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雨穴著『変な家』文庫版・読了後の考察~結局、バラバラ遺体は誰だったのか~

解説を読んで考えたこと

今話題の雨穴著『変な家』の文庫版を電子で購入して読んでみた。間取り図や人物関係図が豊富で、会話を主体に進む、さくさく読めるホラーミステリーである。
娯楽作品としてはライトに楽しめて申し分ない。
しかし、文庫版の解説で、少し引っかかった箇所がある。

――(略)つまり雨穴氏は文章において、実際に会ったことをある程度省いて書いているということだ。

『変な家』文庫版p337

解説を書いた栗原氏はその一例として、書籍化の際に省かれた自身の「憶測」を、文庫化するだけの時間が経過したのだから、という理由で解説に書いている。

これはオマケが読めたようなお得気分になれていいのだが、それはそれとして、私は本文を読んでいる最中に、(アレ?)と引っかかった箇所があった。

もしやこの”引っかかった部分”も雨穴氏の省いた部分に関係しているのだろうか。
そう考えてみると、本文中の重大な事件が、物語が終わっても一切の言及なく放置されていたような…。

そうだ、第一章の終わり間際、筆者の知り合いが「東京の家」を買うのをやめた直接的な原因、「東京の家」の近くの雑木林で見つかったバラバラ遺体の事件は、その後どうなったんだっけ?

忘れられたバラバラ遺体

第一章で事件はこう報道されている。

東京都で遺体発見
8日、東京都○○区の雑木林で、男性の遺体が発見された。警視庁○○署は、死因と身元の解明を進めている。
なお、同署によると、遺体は、頭部、手足、胴体などに分けて切断され、すべて同じ場所に埋められていたが、左手首だけが見つかっていないという……

『変な家』文庫版p59

しかし、この報道以降、筆者がこの遺体に関する情報で新たに手にしたものはなく、物語はキーパーソンの登場によってどんどん遺体発見のニュースを忘れ去っていく。
物語の中で、このニュースは”左手だけが見つかっていない遺体”における”なぜ左手のみが見つからないのか”という疑問点のみが注目されて、この遺体が誰のものなのか、誰がなぜ彼を殺したのか、という点はいっさい注目されていない。

そしてやがて”左手の欠損”という事実がキーポイントとなって、物語は都市伝説じみた「殺人のための家」という解釈から、明治・大正期にまでさかのぼる因習と、それに狂わされた一族の悲劇へと変化していくのである。

本文を読み終わり、解説を読み終わり、私は物語の冒頭部分を思い出して、はて、と首を傾げた。

で、あのバラバラ遺体は結局、何だったんだろう。
本文通りに解釈すると、あの家で遺体をバラバラにするような殺人は結局行われていない(遺体から左手を切り取る作業は行われていたかもしれないが、バラバラにする必要はない)から、偶然に起きた無関係の事件だったのかな?

でもそうだとすると、いくらなんでも都合が良すぎるような…(この一連の物語の感想として、ご都合主義が過ぎるという感想を持った自分を認めつつ)。

私は本文中で引っかかったある箇所を思い出し、解説で栗原氏が「(真実を告白する慶太氏)の手紙が慶太氏自身の手で書かれたと断定する証拠も、またない」(文庫版p344)と述べていることを思い出し、ならば…と思考を進めた。

私はいったん考え始めると、ある程度区切りがつくまでずっとそれについて考え続けてしまうという悪癖があるので、食事をしても風呂入ってもベッドに横になっても考え続けていた。

そうして、あるひとつの結論にたどり着いた。
こう考えたらあの部分の違和感も論理的に説明できるんじゃない? と思うと、どうしてもそれを文章化して発表して、誰かと答え合わせをしたくてたまらなくなった。

というわけで、その欲求解消のために書かれた文章がこの記事である。
みなさん、私の身勝手な欲望で書かれた記事に付き合ってくださってありがとう。以下に考察を述べるので、よかったら読んでください。


考察・『変な家』文庫版~バラバラ遺体の正体は誰なのか~


柚希からの最後のメールにあった喜江の”二人の孫”とは誰と誰か?

四章で物語は終わる。第二章から登場したキーパーソンであり、筆者を『変な家』の物語に引きずり込んだ女性・柚希のメールが一族の悲劇のとりあえずの終結と、未来への希望を伝えて、筆者は安堵するが、このメールの内容に私は違和感を覚えた。

現在、姉と浩人くん、そして桃弥くんは、母(喜江)のマンションに身を寄せています。母は、二人の孫との生活が楽しいようで、以前よりも表情が明るくなりました。
(柚希のメールより抜粋)

『変な家』文庫版p324

喜江が面倒を見ていると思われる二人の子ども、浩人と桃弥のうち、浩人は確かに喜江の娘・綾乃の息子であり、喜江の孫だが、桃弥は喜江の孫ではない。喜江の義兄夫婦の息子……甥のはずである。いくら綾乃が夫婦で親身に面倒を見て、情操教育を施していたからといって、孫にはならない。

どうして孫などと柚希は書いたのか?

そういえば、『変な家』の真相をすべて書き記したと思われる綾乃の夫・慶太の手紙にも、違和感を覚える点はある。
慶太は学生時代の恋人・綾乃と結婚し、その一族の因習から妻と彼らの子どもを守ろうと奮闘した(と、手紙には書かれている)。一族の監視の目をごまかして起こってもいない殺人を偽装し、因習の象徴ともいえる左手を欠損して生まれてきた子ども、桃弥を監禁しつつ保護し、それが発覚すると、一族の長とその手下を殺害し、すべての罪を背負って警察に自首する。
綾乃と息子の浩人、そして桃弥は、慶太の深い愛情によって、一族の因習から逃れるのである(という風に作中の筆者は、一族の顛末を解釈している)。

今、綾乃さんと浩人と桃弥くんは、○○区のアパート、○○の○号室に暮らしています。
(略)綾乃さんは、近くのスーパーでパートをしていますが、それだけで暮らしていくことは難しいでしょう。
大変、厚かましいお願いではありますが、三人の生活に、ご支援をいただけませんでしょうか。(後略)
(慶太の手紙より抜粋)

『変な家』文庫版p319

綾乃がスーパーでパートしている……その間、浩人と桃弥はどう過ごしているのだろう。
幼児の浩人の面倒を、十代前半の桃弥が見ているのだろうか。
本当に?
桃弥は一族の因習の犠牲者で、戸籍もおそらくなく、ろくな教育も受けず、ずっと密室に監禁されて生きてきた少年なのに、いきなり幼児ひとりの面倒を、自分ひとりで見ることができるだろうか?
アパートには他の住人もいるだろうに、彼らに、その異常な出生を悟られることなく、ごく普通に?
そんなこと、可能だろうか。


ここでひとつ、疑問が浮かぶ。
アパートに住んでいる三人に、本当に桃弥は含まれているのか?

書かれなかった「もうひとりの孫」

もし、喜江が面倒を見ている”二人の孫”が、本当に二人とも喜江の孫だったとしたら、どうだろうか。
もし、慶太の手紙が届いた頃、綾乃が第二子妊娠中で、臨月近かったとしたら、手紙の主訴は少し変わる。
臨月なのだから、パートに出続けることは難しい。手紙で求められていた支援とは、出産前後の母子と浩人の面倒を見てほしいというものではないだろうか。
これならば、慶太が一族の長とその手下を殺害した時期と、手紙が届いた時期のタイムラグも説明することができる。

本来なら殺害直後に自首してもよいだろう慶太が、なぜ3ヶ月も経過してから自首したのか。
予想外の事態――第一章で筆者が書いた記事を読んだ柚希が、姉の行方を捜す行動を取り始めたからではないか。
慶太は、少なくとも身重の妻を残して自首する予定ではなかったであろう。しかし、柚希が行動を始めたことで、彼らの感知できないところで、彼女が「家」の真相を知ってしまう危険性が発生した。
彼らにはその事態は看過しえないものだった。だから急遽、慶太は自首をしたのではないか。
そしてその時期がたまたま綾乃の出産間近の時期だったために、慶太は手紙を書き(あるいは”慶太の手紙”が何者かによって捏造され)、喜江に支援を依頼する必要があったのではないだろうか…。


バラバラ遺体の正体

もし、”慶太の手紙”にある三人が、綾乃と浩人、そして手紙に書かれていない二人目の子どもだったとしたら、桃弥はどこへ行ったのか。

第一章で発見されたバラバラ遺体が、桃弥ではないだろうか。
バラバラ遺体の中で左手だけが見つかっていないのではなく、遺体となった人物が生まれつき左手を欠損していることをごまかすために、遺体をバラバラにしたのではないだろうか。

報道の中で遺体は「男性」としか記されておらず、年齢は不明のままだ。遺体が成人男性ではなく、少年のものだった可能性は否定されていない。

では、なぜ綾乃たちは桃弥を殺害したのか?
動機はふたつ考えられる。ひとつは一族の因習そのものの隠蔽である。こんなホラー映画も真っ青な因習を受け継いだ一族がいることが公になれば、瞬く間にマスコミその他メディアの恰好の餌食になり、残された一族の者が平穏な人生を送ることは不可能になってしまう。
そして、一族の長の遺産を綾乃らが手に入れるためである。もし柚希らが筆者の想定しているとおり、すべてを警察に話し公にすれば、莫大と思われる一族の遺産は、いずれ一族の長の孫である桃弥・綾乃・柚希のものになる。ここでネックになるのが桃弥の存在である。
桃弥は普通の子どもではない。一族の因習の犠牲となり、生まれてからずっと監禁されて生きてきた少年である。そして、洗脳の結果であろうと脅迫の結果であろうと、綾乃夫妻が桃弥を監禁してきた事実に変わりはない。果たして綾乃は相続人として認められるだろうか、疑問がある。
この時点で綾乃は柚希と音信不通なので、柚希が遺産相続に際してどのように対応するかは全く予測ができず、綾乃らに都合がいいように行動してくれるとは限らない(だからこそ、柚希が行動を開始し、他の人物の手で真相に導かれる前に、綾乃は彼女を懐に入れようと母に手紙を送ったのではないか)。
ならば確実に遺産を手に入れるためには、桃弥の存在を家の因習もろとも闇に葬ってしまうのがもっともよい方法である。
桃弥の母である美咲は行方不明のまま、綾乃の夫である慶太はそもそも綾乃と監禁罪の共犯であり、桃弥殺害の実行犯でもあるかもしれない。だから桃弥の存在が表に出る心配はない。
柚希は、最後に筆者にメールした時点ではすべてを承知しているだろうが、長年飢えていた家族水入らずで暮らせる幸せを手に入れて、それを手放す筈もないだろう。

そうなると、喜江と二回目に対面した後、筆者が綾乃に会いに行かなかったのは筆者にとって幸運だったかもしれない。綾乃に会えば、彼女が臨月の妊婦であるとひと目でわかり、桃弥がいないことにも気づくかもしれない。筆者がそれに気づいてしまったら、その後、どうなっていたか…。

まあ、私のこの考察も、栗原氏のものと同じように、すべて「憶測」に過ぎないのだが。

おわり



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