見出し画像

PEPジャーナリズム大賞受賞者に聞く、ネット時代にYahoo!ニュースが果たすべき役割

インターネット上で発表された報道記事やコラムの中から、とくに優れた記事を表彰するPEPジャーナリズム大賞。先だって行われた第1回の選考では、Yahoo!ニュースとも関わりの深いジャーナリストが複数、受賞を果たしました。

今回は、無国籍児問題に切り込んだ記事で「現場」部門を受賞した藤井誠二さん、そして昨年世間を騒がせたキッズライン事件に関する報道で特別賞を受賞した中野円佳さんのお二人に、ネット時代におけるジャーナリズムとの向き合い方、そしてYahoo!ニュースが果たすべき役割について話を聞きました。

取材・文/友清 哲
編集/ノオト

取材の過程で思いも寄らない真実に到達

「何らかの事情により出生届を出すことができず、戸籍上は存在しないことになっているため学校に通えず、公的サービスも受けることができない“無国籍児問題”は、これまでも多くのマスコミが取り上げてきたテーマです。今回の記事は、自らが過去に8年間、無国籍状態にあったという出自を持つと自身のことを書いていた三木幸美さんの存在を知り、その背景を深く掘り下げたいとご本人にアプローチしたことから始まりました」

そう語るのは、Yahoo!ニュース オリジナル 特集の記事「その8年間は毎日不安だった――『無国籍児』だった娘と、フィリピン人母の思い」で、PEPジャーナリズム大賞・「現場」部門を受賞した藤井誠二さん。Yahoo!ニュース オリジナル 特集は、社会問題をはじめ、エンタメ、カルチャーなどさまざまなトピックを扱うYahoo!のオリジナルコンテンツです。

画像1

藤井誠二さん。ノンフィクションライター。著書に『「少年A」被害者遺族の慟哭』『殺された側の論理』『黙秘の壁』『沖縄アンダーグラウンド』『路上の熱量』など多数。

日本とフィリピン、2つのルーツを持ち、幼少期は無国籍児であった経歴を公言している三木さん。話を伺いながら、背景にあるさまざまな問題を抽出して整理してみようと藤井さんは考えました。なによりも三木さんの個人史が知りたかった、と言います。

三木さんがどうして小学校に通うことができたのか、そして最終的に日本国籍をどのようにして取得していったのか。入念な取材を重ねるうちに、藤井さんと三木さんは思わぬ事実に直面します。

「三木さんの場合、フィリピン人であるお母さんが出産時にオーバーステイ(在留期限後の不法残留)状態にあったことなどから、出生届を提出できなかったという事情がありました。それゆえ幼少期には苦労も多かったようです。取材の総仕上げのつもりで、現在はフィリピンで暮らしているお母さんとやりとりを続けていたら、思いがけない真実が明らかになりました。出産当時、実はお母さんは知り合いを介してフィリピンで出生届を出していた。つまり、三木さんの過去に無国籍の時期は存在しなかったんです。これは本人も預かり知らぬ新事実でした」

そんな藤井さんの取材の成果に対して、三木さんは「私の人生変わっちゃいましたね」とびっくりしていたそうですが、取材活動が想定外の真実を手繰り寄せる、ジャーナリズムの真骨頂がまさにここにあります。

画像2

PEPジャーナリズム大賞、授賞式の様子

「取材とは人の人生や歴史に介入すること」

今回の受賞を受け、「取材行為は“生き物”だと思います。想定外の転がり方や展開をします」とコメントした藤井さん。

「取材というのは、人の人生や歴史に介入することでもあります。そのため商業的にならず、その場で起きたことや見つけたことに対し、常に柔軟に対応する必要がある。今回のケースはその最たるものです。結果的に新事実に行き当たったことで、それまで準備していた原稿をすべて修正しなければなりませんでしたが、こうして予期せぬ形で三木さんの人生に参加することになったのは、私自身にとっても非常に貴重な経験でした」

画像3

無国籍児問題のほかに、ミックスルーツを持つ人々を取り巻く差別問題にも切り込み、多角的に問題を提起している今回の記事。Yahoo!ニュース上で公開されると、「こういう無国籍児童の問題が存在したことを初めて知った」という声が藤井さんのもとに届き、多くの人々に考えるきっかけを与えています。

近年は、社会的弱者とされるマイノリティをテーマに取材執筆を行う機会の多い藤井さん。題材と向き合う上で大切に守っている矜持を、次のように語ってくれました。

「当事者の方の声を代弁しているつもりはなく、あくまで声が届きにくい人々、声を発しにくい人々と社会との回路になることが私の理想です。ジャーナリストというのは時に傲慢になりがちで、知りたいことを聞きに行くという行為の前に、そもそも相手が受け入れてくれなければ取材は成立しません。これまでもいくつものメディアに出演してきた三木さんは取材を受けた経験が多くあります。取材者の側を観察する目を養ってきたのだと思います。取材者も“試されている”意識を持つことは大切でしょうね」

なお、「なぜ三木さんが自分の取材を受けてくれたのか、明確な理由はわからない」と語る藤井さんですが、取材を受けた三木さんの言葉に、「涙が出るほどうれしかった」と言います。

「三木さんは、取材の終盤ごろから、取材を受けてよかった、と言ってくれていました。記事が出てからも、この記事は一生大事にしたいと思う、とも言ってくれました。こんなふうに言ってもらえるなんて、取材者冥利に尽きるというか、彼女の人生に少しでも触れることができた気がして、心が震えました」

他者の人生に介入する行為であるからこそ、懊悩を突き放さないで、むしろ抱きしめながら一つひとつの取材を行った藤井さん。三木さんの言葉は、そのスタンスが理想的な形で結実したことがうかがえるものでした。

ジャーナリズムが国を動かしたキッズライン問題

一方、特別賞受賞者の中野円佳さんが、Yahoo!ニュースをはじめ複数のメディアで追い続けてきたのは、2020年に世間を騒がせたキッズラインをとりまく問題でした。

2020年4月、ベビーシッターマッチングアプリ「キッズライン」の登録シッターが、預かり中の男児へのわいせつ行為によって逮捕される事件が発生。この問題について、あるテレビ番組で運営会社側の責任について意見を発信したところ、そのことを知ったある女性から中野さんのSNSに思いがけない情報が寄せられます。

「番組は見逃してしまったのですがと連絡をしてきたあるお母さんから、当該シッターとは別のシッターによるわいせつ行為の存在を知らされました。そこで私は、SNSや通話を通して詳細のヒアリングを続け、昨年6月10日の時点で、別の加害者の存在についての第一報をBusiness Insiderに寄稿しています。そして、そのシッターの逮捕が報じられた同年6月12日に、今度はYahoo!ニュース 個人を使ってその詳細を発表したんです」(中野さん)

画像4

中野円佳さん。日本経済新聞社を経て、2015年4月よりフリージャーナリストへ。現在はシンガポール在住、2児の母。

この問題について、中野さんが複数のメディアを使い分けたのには理由があります。

「ただ被害の状況を発信するだけでは、“むやみに子ども預ける親にも責任がある”といった、不要な批判がネットメディアでは起きかねません。また、プラットフォーム側の責任論を喚起するためには、やはり容疑者逮捕の報道と同じタイミングで詳細を世に出す必要があると考えていました。ただ、タイミングを追求するには、第三者による編集や校閲などのプロセスを踏まなければならないメディアよりも、ある程度自分の裁量ですぐに発信できるYahoo!ニュース 個人がベストだったんです」

この6月12日が金曜日で、1日あければメディアの現場が週末で動きがとりにくいと考えられたこともネックの一つだったと振り返る中野さん。見出しや写真の設定も含め、他者を介入させることなく瞬発的に記事を公開できるYahoo!ニュース 個人は、このようなケースではまさにうってつけのメディアでした。

ネット時代のジャーナリズムのあり方とは

果たして、「キッズラインのシッター2人目、わいせつ容疑で逮捕 内閣府補助対象、コロナで休園中に母在宅勤務の隣室で」と題されたこの記事は、Yahoo!ニュースのトップページに掲出されるトピックスの一つに採用されたことも相まって大反響を呼びます。

「同じキッズライン問題を発信していても、他のメディアではもともと関心の高いコア層に深く訴求できるのに対し、Yahoo!ニュースはより広い人たちに届けられた手応えを得ました。記事に対する感想もさることながら、世論が高まり、国の専門会議が立ち上がって制度を動かすまでに至ったことは、大きな成果だと感じます。おそらくSNSだけでこうした動きにつなげることは難しかったはずで、実際に“ジャーナリストってこういう仕事をするんだ”という声も聞かれました」

中野さんはシンガポール在住のため、取材はすべてオンラインで行われたという一連のキッズライン問題。SNSから情報が寄せられ、オンラインで取材を行い、そしてネットメディアで発信されるというフローは、現代のジャーナリズムの在り方を示す好例にも思えます。

「何より、被害に遭われたお母さんからすると、匿名性の高いSNSだったから相談しやすかった側面は大きいと思います。対面でお話を聞いてから……となるよりもはるかに敷居が低く、それでいてこうして問題を顕在化できることが示せたのは、今後のジャーナリズムにとってもよかったのではないでしょうか」

インターネットは世の中の声を拾いやすく、問題や課題に対して敏感であるべきジャーナリストにとって、大切な情報収集の場となりつつあります。そして、そうした問題をできるだけベストなタイミングで、より広範囲に向けて発信するために、Yahoo!ニュースが大きな力を発揮するということを、先の藤井さん、そして中野さんの事例から読み解くことができます。

PEPジャーナリズム大賞では、三宅玲子さんのYahoo!ニュース オリジナル 特集「深刻化する孤立出産 一部の病院が進める『内密出産』は実現するのか」、小川たまかさんのYahoo!ニュース 個人「高裁が被害者の証言に「高度の信用性」を認めた理由 - 12歳実子への強姦、父親に逆転有罪判決」もファイナリスト作品に選出されました。

今後も多くのジャーナリストが社会問題を提起できる場所の一つとして、Yahoo!ニュースというプラットフォームを運営していきます。

※Yahoo!ニュース 個人の取り組みについて詳しく知りたい方は、こちらから。

(協力:一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ)

「news HACK」は、Yahoo!ニュースのオウンドメディアです。サービスの裏側や戦略、データを現場から発信します。メディア業界のキーマンや注目事例も取材。編集とテクノロジーの融合など、ニュースの新しい届け方を考えます。