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【寄稿しました】家族を取り巻く「呪い」を追いかけて――Yahoo!ニュースの編集者が振り返る「平成家族」

Yahoo!ニュースと朝日新聞社が共同で企画した「平成家族」は、2018年1月から不定期で連載され、結婚・出産・仕事などさまざまなテーマから平成時代の家族像を問い直しました。この連載が1冊の本になり、Yahoo!ニュースの編集として関わった井上芙優が、この企画への思いや反響について寄稿しました。news HACK by Yahoo!ニュースでもご紹介します。

午後5時40分。パソコンを閉じ、東京・永田町のオフィスを駆け足で飛び出す。帰宅ラッシュの地下鉄に30分揺られ、息を切らしながら閉園時間ギリギリに保育園へ駆け込むと、教室の隅で、2歳の娘がポツンと一人座っていた。「遅くなって、ごめんね」。きょうも最後の一人にさせてしまったと、胸が痛んだ。

ぐずる娘を無理やりベビーカーに乗せ、時計に目をやると、午後7時をまわろうとしていた。早くご飯を食べさせ、風呂に入れ、寝かしつけなければ。夕食の献立を考える時間も体力も残っていなかった。スーパーに立ち寄り、20%引きのシールが貼られた総菜を買い物カゴに入れながら、娘にこうつぶやく。「ごめんね。ママ、きょうもご飯作れないや」

帰宅後、冷凍ご飯と総菜をレンジに入れる。オレンジ色に照らされたターンテーブルを見つめながらふと息をつくと、自分が幼かった頃の光景が目に浮かんだ。

炊きたてのご飯と、手作りのおかずがずらりと並ぶ夕方の食卓。私の母は専業主婦だった。結婚を期に仕事をやめ、子ども3人をほぼ2歳差で産み、育てあげた。食後は絵本を読み聞かせながら、仕事で遅くなる父の帰りを待った。

自ら進んで選んだ、仕事と子育ての両立の道。社会人となり10年目、後輩も増え、自らの裁量で進められる業務も増えてきた。育休から復帰して1年後には、時短勤務からフルタイム勤務へ切り替えた。仕事は厳しさもある一方、やりがいもあり、これからも続けたい。だから、母の時代と同じような子育ては、私には物理的に不可能なのだ。頭では十分理解して、受け入れている。

それでも、一日に何度も「ごめんね」が出てきてしまう。育休から復職してからというものの、ふとした瞬間に浮かんでくるこの「呪い」のような衝動は、じわじわと私の心をすり減らしていた。

さまざまなニュースをインターネットの力で多くの読者に届け、社会の課題を解決する――。Yahoo!ニュースの編集者にとって、重要な使命の一つだ。私も、入社以来、その使命感にかられ、仕事に没頭してきた。Yahoo!ニュースを訪れる読者は、30~40代の子育て世代も多い。スマートフォンが日常生活に浸透し、ネットの世界では新旧メディアの群雄割拠の時代に突入しながらも、Yahoo!ニュースは右肩上がりの成長を続けてきた。

だが一方で、Yahoo!ニュースの読者層と重なる32歳の自分の日常に目を向けてみると、「女性活躍」よろしく、フルタイムの正社員として働きながらも、私が子どもだった頃の家族の価値観と、現実の狭間で、もがいている自分がいた。スマホを片手に娘を寝かしつけながら、SNSをのぞくと、立場や内容は違えど、男性も女性も、さまざまな「呪い」に苦しむ声があった。それは「○○問題」「○○事件」というカテゴリーに収まることのない、新聞の一面やテレビの速報テロップで報じられることもない、名もなき課題たちだった。

SNSで声をあげる人々は氷山の一角であり、物言わぬ多数派――サイレントマジョリティーが背景に隠れているのではないだろうか。本当に私は、読者の課題を掘り起こし、届けられているのだろうか――。朝日新聞社とYahoo!ニュースの共同企画「平成家族」のプロジェクトへの参加に手を上げたのは、約1年前、くしくもそんな思いを抱き始めていた頃だったと記憶している。編集者として、当事者の一人として、名もなき課題――「心の呪縛」と向き合う日々が始まった。

作り手も読み手も、誰もが「平成家族」の一人だった

報道機関ならではの取材力や執筆力を、Yahoo!ニュースという場と掛け合わせて、世の中に新たな価値を提示し、届けるという座組みで始まった今回の連載。「家族のあり方が多様に広がる中、新しい価値観とこれまでの価値観の狭間にある現実を描く」というコンセプトのもと、「今までにない記事を届けよう」と、一つの記事が出来上がるまでに、企画書のやりとりが何度も続けられた。

Yahoo!ニュースにとっては、今までプラットフォームとして配信記事を受け取っていた一方通行の関係から、相互のコミュニケーションで記事に関わっていくという、これまでより一歩も二歩も踏み込んだエポックメイキングな取り組みだった。連載が進むほどに関わる人々の熱量は増していき、企画の打ち合わせの場では「このテーマで伝えたい『もやもや』は何か」「読者を解き放ちたい『呪い』は何か」がいつしか合言葉になっていった。私自身も、第一線で活躍しているベテラン記者の方々と、ひざを突き合わせて企画に関われたことは、非常に刺激的で貴重な経験だった。

「平成家族」に携わった両社の記者・編集者はあわせて30人に及ぶ。パートナーがいる人・いない人、出産を控えている人、子育てをしている人、子どもがいない人生を歩む人……それぞれが多様なバックグラウンドを抱えており、誰もが「平成家族」の当事者たちだった。血縁の有無に限らず、その言葉の定義を含めて、誰もが「当事者」となり「自分ごと」となりうるテーマ、それが「家族」だと、今回の連載を通じてあらためて感じさせられた。

「コメント欄」に集まった当事者からの反響

1年にわたる連載を振り返ってみると、「平成家族」は多くの反響を呼ぶ結果となった。2018年のあいだに51本の記事をYahoo!ニュース トピックスとして掲出。そのうち6割のトピックスで、見出しのクリック率が国内ジャンルの平均を上回っており、特に30~40代の女性に突出して読まれていた。

そもそも30~40代の女性読者の関心は、男性に比べ、ライフステージにあわせた話題が読まれる傾向にあり、30代では妊娠・出産や子育てに関する話題が読まれやすいという分析結果がある。これは連載以前から明らかだったが、「平成家族」でもその仮説通りの結果が出たということになる。

それでは、今回の連載特有の「反響」とは一体何だったのか。

記事配信直後だけではなく、長期間にわたって読まれ続けていること
配信記事のコメント欄で、ポジティブな意見や、当事者の声が多数寄せられたこと
振り返ると、大きくこの2つがあげられるのではないかと考えている。

その反響が顕著にあらわれていた例を紹介したい。2018年7月5日配信の記事(「子どもがいない人生」を歩む 夫婦で旅行やパーティー、充実してるけど……突然の後悔で気づいた刷り込み)だ。

「少子化と聞くと、ごめんなさいって思う」――。当事者が抱える「心の呪縛」を象徴するような一言から展開されるこの記事は、「子どもがいない人生」を歩む当事者が社会の中で感じる思いを、自身も当事者である朝日新聞の高橋美佐子記者が取材を通して探り、さまざまな生き方を尊重する新たな価値観を提示する内容になっている。

この記事は配信から半年以上がたっても、瞬間風速的に消費されるストレートニュースとは違い、Yahoo!ニュース上では根強く読まれ続けている。また、記事のコメント欄には累計6300件以上のコメントが集まった。この記事に限らず、妊娠・出産に関するニュースは、ともすればコメント欄が脊髄反射的な心無い言葉で荒れかねないだけに、記事が出る前は当事者を傷つける結果にならないかどうかが心配の種だった。だが、ふたを開けてみると、「子育てで忙しい友人には(子どもがいない悩みを)言えなかった」と、胸の内を明かす当事者の長文のコメントや、「産む・産まないは個人の自由」「人それぞれ、色んな人生がある」といった多様な生き方を認める趣旨のコメントが目立った。このテーマが、いかに今まで表立って語られてこず、多くの人が求めていたテーマだったかを象徴する結果だった。

「もやもや」を可視化する「意識調査」

今回の連載で特徴的だったのは、すべての記事を「Yahoo!ニュース 意識調査」(以下、意識調査)と連動させたことだ。意識調査は世の中で意見が分かれるテーマについて、SNS上で自ら積極的に発信することのない、もの言わぬ層の声も浮かび上がらせられることができる。また、記事を読むだけではなく、「投票ボタンを押す」というアクションを促すことで、読者にテーマを自分ごととして考えてもらうきっかけを提供したいという狙いもあった。

例えば、子どもへの「愛情弁当」に悩む母親の事例を交えながら、「お弁当作り」をめぐる風潮をひも解いた2018年12月2日配信の記事(子どもへの「お弁当作り」は愛情の証し? こども園で、SNSで「つらい」と吐露しても……)では、「『お弁当作り』負担に感じたことはある?」という設問を設定。記事を掲載したYahoo!ニュース トピックスのクリック率は国内ジャンルの平均を大きく上回り、意識調査では投票期間の10日間で1万3822票が集まった。

Yahoo!ニュース 意識調査「『お弁当作り』負担に感じたことはある?」の投票結果画面

「キャラ弁」という言葉が生まれた平成時代。SNS上では、手の込んだ弁当の写真を発信する人々も増えた一方で、最近は、そうした風潮への心苦しさをつぶやく人々も見られるようになってきた。「負担を感じたことがある」人が85.3%という結果は、そうした時代の空気が可視化された一つの例といえるかもしれない。

私自身も、子どもに弁当を持たせなくてはいけない日は「冷凍食品ばかりでは、いいかげんな親だと思われないだろうか」と、つい周囲の目が気になり、できる限り「手作り」感を意識した弁当を作ったこともあった。そんな中、このような結果を見て、「同じような悩みを持つ人がいる、必要以上に無理しなくてもいい」とあらためて考えるきっかけになれたと感じているし、同じような思いを抱いていた読者の生きづらさが少しでも軽減されることを願っている。

そのように願う一方で、編集部で頭を悩ませたのが、こうしたコンテンツが「お弁当作りを楽しんでいる人」まで否定するようなメッセージになってしまわないようにすることだった。「お弁当作りの肯定派vs.否定派」ひいては「専業主婦(夫)vs.共働き」「男vs.女」……というような、対立をあおる装置になってしまっては、生きづらさの助長につながり、読者に届ける意味がない。編集部では慎重に議論を重ねた上で設問を設定しているが、お弁当の話題に限らず、「出産の痛み」をめぐる話題や、「時短調理に対する罪悪感」など、今回の連載で取り上げられたさまざまなテーマに対し、共感だけではなく「読むのがしんどい」「気にしすぎでは」という反応も少なからず寄せられた。

どんなお弁当を子どもに持たせようが、どんな生き方を選ぼうが、誰もが個人の選択を尊重し、生きやすい世の中を目指すには、どのような見せ方、届け方が求められるのか。ひとついえることは、「呪い」を可視化するだけではなく、「どう向き合うか」を未来への希望とセットで提示することだと考えている。

それは、どのような形で実現できるのだろうか。あくまでも私の個人の考えだが、従来の「記事」という体裁や、意識調査という形以外にも、ひとつのテーマをさまざまな形で複合的に届けるための新たなコンテンツのフォーマットを考えるべき時にきているのかもしれない。伝える・届ける側の責任として、この課題に引き続き向き合っていきたいと考えている。

読者たち、そして私たちが抱える「呪い」を、この連載を通じて解くことはできたのだろうか。「家族」というテーマは、読者それぞれが置かれた状況によって受け止め方が分かれ、ある人によっては救われる内容であっても、ある人にとっては苦痛となることも否めないだけに、この世の中の「呪い」がどれだけ解けたのかどうかは、まだ私たちも可視化できていない。本稿であげた例も含め、多くの読者に連載が読まれ、SNS上だけでなく、コメント数や意識調査の投票数という結果でも、多くの反響が寄せられたことは事実だ。だが、先に述べたように、読者からは「共感した」という声の一方で、「読むのが辛かった」という声もいただくなどの課題も残っている。

私自身はどうだろうか。午後5時40分に慌ててオフィスを飛び出し、娘の待つ保育園に駆け込み、帰り道にスーパーで20%引きの総菜を買う日々は今も1年前も変わらない。でも、「ごめんね」の回数は、以前より減った。「こうあるべき」という価値観から自らを解放し、自らが選んだ生き方に、自信を持って生きていこう。それが、平成の次の時代を生きる、私たちの子ども世代の生き易さにつながっていく。今はそう、思っている。

井上芙優
ヤフー株式会社 メディアカンパニー Yahoo!ニュース編集リーダー。1986年生まれ。通信社記者を経て、2012年ヤフー入社。Yahoo!ニュース トピックス、オウンドメディア、記事広告などの編集を経て現職。

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