がわかることです。せっかちだったり、のんびり屋さんだったり、クールだったり、熱かったり、主人公がどんな人かわからないことには心が寄せられません。しかし、新人だった私がただ漫然と撮影してきた映像は、作業している様子や工程こそわかるものの、その人がどんな人かは全く伝わってきませんでした。これでは作業の説明にこそなれ、ドキュメントにはなりません。なかなかどうしたものかと頭を抱えているとき、ある先輩がぼそっと言いました。「神は細部に宿る」—。
 
例えば、野球で想像してみましょう。試合前にこやかにインタビューに答える選手の震える“手”…、スタンドで応援するファンが逆転を信じ打席に向かうバッターを見つめる“眼差まなざし”…。人の真意や性格は、細部にこそ現れる———。そこをちゃんと撮るべし、という教えです。
 
『パワプロ』はどうでしょうか。
・きわどいコースをストライク判定された際に見せる不満げな表情
・打球を追いかけて動く野手の首
・2ストライクになるとちょっと小さくなるミートカーソル etc.
 
ほんの少しの目の動き、ほんの少しの首の動き、ほんの少しの能力の変化。まさに“細部”で選手の感情や性格、人となりを表現していたのです。

きわどいコースがストライクになるとバッターは審判の方を振り向く。
不満をにじませつつ、審判に反抗的と取られない程度の絶妙な表情がプレイヤーの心情を代弁してくれる。

プレイしているときに感じていたあの不思議なリアリティは、こんなにも細かい工夫が生み出していたのだと感動すると同時に、『パワプロ』制作陣の皆さんの“人への洞察の深さ”に驚きました。どの動きも自然と行われているもので“そらそうよ、おーん”と思うのですが、自然に行っている動きこそその意味に気付くことは難しく、見落としてしまいがちなものです。自然と受け入れている動きを因数分解して、狙いをもって表現する。それはまさに手れのドキュメンタリストそのもの。そうした小さなリアリティの積み重ねが、2頭身のキャラをただのアイコンで終わらせず、選手一人一人の個性を宿した“人間”として感じさせてくれる。だからこそ勝負が熱く、真剣なものになるのだと感じました。

新庄選手の敬遠球サヨナラヒットシーンの再現
キャッチャーが立つところもリアルでやってやった感が感じられる。

二、 今につながるクロノロを描け
「クロノロがないから、なんでこの人がこんなに頑張らなきゃいけないのかわからないんだよなー」。ドキュメンタリーを制作している新人ディレクターは大概、先輩やプロデューサーからそのようなことを言われ、「はぁ」と心ない返事をしつつ、「クロノロってなんやねん…」と思ったりします。
 
クロノロとは、「クロノロジー」という言葉の略で、時系列にそって出来事を整理した情報、ということだそうです。つまり、その人の辿たどってきた“歴史”みたいなものです。
 
「ポーン」という音とともにテロップがでる“あのドキュメンタリー番組”でもよく「〇〇さんには、忘れられない失敗があった」とか「〇〇さんがこの道に入ったのはある事故がきっかけだった」などとその人の過去が語られますが、こうした今に繋がる過去を伝えることで現在行っている行動の狙いや思いがハッキリし、心を寄せられるようになると言われています。
 
『パワプロ』はどうでしょうか。
そう、「サクセスモード」です。    
 
オリジナル選手を作成するという目的にとどまらず、プロ野球での活躍という明確な目標に至るまでの理不尽や苦難、またそれを乗り越えていく友情や恩師・恋人からの助けなどさまざまな経験がキャラクターの血肉となり、一投一打に込められていく。まさに理想的なクロノロが描かれています。

例えばストーリーでは、
・弱小校で仲間を集めないと試合ができない
・グラウンドが狭くてサッカー部とじゃんけんで取り合う
・社会人野球部では仕事のノルマを達成しないとクビになる
・試合で結果を残し、スポンサーを獲得しないといけない

社会人野球編・商品開発のノルマをこなせないとクビになる。
商品名も面白い。 一方仕事と野球の両立というリアルな課題も感じ、燃える!
※‘99開幕版パワフル物産編

など、毎回さまざまな苦難とそれを泥臭く一歩一歩乗り越えていく姿が描かれると同時に…

・能力が高くても監督から評価されないと試合に出られない
・突然の交通事故での大ケガ
・彼女ともマメにデートしないとフラれる

何の前触れもなくやってくる交通事故。今回の収録では2回連続遭遇…
大概良い選手が出来ているときほど事故にあう気がする。好事魔多し…。

といった、まさに現実社会のようなイベントが発生。このプレイヤーの日常さながらの手触りあるストーリーやイベントが共感をよび、オリジナル選手へ感情移入させてくれます。

さらにすごいのは、大枠のストーリーはありながらもイベントの数が半端なく多く(毎週ランダムに発生するうえ、付き合う恋人ごとにイベントが異なる)、それがさらにプレイヤーの選択と確率によって変化するので、何度選手を作っても、その選手だけの“道のり”を歩むことができるということです。

恋人候補のカレンちゃん。そのひたむきな姿に1周回って好きになる。
野球超人伝(レアな特殊能力がつくアイテム)をくれるから…と
よこしまな思いで付き合っていることに一抹の罪悪感を覚えたことも…。

生み出してきた選手たちを振り返ってみれば「こいつは博士の手術成功したんだよなー」とか「試験で猪狩ばっかり来て、1軍に上がるの苦労したんだよなー」とか一人一人の選手に思い出が宿っています。そんな生い立ちを知っている選手たちだからこそ、対戦やペナントで活躍した際の喜びはひとしお。まるで我が子の活躍を見ているように胸が熱くなります。こうしてプロ野球での活躍という夢を目指して、泥臭い、努力の日々を過ごした経験が、パワプロくんをただのキャラクターから1人の人間へと変えてくれるように思いました。

三、 皆まで説明するな!
こうして主人公の“人柄”、そして“辿ってきた道のり”が見えれば、ドキュメンタリーのクライマックスの瞬間はより熱いものとなります。しかし、ここに1つの落とし穴があるのです。それは“説明のしすぎ”です。

例えば、弱小校から長年チーム作りに励み、初めて甲子園の土を踏んだ監督を取材していたとしましょう。そこで監督は初戦で負けたものの笑顔で涙を流します。ここに「〇〇監督の目には熱い涙」「これまでの苦労が走馬灯のように駆け巡る」「試合には敗れたものの、選手たちの頑張りがうれしい、その思いが涙となってこぼれる—」なんて言ってしまったりもするのですが、それをわざわざ言うのは野暮やぼではないか、という教えです。
 
「泣いていることは見ればわかるし、どんなことを考えているかお前が決めるな!お前は超能力者なのか!」なんて怒られたりもしました。まさにその通りで、監督の本当の思いはわかりませんし、きっと理由は1つではないでしょう。その余地を残し、視聴者の皆さんそれぞれに考え、想像し、感じてもらえる方が深く思いが伝わるのではないか、というようにも思いました。
 
『パワプロ』はどうでしょうか。
そう、「ペナントモード」や「栄冠ナイン」です。
 
『パワプロ』のシミュレーションモードを担うこの2つでは、選手の能力値の変化や試合での成績こそわかるものの、選手の気持ちや考えなどはほぼ語られることはありません。

例えばペナントモード。プロ野球球団を運営し、日本一を目指すこのモードは、年間143試合を戦い、それを何年も繰り返し、ドラフトや育成でチームを育てていきます。その間にゲームから提供される情報は、選手の試合での成績、ケガ、能力の変化といった程度のもので、サクセスモードのようにストーリーもなければ、会話といったこともありません。

しかし、どうでしょうか。10年、20年と続けていると自分がドラフトで獲得した選手が、プロの世界に入り、そしてそれぞれの成績を積み重ね、引退していく様子がデータから見て取れます。

例えばドラフト2位で入団した栗木選手。157キロの剛速球を武器に入団したが、40歳を迎えた今では球速も141キロまでダウン…。2034、2035年と最優秀中継ぎのタイトルを取ったが、今年はついに登板も0となってしまったようです。

与えられるのは、こうした能力の変化や成績といったデータのみです。しかし、このデータを見るだけで「自慢の球速が衰えていった心境はいかほどだろうか。今年は登板もなく、きっと体も限界を迎え、そろそろ引退を考えているかもしれない。家族にはどう伝えるのだろうか。ただ、栗木はやりきった。温かく褒めたたえてほしい…」———そんな想像が巡るのです。
 
栄冠ナインについても、本編でご紹介した通りです。※ぜひNHKプラスで加藤くんに託した想像をご覧ください!
 
ゲームから与えられるストーリーがないからこそ、プレイヤーが自由に想像できる。そこに正解も不正解もなく、それぞれの感動や教訓を受け取ることできる。それはまさに作り手の思いだけに縛られない、視聴者とともに完成していくドキュメントの理想像を見た気がしました。※個人の考えです。
 
大変長くなってしまいましたが、以上のような3つの視点からドキュメンタリーと『パワプロ』の熱の生み出し方の共通点を感じていました。人間を深く描き、その魅力や葛藤を伝えようとするドキュメンタリーのカギが、『パワプロ』でも同じように行われていたように感じたのです。野球をする人を真摯しんしに見つめ、それを表現しようと積み重ね、その人生まで描きだす。そこにこそ『パワプロ』が多くのプレイヤーの心を熱くするカギがあるのだと感じました。
 
プロでの“成功(サクセス)”を目指すアマチュア時代の泥臭い努力の日々、プロに入ってからの手に汗握る“対戦”、現役生活を賭けチーム一丸となり日本一を目指す“ペナント”レース、そして指導者となり後進の育成を担って“栄冠”を目指す…。
 
『パワプロ』は独立したそれぞれのゲームモードが集まった野球ゲームと見えていたが、実は野球を舞台に人生を描くゲームだったのではないか、それが今回私の感じた『パワプロ』の“ゲームゲノム”です。
 
そうは言っても少し勝手な思い込みも入っているのではないか、と心配にもなりました。…が、ゲストの水川かたまりさんに取材させていただいた際の言葉にも背中を押されました。
 
「キングオブコント優勝までを“サクセス(モード)”だと思っていて、そこから先を“マイライフ(モード)”だと思って今もやっている。良いことはもちろん、悪いことも全部がポイントになって、経験になって輝かしい瞬間に繋がっているってことを『パワプロ』は教えてくれた気がします」

『パワプロ』は、これが大事だ!これがテーマだと訴えてくるようなゲームではないかもしれません。シンプルに野球の面白さ、醍醐味を体感できるすばらしいゲームです。ですが、それでも一人一人がそれぞれの大切な“ゲノム”を受け取れる。そこにテレビゲームの文化としての懐の深さも感じました。
 
最後になりましたが、今回の番組には本当にたくさんの方にご協力いただきました。開発チームの皆様、映像・音声を提供してくださった各球団、メディアの方々、そして川上憲伸さん、本当にありがとうございました。
 
特に川上さんは名ピッチャーでありながら、『パワプロ』の大ファンで、本当に楽しいインタビューでした。余談ですが、川上さんのことは現役時代から大好きでした。それは“自費キャンプ”の記事を見たことがきっかけです。川上さんは、11勝となかなかの成績をあげたにも関わらず、年俸が減額になったことに納得がいかず、球団と契約せず春のキャンプを自費負担で参加しているという内容でした。当時高校生だった私は、そこにプロ野球選手の矜持きょうじを感じ、一気に好きになってしまいました。己の技術と肉体1つで結果を出し、翌年どうなるかわからない中で、1年1年勝負をかける。それに見合った対価を求め、球団と向き合う。なかなかできることではありません。それも結果を出しているからこそであり、そんな生きざまに憧れたものです。
※しかもその年、17勝を挙げ、しっかりとその価値を証明したことにもしびれました。
 
川上さんの現役生活が、『パワプロ』に支えられていた一面があったとは…!今回放送に入りきらなかった貴重なトークを番組公式Xで公開しております。ぜひご覧いただけますと幸いです。

「熱狂へ至る道のり~パワフルプロ野球~」は、2024年2月21日23時28分まで「NHKプラス」で見逃し配信しております。2BRO.さんの副音声実況もお聞きいただけますので、主音声をご覧になられた方もぜひ2周目をお楽しみいただければと思います。
 
ここまでお読みいただきありがとうございました。引き続き「ゲームゲノム」をよろしくお願い致します。

ディレクター 島田嶺央

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