ドラマ10「大奥」撮影部がこだわった3つのポイント
こんにちは。「大奥」綱吉編はいかがでしたでしょうか?
撮影を担当しています小野慎一郎です。
これまでに私は、大河ドラマ「おんな城主直虎」、連続テレビ小説「半分、青い。」「なつぞら」「おちょやん」など多数ドラマで経験を積んできました。
そして、連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」夜ドラ「あなたのブツが、ここに」では撮影チーフを担当し、現在大奥でも撮影チーフを担当しております。
「撮影チーフ」とは、映像を通して作品全体の世界観を創り出し、より魅力的なドラマに仕上げるため、現場を引っぱるリーダー的な存在です。
今回、「大奥」で私たち撮影部が大事にしているテーマは3つです。
①時代劇ならではの日本家屋の様式美を魅せる
②将軍の魅力を最大限に引き出す
③漫画原作の物語を魅力的な映像に落とし込む
私が担当した7話を例にお伝えしたいと思います。
時代劇ならではの日本家屋の様式美を魅せる
大奥は、その名の通りほとんどが「大奥」=室内でのシーンです。
そんな大奥のセットを美術部が美しく建ててくれています。
この日本家屋をどうやって美しく撮るかがいちばんの課題でした。
私がこだわったのは、「日本家屋に見られる無数の縦と横の線をまっすぐ見せる」ことです。
柱や、畳や障子のような建具…日本家屋ならではの“規則正しい”様式美。
実はこれをきちんと見せるのはとても難しいんです。
その理由は、レンズです。
レンズには、広い範囲を写せる「広角」レンズ・見た目のままに写せる「標準」レンズ・遠くのものを写せる「望遠」レンズがあります。
(最近のスマートフォンにはレンズが3つくらいついているので、皆さんにも馴染みが深くなっていると思います)
本来は狭い部屋の中でも広く写すことのできる広角レンズを使用したくなるところ…ですが、一方で、人の目でも見きれないくらいに広く写していますので無理が生じ、映像にしたときに柱などが歪んで見えてしまうことがあるんです。
例えば、こちら、「御鈴廊下」。
超広角レンズで撮影しました。柱や天井の格子が樽状に少し歪んでみえませんか?
このため、私たちはできるだけ広角レンズの使用は避け、カメラ自体を被写体から離すことによって、できる限り標準レンズ・望遠レンズを用いています。
ちなみにこちらは御鈴廊下のシーンとは違うセットですが、被写体とカメラの距離感はこのくらいです。
壁ギリギリに位置し広角レンズで撮るのではなく、セットの壁を外して距離を撮り標準レンズで撮影しています。
このように、画が歪まないことを意識してレンズを選択していること、おわかりいただけましたでしょうか?
ただ一方で、レンズの選び方を左右する要素はそれだけではありません。
たとえば広角レンズで近づいて撮ると被写体に寄り添っているように、望遠レンズで離れて撮ると被写体を遠くから見守っているように感じます。
このようにカメラを構える位置やレンズの選択による心象表現の違いもあるので、とても奥の深いものなのです。
(詳しくは、土曜ドラマ「探偵ロマンス」で撮影チーフを務め、私の先輩でもある大和谷カメラマンがnoteを書いています。ぜひ読んでみてください)
将軍の魅力を最大限に引き出す
大奥で特に際立たせたい被写体は、もちろん3人の将軍です。
大奥という鳥かごの中で孤独な為政者であるその存在を強調するために、周りから浮き立ったような画作りをしたいと思いました。
将軍を際立たせるために撮影部が工夫していることがあります。
それは「被写界深度を浅くすること」です。
「被写界深度」とはピントの合っている範囲のことで、この「被写界深度」浅ければ浅いほど背景がボケていきます。
すると被写体が際立ってくるんです。
「被写界深度」を決める要素は3つあります。
・レンズの明るさ(絞り値・F値)…小さいほど浅くなります
・レンズの焦点距離(これは前で話した広角や望遠です)…長いほど浅くなります
・被写体との距離…近いほど浅くなります
「大奥」では重要なカットには絞り値の小さくできるレンズ(明るいレンズ)が用いられています。
左写真の方が背景がボケ、三脚が際立って見えると思います。
この絞り値など被写界深度を操作し心地よいボケ感にしていくことも私の大事な仕事です。
特に被写界深度を浅くすると、役者さんの動きに合わせてピントを合わせる操作をするのですがピントが合う範囲が狭くなるので役者さんの動きに合わせることがとてもシビアになってきます。
そのため、このピントの操作を行う専門の「フォーカスマン」とカメラを操作する「カメラマン」とが息を合わせて撮影しております。
ピント操作は一番難しい仕事じゃないかと思うくらい神経を使って作業していただいています。フォーカスマンは、ベテランになると目視でカメラと被写体との距離を合わせるほどのテクニシャン。ドラマや映画の撮影現場には欠かせないプロフェッショナルです。
被写界深度を浅くして将軍を際立たせて撮るときは「フォーカスマンごめんなさい!」と思いながらも、的確にフォーカスを合わせてくださるので非常に助かっています。
漫画原作の物語をどうやって映像に落とし込んでいくか
漫画も映像も視覚的に表現するという点では同じかと思います。
今回「大奥」を担当するにあたって原作も読みました。綱吉編を読んでいて一番印象に残っているシーンがありました。
それが綱吉から打ち掛けがするりと落ちるシーンです。
7話の演出担当者からも最初に
「打ち掛けを脱ぐ瞬間(将軍から“ひとりの女性”になる綱吉)をきれいに描きたい」
「“鎧”(呪縛)を解き放つ瞬間を印象的に美しく大事に!!」
というオーダーがありました。
どうやって撮ろうかなーとワクワクしていました。
第一に、原作をリスペクトしつつ忠実に再現することが大切だと思っていたのですが、縦長の漫画と横長のテレビでは、画角が異なります。
さらに、現場の部屋は狭く、思いどおりにはいきませんでした。
そこで思いついたのが、あのアングルです。
打ち掛けをキレイに脱ぐさまがキレイに見え、明るい先に綱吉が突き進む風情を切り撮ろうと思い選択しました。
そして、もうひとつのアイデアがハイスピードカメラです。
ハイスピードカメラは、一瞬のできごとをスローモーションで撮影することができる優れものです。スポーツ中継などで選手の一瞬の表情をスローで見せてくれることがあると思いますが、あれです。
漫画は静止画なので、瞬間を切り取って印象づけやすいメディアです。
一方、テレビは、動画なので時間は一定で進んでいきます。
そんなテレビで印象的なカットを作るには進む時間をゆっくりに=ハイスピードカメラでみせることが効果的なのではないかと思ったのです。
武術の達人の動きがスローモーションにみえるとも言いますが、特別な瞬間に立ち会ったときになんだかスローモーションに感じたなど、もしかしたら皆さんも経験があるかもしれません。
このシーンのあの瞬間のイメージはまさにそれで、ハイスピード撮影で綱吉にとっての“特別な瞬間”をみせようと決めました。
最後に…
私たち撮影部は「ドラマ収録現場というリレー」のアンカーです。
最初に演出がドラマをどうみせていくのか旗を振って進むべき道を示します。
そこに美術部がセットを建て、照明部がシーンごとに光で現場の空気感を作り上げます。
美術部・照明部が作り上げた空間で役者の方々が芝居をしてくださり、やっとここで撮影部が登場し「カメラを使って芝居を切り撮って」いきます。
その後、我々撮影部が撮った映像というバトンが編集され、映像加工・調整、音の仕上げ作業が行われて、ようやく皆さんに番組が届きます。
このように、スペシャリストたちの技を生かすも殺すも撮影部にかかっていると言っても過言ではなく、責任重大なお仕事なのです。
来週からは吉宗編に戻ります。
みなさまどうぞよろしくお願いいたします。
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