「テレビにもラジオにも出ないアナウンサー」というアナウンサーがいまして、最近こんなことを考えている、という話。
「中長期的には絶滅危惧種」(フジ・伊藤アナ)
「表に出ている制作者みたいな感じ」(日テレ・水卜アナ)
「世の中をよりよくしようと思ってる集団」(テレ東・松丸アナ)
アナウンサーとは何者なのか。
NHK・高瀬耕造、日テレ・水卜麻美、テレ朝・大下容子、TBS・安住紳一郎、テレ東・松丸友紀、フジ・伊藤利尋…6人のアナウンサーがNHKのスタジオに集結して徹底的に語り合った番組、「アナテレビ」の中で出てきた言葉です。(5月3日放送)
アナウンサーの仕事、みなさんイメージしやすいかもしれませんが、当のアナウンサーはというと…、実は「アナウンサーとは何者なのか」という問いに、なかなか答えが出せないんです。
「どんな答えが聞けるんだろう」とこの番組を企画・制作し、プロデューサーを務めたわたしも、何を隠そうアナウンサーです。
テレビに出ないアナウンサー
改めまして、こんばんは。アナウンサーの塚原泰介です。
1999年に入局しまして、「あさイチ」や「おはよう日本」のリポーターを担当したほか、ニュースや中継、緊急報道、そして、若いころはスポーツ中継の現場にも行きましたし、「紅白歌合戦」のラジオ担当アナのサポートもしました。経験してない業務は国会中継くらいでしょうか…まあ、とにかくいろいろやってきました。
いろいろやってきた結果、この4年間はテレビにもラジオにもほとんど出ておりません。
「アナウンサーってテレビやラジオで、原稿を読んだり、司会したりする人でしょ?」と思う人は多いかもしれません。それ以外には、中継リポートをしたり、スポーツ実況をしたり…といったところでしょうか。
ただ、その中に、番組を制作する、という仕事もあるんです。
実は、NHKアナウンス室には、番組を制作する部署があり、そこで「インタビュー ここから」などの番組を制作しています。
アナウンサーだけど、ディレクターだったりプロデューサーだったりというアナウンサーが何人かいます。私もその一人。
入局して25年目、気が付けば、その4分の1くらいはそんな業務をやってきました。いまは自己紹介では「アナウンス室にいますが、業務は制作でして。はい。テレビとかラジオですか?えーっと、出てないです」みたいなことを言うわけです。
余談ですが、実家に顔を出せば「あれ、もうテレビ出ないの?」と言われます。「出ないこともないとは思うけど…」と返事はしています。
何が言いたいかというと、アナウンサーの仕事は多様だ、ということ。
担当するジャンルが違えば仕事の内容は大きく変わりますし、例えば、同じ情報番組のアナウンサーでも、キャスターを務めるアナウンサーと、リポーターを務めるアナウンサーでも大きく役割は異なります。
キャスターは、場を俯瞰して見る一方で、リアクションをすることもあります。
一方、リポーターは取材して調べたことをプレゼンテーションする、時にはその場を仕切ることもあります。
仕事の内容も、役割も、大きく変わります。でも、実は、どんな業務にも通底する何かがあるということは肌で感じていたりします。
はい。アナウンサーの仕事って何なのか、私の説明する力の問題を横に置いておいたとしても、よくわからなくなりませんか?
アナウンサー自身が一度立ち止まって「いったい何をする人なんだろうか?」と考えても、すぐに答えが出せるわけではなく、多くのアナウンサーが「うーーーーーーーーーーーーーん」と長考に入ってしまうのです。
「アナウンサーっていったい何者なのか」
「アナテレビ」という番組を貫くテーマとなったこの疑問は、実は、このところ、折に触れ考えていたことでした。
1925年にラジオ放送が始まって、もうすぐ100年。放送の歴史を振り返ることが多くなるタイミングです。
放送の歴史を振り返ると、ずーっと最前線に立っていたのが、アナウンサーです。
じゃあ、アナウンサーが何をしてきたのか振り返って、放送の歴史を紐解いていく番組を作れるんじゃないかと提案を書いて実現できたのがラジオ第2の「アナウンサー百年百話」(毎週水曜午後10時)でした。
この番組を立ち上げつつ、並行して、アナウンサーの100年の歴史をまとめられないか、とうっすらと夢見ていました。
そのとき浮かび上がったのが、「アナウンサーとはいったい何者なのか」という疑問です。
取材もするし、ニュースを伝える、けれども、ジャーナリストと言うのはおこがましい…?歌手、俳優、芸人…キラキラした人たちと同じ場にいて、しゃべって、笑って、何かにリアクションをするけれども、でも、いわゆるタレントではない。じゃあ、いったいなんなんだろうか…。
アナウンサーのイメージはわかりやすいかもしれません。でも、ちょっと掘ろうとすると、途端にあいまいになっていくのです。
じゃあ、それについてアナウンサーが語り合ったらどうなる?
実は今年はテレビがはじまって70年の節目の年。「テレビ70年」の局内の企画募集に手を挙げたのが「アナテレビ」のもとになりました。
その企画書にはこう書きました。
改めて文章を見ると、なんだかむずむずしますね。
ただ、「一世一代の大勝負だ」とばかりに、「振りかぶりすぎて背中から倒れたっていいんだもん」くらいのつもりで大きく振りかぶって球を投げてみた、という感覚はありました。
関係するみなさんに様々な調整をしていただいて、日本を代表するアナウンサーのみなさんに出演していただく状況が整いました。
このメンバーが揃ったことで、「これはもう、スタジオのトークだけでとことんアナウンサーについて掘り下げる番組にすればいい」という方向性が明確になりました。
そして、収録開始。
すると、なんということでしょう。
きわどいところを切りこんでいく安住アナに対し、たじろぎながらも正直な心情を吐露する高瀬アナ。
松丸アナが積極的に質問を投げかけて起点になり、大下アナは引いたポジションから絶妙なボールをトークの場に返して引き締める。
伊藤アナがときにお茶目にまぜっかえしたと思えば、水卜アナは笑顔とともに仕事への誠実な姿勢を見せる…
連携、共鳴という抽象的な概念が、目の前で具現化されていくではありませんか。
全員が全員面識があったわけではなく、「はじめまして」とあいさつをする関係の人もいたんです。
なのに、いざ収録が始まると、誰か一人が前に出すぎることもなく、しかし、誰もが際立つように、スムーズに会話が回っていきます。
何かに例えたいんですが、どんな例えも陳腐になるような展開が繰り広げられていきました。
安住アナが「朝の番組を担当することになったときに、実は、日テレ水卜アナからメールでエールを送られていた」と明らかにすると、伊藤アナは「古舘アナがF1実況の際に、使いたいフレーズを書き出していたという伝説を聞いた」と語り、さらには、「好きな歌手の名前を言うのにも葛藤があった」と水卜アナが内面を吐露、そして、大下アナは「超高級ワインを紹介する際に、残しちゃいけないと飲んだら、照明にも照らされて、ろれつが…」と失敗談を語り、私自身もさまざまな番組を見ながら、「テレビの中の人」だなぁ、と思っていたアナウンサーのみなさんの知られざる一面がどんどんと出てきます。
そして、トークは核心へ。
アナウンサーとはいったい何者か。
この問いに、第一線で活躍するアナウンサーのみなさんが真摯に向き合って、それぞれのアナウンサー像を語ってくださいました。
その答えは、どれも、自分の仕事に真摯に向き合い、未来を模索している中で導き出されたものだと思いました。
「中長期的には絶滅危惧種」と語った伊藤アナ。
ここだけ聞くと衝撃的に思われるかもしれませんが、こう感じているアナウンサーは多いのではないか、というのが、いちアナウンサーとして聞いたときの肌感覚でした。
さらに、松丸アナが語った「世の中をよりよくしようと思ってる集団」という言葉。
アナウンサーという存在の定義は、放送で伝える仕事、ことばで伝える、というようなことになりがちですが、向き合うべきは社会であり、かつ、アナウンサー個人ではなく、集団として力を発揮する、という定義が示されました。
アナウンサーとは何者か、という問いが、何のために存在するのか、というさらに深いところにたどり着いた瞬間だったと思います。
そして、何よりうれしく、心強かったのは、スタジオに集まった皆さんが、「放送局の一員として、番組の質を上げるにはどうすればいいのか、テレビやラジオの前にいる人のために何をすればいいのか」ということを常に考え続けているということを確認できたことでした。
局は違えども、同じアナウンサーとして仕事をしているみなさんに共通していたのは、「放送局員としての矜持」だったと思います。
いちばん心に残った言葉
アナウンサーであり、プロデューサーでもある、という自分がいちばん胸打たれ、若い後輩たちに伝えたい、と思った言葉があります。
それは「表に出ている制作者みたいな感じ」という水卜アナの言葉です。
実は、アナウンサーは、カメラで映す側にいる唯一の制作者、と言ってもいい存在です。
どうしても「出る仕事」ばかりが注目されがちですが、そこだけではない、足腰というか体幹のような部分が、制作者・取材者としてのマインドだったりします。そのマインドがあるかないかが、実はアナウンサーの仕事を大きく左右します。
最近は若手向けの研修を担当することも多いのですが、若いアナウンサーに高めてほしいのは、まさに、この「制作者・取材者としての力」なんです。
「表に出ている制作者」そのスタンスがなければ、アナウンサーとしての責任を果たせない、そう伝えていきたいと改めて思いました 。
アナウンサーにとって、まじめに正面切って自分たちのことを話すのなんて照れくさいことかもしれません。
ましてや、それをカメラの前で話してください、とお願いしたわけです。今回。
出演した6人のアナウンサーには、本当に難しいテーマに向き合っていただきました。ですが、収録を終えたみなさん、どこかすっきりしたような顔をしていました。
放送というメディアを取り巻く環境が大きく変わり、若いアナウンサーの離職が続々と報じられるいま、もしかしたら、アナウンサーについて話すちょうどよいタイミングだったのかもしれません。
収録を終えた高瀬アナは「アナウンサーそれぞれが抱えている問題意識に違いがないことが分かったのも大きな収穫」と話していました。
放送が始まってもうすぐ100年。アナウンサーの歴史も100年です。
その次の100年、アナウンサーがどうなっているのか。
アナウンサーの一人としては、より進化した存在になっていてほしいと思いますし、制作者の一人としては、この番組が、この先のアナウンサーの歩みの起点となればありがたいと思うんですが…
なんでしょう…かっこよくまとめようとしすぎていて、なんだか落ち着きません。
かっこよさげなまとめのコメントを言うのが苦手、というのも、実は「アナウンサーあるある」だったりします。
番組は2023年5月10日夜まで見逃し配信しております。ぜひご覧いただけますと幸いです。
▶▶見逃し配信はこちら◀◀
~制作の裏話のさらに裏の話~
第一線で活躍するアナウンサーが集まってトークする、という今回の番組。
放送の舞台裏やアナウンサーの知られざるテクニック、そんなことを楽しみにしていた方もいらっしゃるかもしれません。
そんな話を、いちアナウンサーとしてあげるとすると、フジの伊藤アナの「IPPONグランプリ」の実況は、「状況を整理して次の展開を予測させる」という実況のいちばん大事なところが見事に表れていて、すべてのコメントを書き起こしたいと思っています、ということだったりします。
ちなみに番組の中では、「優秀なアナウンサーとは?」という問いも投げかけられました。
それについて、TBS安住アナは「今回のテーマってものすごく難しいテーマをトライしていると思います」と反応。
その先に語られたことも、思わず膝を打つ内容になりました。そちらは見逃し配信でぜひ。