元も子もないハリウッド
【ロサンゼルス紀行#5】
この日は天気が良く、日差しがかなり強かった。持ってきたペットボトルの水を午前中のうちに飲み切ってしまったので、近くのセブンイレブンに向かった。すると、店の入り口の壁にホームレスの男性がもたれかかるように座っていた。
昨日、今日とロサンゼルスを歩いてみて、とにかくあちこちにホームレスがいて驚いた。日本とは出会う頻度が桁違いである。路地や駅だけでなく、ホテルのあるダウンタウンの綺麗なビルの前などにも座っている。ほとんどは黒人の男性で、見た目もそうだし、匂いもするのですぐにわかる。そういう人が道にいたら、とにかく関わらない、目をつけられないようにすることが大切と聞いていたので、なるべく見ないようにして足早に通り過ぎるよう心がけていた。この時も、店に入ろうとする我々にその人は何か言っていたが、聞こえないふりをして店に入った。我々の後に続いて店に入った若い男性にも、その人は何か言っていた。
水を買って外に出ると、若い男性も店から出てきた。そして、その人はホームレスにコーラを手渡した。さっき何か言っていたのは物乞いだったのだ。旅行者である我々はとにかく関わらないようにと言われているが、住人たちの間では度々このようなやりとりが行われているのだろうか。それともあの男性が稀有な存在なのだろうか。どうもどうも、という感じのジェスチャーをするホームレスと、いいんだよ的な返しをして颯爽と車で去っていく男性のやりとりは一見あたたかなものに思える。しかし、それを単純にほっこりした出来事として捉えるのは浅はかなのだろう。とはいえ、普通に働き普通に住む場所があって安全な日本で呑気に生きている私が、この瞬間を目撃したというそれだけで、何かをわかったような気になるのもそれはそれで傲慢に思える。いろいろ考えて一周回った結果、私は問いをすり替えた。ホームレスはコーラが欲しいとリクエストしたのだろうか。それとも、男性なりのチョイスでコーラを選んだのだろうか。この暑さの中で飲むコーラはおいしそうだ。
我々は再度バスに乗り、ハリウッドへと向かった。ハリウッド方面に向かうバスだからなのか、乗っている人の多くが観光客っぽく、車内は明るい雰囲気で安心感があった。
ロサンゼルスの観光といえばハリウッド、なわけだが、正直ぼんやりした気持ちでここに辿り着いてしまった。というのも、私は映画は好きな方だが、ハリウッド映画の熱心なファンというわけではない。有名作品や人気シリーズなど、あれもこれも観ていない。それを観ないでハリウッドに来たんか、と聞く人が聞けばキレるかもしれないレベルだ。せっかくハリウッドを観光できるというのに、実に勿体ないことではある。しかし、今更ジタバタしても仕方がない。『タイタニック』と『バック・トゥ・ザ・フューチャー』と『ラ・ラ・ランド』を胸に抱いて進むのみである。
ハリウッド・ブルーバードという通りがあり、ここがハリウッド観光におけるメインストリートらしい。ウォーク・オブ・フェイムと呼ばれる歩道に、エンタメ界で業績を残した人々の名前が刻まれた星が埋め込まれている。
最初こそ知っている名前を見つけてはその名を連呼して写真に収めていた我々だったが、炎天下の人混みにおいてその作業は次第に「知っている名前を見たら写真を撮らねばならない」という義務感に変わり、しかもこの星は反対車線にもあってこの先5.5kmも続いているらしく、そうなるともはやミッション:インポッシブル。完全にへばった我々は、「正直さ、床に有名人の名前が書いてあるだけじゃん」などと元も子もないことを言い、星探しから離脱した。
とにかく人通りが多く、道路側にはジュースやスイーツの出店なども並んでいて、まさに観光地という雰囲気であった。その割に道幅はそれほど広くなく、洗練というよりは賑やかで雑多な感じを受ける通りである。キャラクターのコスプレをしたエンターテイナーが「カワイイ〜! カワイイ〜!」とジャパニーズおべっかで近づいてきたが、彼らに気を許し写真を撮ったり、芸を見物したりするとチップを要求されるらしいと事前に勉強済みだったため、能面ヅラで思い切りシカトした。うまくかわせたはいいが、こんな楽しげな場所でチップをあげたくないばっかりにそんな態度をする自分が酷く小物に思えてくる。かわすにしてもウィンクのひとつでもできないものか。
映画スターの手形や足形があるチャイニーズ・シアターや、アカデミー賞の授賞式が行われるドルビー・シアターもこの通りにある。建物の外観を写真に撮ったり、無数にある手形足形の中からトム・ハンクスや、ハリー・ポッターとその仲間たちを見つけて写真に収めたりしたが、そこでも我々は「まあ写真撮って終わりだよね」「観光ってそういうもんだしね」などとまたもや元も子もないことを言い合う始末。
そんな中、大きなカメラで撮影している集団が前方から現れた。なんだろうと思いながらすれ違うと、知っている顔だ。なんと、ムロツヨシと小泉孝太郎である。どうやら日本のテレビの撮影らしい。東京に引っ越してからも芸能人などまるで出会ったことがなかったので、めちゃくちゃテンションが上がった。二人は足元の星を指差しながら盛り上がっている。そんな二人にスマホを向ける人がちらほらいて、踏み絵ならぬ撮りムロで日本人が炙り出される格好となっていた。一瞬、もう少しカメラについて行ってみようかとも思ったが、ただでさえハリウッドの観光客としての熱意が欠けているというのに、ここでムロツヨシと小泉孝太郎を追いかけ回してはますます道を踏み外すと判断しやめておいた。
※『小泉孝太郎&ムロツヨシ 自由気ままに2人旅』という番組だったらしい。
さて、ロサンゼルスといえばハリウッド・サインが有名である。何も知らない我々も、このハリウッド・サインだけは絶対見たいと楽しみにしてきた。しかしこのハリウッド・サイン、市街地からかなり離れた場所にあるらしい。ハリウッドからも見ることはできたのだが、望遠鏡で見た方がいい位には小さかった。あまりに極小なので逆に面白かった。もはやマメウッドだった。
一通りの有名なものを見物し終えた時、この見る人が見れば夢の世界なのであろうハリウッドを、知識不足と怠惰によりなあなあに観光してしまったことに対し、私は一抹の悔しさを覚えた。しかし、だからこそ、「ハリウッドに行った」という事実、これだけは確固たるものとして残したいと思った。ハリウッドというビッグネームを象徴する何かをこの手に持ち帰りたい。人はそれをお土産と呼ぶ。
自分へのお土産を探すため、通りで一番大きいショップに向かった。朝から歩き回って二人ともすでに疲労困憊であったが、お土産衝動に駆られた私に付き合って、夫も広い店内を一緒に探してくれた。ハリウッドで買った思い出に残る一品。できれば実用性のあるもの、もしくは、家に置いても違和感のないものがいい。しかし、これが探せど探せど見つからない。Tシャツ、靴下、マグカップ、文房具、写真立てなど、ありとあらゆる全ての商品に「Hollywood」の文字がでかでかとプリントされており、Hollywood感は申し分ないが、実用性に乏しかったり、デザインが気に入らなかったりと、なかなか「これだ」というものが見つからない。疲れもあって、決められない自分に苛ついてくる始末。すると夫が、ついに言った。
「そもそも、Hollywoodって書いてあるもので欲しいものなんてあるわけない。」
本日一の元も子もない発言が出た。薄ら感じてはいたものの決して口に出せなかったこの真理を、このHollywoodの文字に囲まれた四面楚歌の状態で言い放つ夫の勇敢さに感服すると共に、腹の底から笑いが込み上げた。それを言ったらお終いである。
一度口に出したら最後、商品ひとつ手に取るたびに二人で「いらねー!」と爆笑し、見るもの全てがツボに入って笑いが止まらなくなった。その流れは次第に「一番いらないもの探そう」という方向へと向かい、店内を爆笑しながら歩き回った末、最もいらないものは皿という結論に達した。我々はそれを皿と呼んだが、皿は皿でも食器ではなく、裏側に立てるための足のついた、ただ飾るためだけに作られた丸い盾のようなもので、その絵柄は絶妙にダサい上に表面がボコボコと雑な作りで、本当にいらなかった。あまりのいらなさに、我々は皿の前で崩れ落ちてしばらく笑い続けた。皿の対抗馬としてマグネットがあげられたが、マグネットにはまだ「貼る」という目的があるだけマシであり、やはり皿は一段上のいらなさを誇っていた。
いらないものを探す中で、「これだ」という商品もやっと見つけられた。カチンコを模したラゲッジタグ(旅行かばんにつける、紛失を防ぐネーム)である。裏に名前や電話番号が書けるようになっていて、実用性もあり、Hollywoodの文字も主張しすぎず、映画に関係するものをうまく取り入れたデザイン性もあって、まさに私が探していたものだと思った。しかし変に冴えわたっている夫が、「それハリウッドって書いてたらロストバゲージ招くんじゃないの」と発言し、笑いの沸点が低くなっている我々はそこでまた倒れそうになるくらい笑った。
それでも気に入ったのでそのラゲッジタグを買うことに決め、会計をしに行ったところ、レジの近くにカチンコそのものが売っているのを見つけてしまった。カチンコデザインのラゲッジタグを気に入った勢いでカチンコそのものへの好感度も高まっていた私はそれも無性に欲しくなった。夫は「それ実用性ないじゃん」とまた指摘したが、謎にカチンコに固執する私は、「温めて食べてねとか書くんだよ!」と言い張って買った。結構高かった。今は玄関に飾っている。
ハリウッドからバスでホテルに向かった。時間帯のせいか、路線によるのか、日中乗ったときよりもバスの治安が悪かった。例の変な匂い(たぶんマリファナ)は勿論、ヤバそうな人の乗車率が高い。例えば、スピーカーから爆音で音楽を鳴らす人や、一人でずっと何か喋っている人など。それにしても、スーツを着ている人が全く乗っていないことに驚かされる。普通に働いている人は車で通勤するのだろう。ヤバい人以外で乗っているのは、老人か、学生っぽい若者くらいである。
日本ではバスや電車での爆睡は日常茶飯事だが、ここでは寝るなど言語道断である。常に警戒していなければならない。しかし、眠い。当たり前に乗り物でぐっすり寝る人生をやってきたので、疲れている時にこの揺れは子守唄も同然である。夫が「俺起きてるから大丈夫だよ」と言ってくれたが、そうもいかない。私が寝ている間に何かあっては取り返しがつかない。睡魔と恐怖のせめぎ合い。しかし、結局うとうとしてしまって、どうにか無事バスを降りたときにはほっとした。
で、一安心してホテル向かう途中のこと。割と人通りのある道を歩いていると、建物の壁側で女性が誰かと話していたのだが、その女性がなぜか私を睨みながら近づいてきた。びっくりして早足に通り過ぎようとしたが、ちょっと追いかけてきたので焦った。少し走ったらついて来なくなったが、かなり怖かった。明らかに目つきがおかしかった。これが今回の旅行で一番危険な瞬間だったかもしれない。見た感じ普通っぽい若い女性だったので予想外だった。改めて気が抜けないと思った。
ホテルに戻って一休みした後、ディナーに出掛けた。そう、今日の夕食はぜひディナーと呼びたい。一応新婚旅行なので、一食くらいは豪勢に行こうと決めて、今日はホテルの近くにあるレストランを予約していた。でかいステーキを食べるのだ。
照明を落とした雰囲気のある店内。案内された席に座る。メニューをGoogle翻訳でどうにか読み解き、私は12オンスのフィレステーキ、夫は16オンスのリブアイステーキ、付け合わせにほうれん草とボタンマッシュルームのソテーを注文した。品数としては少々物足りないが、我々とて学んでいる。朝食の二の舞を踏むまいと、まずは様子見でこれくらいにしておいた。
スパークリングワインで乾杯すると、まずはパンが運ばれてきた。日本でいうお通しのようなものと思われるが、これが信じ難いほどでかいパンで、3歳児の頭くらいあった。二人で一つとはいえ、あまりにもでかい。見たことはないが、おそらくエアーズ・ロックってこんな感じだろう。早速バターを塗って食べてみると、ずっしりとした食感でやたら美味しい。ついバクバクいってしまいそうになるが、後のステーキのことも考え自重しながら食す。
続いてステーキが運ばれてきた。勿論、でかい。ステーキというより、肉塊である。12オンスはおよそ340gらしい。びっくりドンキーのレギュラーバーグディッシュの大きいやつが300gだから、それより重い。夫の方は16オンスでおよそ450g、しかも部位的に私の肉より平たいので余計大きく見えた。大きすぎて遠近感がおかしくなったのかと思った。まるで飛び出す絵本だ。
切ってみると、注文通りのミディアムレアの断面。適度な歯応えで、肉の味がしっかり感じられる。実にうまい。アメリカで肉を食べている、という感じがした。付け合わせのマッシュルームもめちゃくちゃ美味しい。やはり日本のマッシュルームと何かが違う気がする。マッシュルームの謎は深まる。
カリフォルニア産の赤ワインも注文し、肉を堪能した。しかし、そのでかさは後半になって効いてくる。このくらいの注文にしておいて正解だったと、我々は自分たちの成長を称え合った。「ちょっとお腹いっぱいかもしれない……」と弱音を吐きつつも、ワインと一緒にちみちみと食べ進めた。のんびり食べていたせいか、店員が「Finish?」的なことを聞いてきたので、慌てて「アイムイーティング!」と主張した。アメリカで「まだ食ってる途中でしょうが!」をやることになるとは思わなかった。
満腹でホテルに帰還。明日はついに、エンゼルスタジアムに行く。大谷翔平を見に行く。
あまりこういう経験がないのだが、期待感からなのか、その夜、夢を見た。大谷が私の弟という設定の夢だった。大谷はすごく人懐っこい弟で可愛かったが、何か食べさせようとすると、食事は厳密に管理しているからと断られた。そこだけ妙にリアルである。弟・大谷と戯れながら、「なんで苗字違うんだっけ…?」とは思っていた。そこまで思い至ってなぜ夢と気づかないのか。夢とは不思議なものである。
続く。
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