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「別世界に来てしまった」毎日新聞記者がヤフーで体験したニュースプラットフォームの“裏側”【毎日新聞→Yahoo!ニュース個人編集部・出向社員コラム】

Yahoo!ニュースではこれまで、新聞社から記者やカメラマンがYahoo!ニュース トピックス編集部などに出向してきました。(詳しくはページ下部の関連記事をどうぞ)

今回は、昨年10月から1年間Yahoo!ニュース個人編集部に出向した毎日新聞の記者・待鳥航志さんに、この1年間を振り返ってもらいます。

新聞の部数減が止まらない今、新聞社の活路はどこにあるのか。記事はどうすればより読まれ、買われるのか……。新聞社が直面する課題に対処するための手がかりを得ることをミッションにヤフーで働き始め、新聞社とヤフー、それぞれのコンテンツ制作に対する姿勢の違いから、多くの学びがあったと話す待鳥さん。「編成視点の強さを感じた」というヤフーでの経験のどんなところに、答えを探るためのヒントがあったのでしょうか。

においが違う、職場環境が違う…ヤフー訪問時の最初の衝撃

 「なんかミントの香り、しない?」。2019年10月から1年間の出向のため、事前のあいさつでヤフーのオフィスに訪れたとき、毎日新聞の上司と驚いたのはヤフー社内のにおいでした。新聞社の紙やインク、エアコンのカビっぽいにおいに慣れた鼻に、ヤフーの来客用フロアを包む清涼系の香りは鮮烈でした。においだけでなく、新聞社とIT企業の職場環境はまるで違います。ゲラや取材ノート、ファクスで送られてくるプレスリリース、書籍など、紙だらけの職場の風景が当たり前だったのに、ヤフーのオフィスに並ぶのは画面ばかりで紙がない。別世界に来てしまった。私の1年間のヤフー出向は、職場環境のギャップに対する驚きから始まりました。

 前置きが長くなりましたが、毎日新聞で記者をしている待鳥航志(まちどり・かずし)と申します。2015年に入社し、高松(香川県)、姫路(兵庫県)の2支局を経て2019年春から東京本社の「統合デジタル取材センター」に所属しています。紙面ではなくデジタル向けの記事を書くためのこの部署で、一番若手だった私が、プラットフォームメディアで編集や編成のノウハウを学ぶために出向することになったわけです。

 ヤフーは小学生の時に初めて触れて以来、なじんできたメディアです。出向が始まる間近の9月下旬、配属の部署が言い渡されました。「Yahoo!ニュース個人編集部」(以下、ニュース個人編集部)。ヤフーと言えば「ヤフトピ」(Yahoo!ニュース トピックス)の編集部(以下、トピ編)と思っていたけど、ニュース個人とはどんな部署なのか、ピンと来ませんでした。

650人の執筆陣が書くプラットフォーム 「記事は事後チェック」に違和感も

 ニュース個人とは、個人の書き手(オーサー)が専門性に基づいて自主的にニュース記事を執筆し、発信するプラットフォームです。そのオーサーの数、約650人。編集部では約25人のメンバーが、オーサーの執筆サポートや、プラットフォームの運営などをしています。

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出向中の待鳥さん

 出向から時間がたってヤフーの環境になじむにつれ、ニュース個人の編集者が、新聞社の編集者(デスク)とは仕事内容が大きく異なる部分があることが分かってきました。

 新聞社ではデスクが記事出稿の司令塔となり、記者の原稿を必ずみて、分かりやすさやニュース価値を考慮して修正し、出稿するかどうかや掲載時期も決めます。掲載時には締め切り直前まで、記者やデスク、校閲記者が一字の間違いも出さないようにチェックします。

 その新聞社からニュース個人に来て驚いたのは、記事のチェックが基本的には公開後に行われる、ということです。ニュース個人はオーサーごとに合意した執筆範囲やガイドラインに沿う限りで、公開時期や書きぶりはオーサー自身で決めることができます。実際にオーサーの方々からは「好きなタイミングで公開できるのが良い」との声を多く聞きました。ただ、出向当初は原稿の事後チェックに対する違和感になかなか慣れませんでした。

蚊はコロナを媒介する? 日常の素朴な疑問を専門知に結び付ける

 具体的に、ニュース個人の編集者はどんな業務にあたっているのか。記事のチェックの他に、中心的な業務が2つあります。

 一つはオーサーへの執筆の「提案」です。時勢に合わせ、「今どんな記事が必要とされているか」を考え、その記事を書ける専門のオーサーに執筆を提案する業務です。たとえばコロナ禍では注意喚起や対策などについて提案し、(もちろん提案ではないものも含め)多くの医療オーサーが専門性に基づいた記事を多数発信しました。中でも印象的だったのが、感染症専門医のオーサー忽那賢志さんが執筆した「蚊は新型コロナを媒介するのか?」です。

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忽那さんの記事

 夏が近づいていた時期で、編集部メンバー(私ではないです)の素朴な疑問が提案につながりました。記事にもあるように、専門家からすれば蚊がコロナを「媒介するわけない」。けれどもイチ生活者としては気になる話です。このように日常生活に寄り添った疑問と専門知を結び付ける視点を、ヤフーの編集者はさまざまな場面で持っていました。

 それは本来、新聞記者が持つべき視点でもあるはずなのですが、新聞記事は生活目線の疑問にどれだけ答えられているだろうかと、反省させられました。すぐに思い出されるのは事件記者だった時。捜査状況を伝える記事を書くために私も警察幹部への「夜討ち朝駆け」取材に駆け回っていましたが、同業他社が何を書いているかばかりを気にして、読者がどんな点に関心や疑問を持っているかに対してほとんど注意を払っていませんでした。

多くの切り口の記事を集め、良質記事を選んで目立たせる…プラットフォームの編集業

 もう一つの主な業務は「出稿連絡」です。ニュース個人には1日50本前後の記事が投稿されますが、この中からトピックス掲載にふさわしい記事を編集部内で検討して選び、トピ編宛てに連絡します。今必要とされている記事、ユーザーの関心に刺さりそうな記事が、その対象になります。トピ編側では1日約6000本配信されるほかの媒体社の記事と同様に何をトピックスに取り上げるかを精査しています。ニュース個人編集部が出稿連絡をしなくとも、トピ編側で記事をキャッチアップし、掲載されることもあります。この連絡業務で印象的だったのが、北朝鮮や中国を専門とするオーサー西岡省二さんの記事「文政権に強い心理的打撃を与えた金与正氏――「爆破指揮」で強面に脱皮した北朝鮮王女」です。

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西岡さんの記事

 6月16日午後4時ごろに「北朝鮮が開城の南北共同連絡事務所を爆破した」と報道された後、すぐに西岡さんと連絡を取り合いました。午後7時前に解説記事を公開いただけて、部内で検討してトピ編に出稿連絡しました。記事は同日午後8時ごろからトピックスのトップに掲載。関心が高いタイミングで深掘りされた記事をスピーディーに執筆いただけたことで、非常に多くのユーザーに閲覧されました。さらにこの件を巡っては、在米オーサーや韓国情勢を専門とするオーサーも次々と記事を公開しました。ニュースの速報性や記事の完成度の高さは新聞社の強みだと思いますが、解説記事の視点の多様さやスピード感において、ニュース個人も決して引けを取らないと感じました。

 以上の2つが主な業務です。ニュース個人の編集者の仕事は、より多くの切り口の記事がプラットフォームに集まるよう促すとともに、その中からより良質の記事を選び取って目立たせること、と要約できるかもしれません。

コロナ対応で生かされた「ユーザー目線」のページづくり

 出稿連絡はニュース個人からトピ編へのコミュニケーションですが、逆にトピ編など編成側から記事テーマのリクエストを受けてオーサーに執筆提案することもあり、双方向での連携があります。出向期間中、すぐ思い出せるだけでも、台風被害、コロナ禍、九州豪雨災害、安倍首相の辞意表明――など数多くの大きなニュースがありましたが、こうした際にも編成と編集が連携して対応してきました。

 中でもヤフーの強みを感じたのが、新型コロナウイルスの対応です。ヤフーでは2月ごろ、新型コロナに関する情報をまとめる特設ページをリリース。私は4月半ばから約1カ月半、このページの編成チームに加わりました。編成チームではコロナに関する新たな情報をつぶさに収集し、その都度、特設ページを更新するかどうかを検討します。更新する場合、Q&A形式で疑問を設定し、それに対する回答を政府の公式サイトや専門家の意見で引用して提示します。

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ヤフーの特設ページから、コロナに関するQ&A

 Qを設定する際に重視されるのは、「生活者にとって必要な情報とは何か」という視点でした。「布マスクの正しい洗い方とは」「10万円給付はどうすれば受け取れるか」「コロナの影響で家賃が払えなくなったら」など、それらは漠然としていたり細かかったり、けれどもコロナ禍の生活に身近で重要な内容です。Qへの回答となるAを、政府の公式サイトで確認できる場合はそこから引用します。政府の情報で捕捉できなければ、疑問への回答となる記事をオーサーに提案して執筆してもらい、特設ページに盛り込みます。

 ではヤフーの特設ページは、新聞社のものと比べるとどうだったのか。その違いは、予防や治療法、マスクの効果など、コロナに関する知識を記載した部分において明確に表れていました。いずれのページでも、日ごとの新規感染者数や推移について、グラフを使うなど視覚的に分かりやすくする工夫がある一方、新聞社のページではコロナに関する知識をまとめた部分が、関連する記事の集積によって作られており、「記事ベース」のページといえる作り方でした。もちろん、記事を読めばコロナの予防などに関する情報は分かるのですが、新聞記事は背景や経緯などさまざまな情報が書き込まれてそれなりの分量になるため、ある疑問に対する簡潔な回答がすぐに得られるものでは必ずしもありません。

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毎日新聞の特設ページの記事集積部分

 対してヤフーの特設ページは、先述のような疑問ひとつずつに、グラフィックも交えて簡潔な回答を与える内容です。ページ編成時に記事をそのまま掲載するよりも手間をかけており、必要な回答(コンテンツ)を最低限だけ記載する「コンテンツベース」のつくりといえると思います。考えてみれば、特設ページにアクセスするユーザーにとって必要なのは「記事としての完成度」よりも、疑問に対する簡潔で確かなコンテンツです。細かな違いですが、ヤフーの「ユーザー目線」重視を改めて感じる経験でした。

 このようにヤフーがよりユーザーに近い形で特設ページを作ることができるのは、それだけ「編成」に力を入れているから、という捉え方もできると思います。他方で編成の強さには、課題もあるように感じました。記事の後編では、この「編成」に関するヤフーと新聞社の違いを考えてみたいと思います。

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