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マミートラックに一度は絶望した私が海外特派員の夢を叶えて気づいたこと

NHKのベルリン支局長としてドイツに赴任して3年目。夫と5歳の娘と一緒に暮らしながら日々、働いています。
  
…と言うとバリキャリワーママのキラキラ特派員ライフを想像するかもしれませんが、そんなことはありません。子どもとの時間を生み出そうと毎日必死でありつつ、意外に淡々と仕事をしています。

こうしてドイツで働くことは学生時代からの夢でした。

けれど、何度もくじけて絶望し、正直、諦めていました。

支局“長”とは名ばかり 取材も会計もやります!

まず、NHKの海外特派員とはどんな仕事か、少しお話したいと思います

NHKは海外の29か所に取材の拠点を置き、81人の特派員が世界の出来事や課題、最新情勢を正確、速やかに、わかりやすく視聴者に伝えるべく取材活動を続けています。

私のいるヨーロッパの場合、パリに主軸となる「総局」が置かれ、ロシアや中東・アフリカまで束ねています。
総局より規模が小さいのが「支局」で、ロンドンやブリュッセルなど各地に置かれています。
派遣されている特派員の人数は総支局により異なり、ベルリン支局の場合は1人だけです。
このため、「1人支局」と呼ばれています。(リサーチや撮影を行ってくれる現地スタッフは、私のほかに3人います)

「1人支局」のため、肩書きは”支局長”です。取材のほか、会計業務やスタッフの契約なども行います。
アジアの顔立ちはこちらではだいぶ若く見えることもあって、スタッフと一緒に取材に行くと、手伝いの学生に間違われることもありますが、めげずにやっています。

画像 ベルリン支局メンバー

左上:筆者(ベルリン支局長)
右上:馬場鉄也(カメラマン)
左下:アンケ・シュレーダー(リサーチャー)
右下:イボ・トゥーヘル(リサーチャー)

担当するのはドイツだけではありません。ベルリンを拠点にポーランドやチェコなどの中東欧諸国もカバー。そのエリア外でも大きなニュースがあれば現場に駆けつけます。

赴任から2週間後には、日韓の対立が浮き彫りになったWTO=世界貿易機関の一般理事会の取材応援でスイス・ジュネーブに向かい、その後ベルリンにいったん戻ったあと、今度はポーランドに入って若者の所得税をゼロにするという政策について企画リポートを制作。

その間、住宅の契約や保育園探しなど生活の基盤を整えつつ、初めての会計業務も行う必要があり、慌ただしい日々を送っていました。

ロックダウンで一変した仕事と暮らし

こうして各地を飛び回って取材することが当たり前ではなくなるのは、赴任から7か月後のことでした。
新型コロナウイルスの感染が拡大し、度重なるロックダウンに見舞われることになったのです。

自宅から10分ほど歩いたところに、ベルリンの壁があります。2019年11月には壁崩壊から30年の節目を迎え、各国メディアが取材に訪れ、大勢の観光客でにぎわっていました。

番組画像 国際報道201911

しかし、そんな街の風景は一変。
入国は規制され、レストランも小売店も学校も閉鎖され、壁の周りもジョギングをしたり、犬と散歩したりする人の姿がまばらに見られるばかりになりました。スーパーや薬局などをのぞいて買い物もろくにできず、美容室にも行けない…。

そんな厳しい状況にある人々に寄り添い、科学を重視する姿勢を貫いてきたのがメルケル首相です。
ベルリン市民に聞くと、「首相は自分たちのことを真剣に考えてくれている」といった声が多く聞かれ、厚い信頼が寄せられているのを感じます。

▼メルケル首相のレモン搾り器▼
恐れ多くも頭の部分でレモンを搾ります。
首相グッズは横顔をかたどったクッキー型など、ほかにもいろいろ…

画像 レモン絞り器


なかなか直接取材に行けなくなったため、特派員の仕事にも不自由がありました。

お気づきの方もいらっしゃるとは思いますが、コロナ禍で自宅から中継する特派員が増えました。
実はこれ、私はやったことがありません、というより、できませんでした。ドイツのネット環境はあまり良くなく、自宅のネット回線では補強しても中継に耐えられないためです。
このため、私はロックダウン中も中継やオンラインインタビューを行うときなど、必要なときは支局に行くこともありました。 

さらに、テレビの場合、インタビューさえあればいいというわけにはいきません。
例えば、医師が新型コロナにかかって自宅療養をしている患者さんとテレビ電話で問診している様子や、その患者さんが居間でお茶を飲みながら安静にしている様子…。普段であれば自分たちで撮影に行きますが、それができないため、医院のスタッフや患者さんの家族にスマホで撮影し、送ってもらうよう工夫しました。

さて、我が家には子どもがいます。保育園が閉鎖されている間は、1日中いました。
基本的に夫が面倒をみてくれていましたが、私の仕事部屋にひょっこり遊びにきて、一緒に遊ぼうと誘われるとなかなか仕事になりません。上司から電話がきたら、「シーッ!」と言い聞かせ抱っこしながら何事もないように電話をとったり、急いで原稿を書かなければならないときは「仕事だからあとで!」と厳しく言ってしまい、あとから「ごめんね」と謝ったり…。

子どもが家にいる環境での在宅勤務は試行錯誤で、子どもへの罪悪感にも繰り返し襲われました
そんな中、メルケル首相が子育て世帯に向けてねぎらいの言葉を発しつづけてくれたことには救われる思いがしたものです。

ことし4月に入ってからはワクチン接種のペースが加速し、感染者数は減少。ぐんぐん緩和が進んできました。ベルリンで飲食店が半年ぶりに再開し、久々に屋外で座って食事ができた時は、ぱーっと明るくなるような幸せを感じました。
ただ、夏の休暇を経てデルタ株がいっそう拡大する不安もあり、まだまだロックダウンから逃れられないのではないかとも思っています。

“なんとなく“から芽生えたドイツへの愛

ベルリンで働くことが長年の夢だったと先ほど書きましたが、ドイツとのつながりは大学時代にさかのぼります。
第二外国語が必修だったため、なんとなくドイツ語を選んだのです(すみません!)。

ただ、ドイツ語の美しい響きに触れてすっかり虜になってしまったので、1年間、ミュンヘンの大学に学びにいきました。
ちょうどメルケル首相が初めて首相になるころで、大きな選挙ポスターで対面しました。

留学生活を終え「次くるときは仕事で来よう」と心に誓い、NHKに入局。新人時代は北海道で警察取材を担当し、東京・国際部ではドイツを中心にヨーロッパ、そしてジェンダーの課題について継続的に取材してきました。
(10年以上たって今度はメルケル首相の退任を見届けることになり、勝手に運命的な縁を感じています。)


▼国際部時代に取材した記事はこちら▼

今までみたいに働けない?モヤモヤが募る日々

ドイツ勤務の夢を追いながら記者を続けていた中、娘を妊娠しました。
望んだ上での妊娠で、幸せも感じていたのですが、産休に入る直前の正直な気持ちは「これでキャリアは終わったな…」でした。
子どもが生まれたら第一線には戻れないという予感がじわじわとあったのです。

その後、無事出産して復職。働く時間には大幅に制約が生まれました。
朝8時から夕方4時半までのフルタイム勤務ではあるものの、残業はゼロ。他の記者は急な事件事故にも柔軟に対応できるのに、時間が来たら帰らなければならないのはとても肩身が狭い思いで、かつてのように働けない自分が特派員になることはありえないだろうと絶望しました

「いつになったら普通の記者に戻れるの?」という悪意のない、むしろ気遣ってくれていたかもしれない周囲からの質問にも「自分は普通じゃないのだ」と傷ついたり、独身者は休みがとりづらいという声を耳にし、「私のせいでごめんなさい」と心の中で謝ったりする日々でした。

いつものように定時で職場を出たある日、夕食を食べて子どもをお風呂にいれている間、不意に涙がとまらなくなったこともありました。

そんな鬱々としていたころ、急にドイツに出張するチャンスが訪れました。復職して5か月、私を見かねたのか、上司が背中を押してくれたように感じました。

実家の両親、それに義理の母の助けも借りて、少し無理して2週間の出張に行ってきました。
テーマは2017年ドイツ連邦議会選挙。右派政党「ドイツのための選択肢」が躍進した選挙です。メルケル与党を支える若者たちや、右派政党の躍進に抗議する人たちのデモなどを久しぶりに直接取材しました。

目が回るほど忙しい毎日でしたが、取材できる喜びに改めて気づかされました。この出張を境に特派員になるという夢をすっぱりと諦めることができました。

代わりに、取材を通じてどんどん世の中に必要な情報を伝えていくことを目標にしようと、気持ちを切り替えることができました

どこにいてもやるべきことは同じ

自分にできる取材を続けようという姿勢で毎日、前向きに仕事に打ち込めるようになったころ、再びチャンスを貰って家族同伴でベルリン支局に来ることになりました。
事前に夫婦で話し合いを重ね、会社員の夫が休職するという大きな判断をしてくれました。家族の理解あってこその異動でした。

これほどドイツへの愛にあふれていれば、ベルリン支局で働く日々は、さぞかし生き生き充実したものだろうと思われるかもしれません。
しかし、日本で働いていたころとそれほど変わらず、意外に淡々と仕事をしているというのが実際のところです。

特派員というと華やかなイメージがどうしてもありますが、働く場所がどこであっても、現場に行って(コロナ禍で行きづらくなっていますが)、人に会って直接話をきくという取材の基本は同じだし、目の前のことを着実にこなしていくという意味でも大きな違いはないものだなと感じています。

そう思うのは、特派員になる夢を一度諦め、置かれた立場でできる取材をして伝えることが自分の仕事だと思うようになったからなのかもしれません。

ただ、もちろん、ベルリンに来たことで、家族や動物、それに自然を大切にするといったドイツの人々ならではの価値観に触れることができ、日常的に新鮮な驚きを感じています。これはかけがえのない経験です。

そうして得られた気づきもきっかけにしながら、日本の視聴者の皆さんにとって少しでも参考になるニュースを届けられるようこれからも取材を続けていきたいと思っています。

ベルリン支局 山口芳(やまぐち・かおり)
2008年に入局し、函館局・札幌局を経て東京・国際部でヨーロッパとジェンダー取材を担当。2019年からベルリン支局長。

画像 執筆者へのメッセージはこちら

ドイツってこんな国!

新型コロナウイルスの感染拡大により、外務省はドイツへの渡航中止勧告を出しています。ドイツ国内でも感染対策としてマスクの着用を義務化するなどさまざまな措置がとられており、常に最新の情報を確認してください。

▼人  口 : 8,319万人(2020年)
▼公 用 語   :ドイツ語
▼時  差 : 夏時間は日本−7時間、冬時間は日本−8時間
▼物  価 : バス、路面電車などは3€、500ml瓶ビールはスーパーで1€前後(1€は約130円。3月はじめ時点)
▼主  食 : パン。肉料理が有名ですが、ベジタリアン&ビーガンも多い

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