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韓国ドラマに見る、受験戦争に翻弄される大人たち(前編)

中高生が登場する韓国ドラマにほぼ100%登場する「大学入試ネタ」。韓国における大学入試は、社会構造や人びとのアイデンティティーにまで、非常に大きな影響を与えています。

今回は、在韓歴17年の韓国語教育者「ゆうき先生」こと稲川右樹さんを迎えて、受験戦争を生き抜く韓国のセレブ妻たちを描いた群像劇「SKYキャッスル〜上流階級の妻たち〜」(以下、SKYキャッスル)のシーンを見ながら、ネトフリ編集部員がインタビューを実施。

ドラマの中では解説されない、韓国の入試文化について紐解いていきます

稲川右樹(ゆうき先生):滋賀県出身。現在、帝塚山学院大学准教授。専門は韓国語教育。2001年〜2018年まで韓国・ソウル在住。ソウル大学韓国語教育科博士課程単位満了中退(韓国語教育専攻)。韓国ではソウル大学言語教育院、弘益大学などで日本語教育に従事。近著『高校生からの韓国語入門』(Twitterアカウント:@yuki7979seoul
YJ コン:韓国生まれ育ち、日本歴19年のネトフリ編集部メンバー。かつて存在した、韓国の高校入試経験者。しばらく韓国の作品を観ていなかったことから最新の文化と長い間距離を置いてしまっていたが、「愛の不時着」と「梨泰院クラス」をはじめとする、韓国ドラマブームの再来をきっかけに韓国の文化にリコネクト中。ネトフリで観れる推しの韓国ドラマは「秘密の森 S1」「ライブ」。 

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「受験地獄」は、ソウルの日常風景?

YJ:いまや“超競争社会”と呼ばれる現代韓国社会を描いた「SKYキャッスル」。このドラマで描かれる苛烈な受験競争は、最近始まったことではないんです。私が高校入試を経験した1990年代後半もまったく同じ状況でしたし、80年代の話ですけど親戚が受験勉強で毎日朝4時起きしていたことも鮮明に覚えています。

今回は、韓国でご家族と暮らして子育てを経験し、韓国と日本両方のカルチャーを理解されている立場から、ゆうき先生にお話を伺っていきたいと思います。

まず、こちらは「人間レッスン」というネトフリオリジナルドラマのワンシーンです。第一話か第二話で、一人暮らしの高校生の部屋に「SKY」という言葉が貼ってあるんです。まさに「SKYキャッスル」のタイトルになっている言葉ですね。

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ゆうき:「SKY」は韓国の名門の三代大学の頭文字ですね。Sが「ソウル大学」、Kが「高麗(コリョ)大学」、Yが「延世(ヨンセ)大学」です。ソウル大学は国立大学のトップ、高麗大学と延世大学は私立大学のツートップ。スポーツ対抗戦なんかもあって、日本でいう早稲田と慶応のようなライバル関係にあります。

YJ:ゆうきさんの留学先はソウル大学ですよね? やはり学生はエリートばかりでしたか?

ゆうき:私は外国人留学生だったので一般のソウル大生とはやや違う立ち位置でした。学生たちはみんな勉強してないと調子が悪くなってしまうような、勉強が日常生活の一部になっている子たちでしたね。こういう若者が将来韓国を背負っていくと思うと頼もしくもあり、不安でもありました。私が通っていた2000年代〜2010年頃もソウル大学には良い教育を受けられる環境の子たちが多かったのですが、その傾向は近年さらに強くなっています。不安というのは、ソウル大生ではない子どもたちとの格差を感じざるを得なかったからです。

昔は、地方から出てきて人生一発逆転を狙う子もいたようですが、入試制度がどんどん変わり、現在は大分少なくなっています。「全ての人に学びの機会を与えよう」という意図で変わるのですが、結果的にいい教育を与えられる家庭に生まれた子どもが圧倒的に有利になり、格差がますます広がる悪循環。ソウル大生も、ソウルの江南(カンナム)と呼ばれる地域の出身者がほとんどです。受験には「地方枠」もあるのですが、全体の傾向を変えるには焼け石に水といった感があります。

YJ:そう、格差社会なんですよね。韓国には「私教育」という言葉があって、塾や私教育が重要視されるあまり学校の先生の権威が失墜しています。成績こそが絶対的な成功の指標だからです。そんな環境で育った子どもですから、人格に問題が見られるケースもあります。「SKYキャッスル」にもそんな様子が描かれていますね。

それでは「SKYキャッスル」のシーンを見ていきましょう。

夜の街を闊歩する子どもたち

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YJ:あまりに自然で見過ごしてたのですが、ごく普通に子ども達が夜の街にいるんですよね。おそらく夜の9時か10時頃ですし、夕食も塾や補修の合間に済ませるスタイルです。

ゆうき:韓国で暮らしているとこのシーンは本当に日常風景ですね。韓国では塾のことを学院と呼ぶので「学院街」と呼ばれる地域があって、夜にはスクールバスやリムジンバスがたくさん通っていて、お金持ちの子は車でお迎えが来ています。

YJ:学院街で何が起きているか調べてみたのですが、朝と夕方はサラリーマンで混み合うバスが、深夜は制服姿の子どもたちでいっぱいになるそうです。「SKYキャッスル」が話題になってから、こうした現象に注目した記事が出ていました。この光景が日常になるのは、あまりに切ないですよね。

ゆうき:たぶん韓国の視聴者や製作陣にとってこのシーンに大きなメッセージ性はなくて、日常風景を撮っただけだと思うんですよね。ですが、それを日本にいる我々からすると非常に大きなメッセージを持つという。

また、夜に下校している点が日本と韓国の大きな違いですね。日本は「高校生活=部活」という人も多く、部活をテーマにした漫画やドラマが沢山ありますが、日本のアニメや漫画が好きな韓国の高校生は「部活」にとても憧れています。韓国にもサッカー部や野球部はありますが、これらはあくまで将来プロを目指す人たちの活動。日本の高校野球とは全然違うんです。野球部に入るということは、進学を諦めてプロを目指すか高卒で働くかを意味します。

YJ:中学の部活動でも運動部の子はすでにアスリートとして教育されるので、ずっとトレーニングをしていて、授業を受けていませんでした。義務教育を投げ捨てている状態です。今回のテーマからは逸れますが、韓国ではアスリートの第二キャリアも非常に深刻な問題なんですよ。

ゆうき:日本は運動が苦手でも体育でやらされるから、ある程度はできるじゃないですか。プロにならなくても部活に打ち込んだり、大会に出場したという子もいる。ですが韓国教育の中にいると、地域差はありますが本当に体を動かさないですね。大学生でもボールをまともに投げられなかったり。誰にでも平等にやらせるというより、見込みがある人をとにかく育てるというスタイルなんですよね。

YJ:韓国の10代は運動時間が最も少ないというデータもあり、社会問題になっています。そこでここ10〜20年ほど、プロスポーツではなく日常的なレジャースポーツを促す政策がとられています。韓国に住む友人から聞いた話ですが、今までやってこなかったせいか、若者からお年寄りまでレジャースポーツにハマる人が増えているとか。

ですが、それでも大前提は「大学行ってから」なんですよね。恋愛もスポーツも、大学行ってから楽しみなさいと。でも大学に行ったら行ったで「就職」という次の関門が待ち構えているわけです。

成功から考える「ソウル」という都市の重要性

YJ:別の作品も紹介させてください。「秘密の森」は検察内部を描いたサスペンスドラマで、シーズン1、2どちらも「韓国ドラマがこんなことまで題材にするなんて」とほとんど叫びながら見てしまいました。

日本と同じく検察は権力が集まる場所なので、癒着や派閥争いがあります。そんななか主人公は、幼い頃に事故が原因で感情を失ってしまったユニークな特徴をもつ人物。何を考えているのか分からないキャラクターで周囲を翻弄します。そこでこういったセリフを放ちます。

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YJ:捜査パートナーのソウ刑事が「地方大学出身だ」と聞いて主人公が「自分は感情がないと思っていたが、優越感を抱いていたのか」と省みるシーンなんです。

韓国の検事は約7割が3大SKY大学出身者。「ソウル大学出身じゃない人物が検察の重要ポジションに就任する」というニュースが話題になるほどです。これは学閥が社会を牛耳っているだけじゃなく、そもそもソウルにいることが出世の条件であると示しています。韓国は首都圏集約型の文化があって、私も小さい頃から「インソウルしなさい」と言われてました。「首都圏」ですらダメなんです。「ソウル」じゃないと。

ゆうき:その感覚、非常にわかります。韓国に「馬の子はチェジュ島に送り、人の子はソウルに送る」ということわざがあります。出世したかったらソウルに行って頑張れ、そこから出世の道がひらけていくと。韓国には「こういう人生が“成功”で“幸せ”です」という明確なモデルがあって、全員とりあえずそこを目指すので、成功へのルートがかなりシンプルなんです。

日本は地方大学にも権威がありますし、地方ごとに文化や成功基準があって「関西で就職したいから、東京に行かない」という人もいますね。ですが韓国では、地方に留まるとその時点で極端な話二流として扱われてしまう。「秘密の森」での「地方大出身」という言葉も、日本における「地方大出身」とは全く言葉の重みが違うんです。

決まったルートを行かないと、成功への扉が開かない。医者になるか弁護士になるかよりも、まず名門大学にたどり着かないと、人生の選択すらできないんです。だから必死で受験勉強するし、親もそれが分かっているから「とりあえず大学を出てから好きなことをしなさい」と背中を押しまくるんです。

YJ:ちなみに「秘密の森」の主演二人は非常に大物の、注目役者です。ペ・ドゥナはハリウッドスターとして活躍し、チョ・スンウもドラマ「シーシュポス: The Myth」で主演を勤めています。
「秘密の森」の主人公は理性のもと法律を淡々と執行し、検察内部の“大人の事情”を無視して調査を進めます。韓国の検察内部に蔓延する不正を暴いていくサスペンスの良作ですので、おすすめです。

誰のための受験なのか? 時代に翻弄される“はざまの世代”の悲劇

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YJ:ここで彼女が語っているのは、子どもの人生ではなく自分の人生なんですよね。「わが子がしくじれば人生失敗よ」ってすごい言葉ですけど、ここまで痛々しい気持ちを見せられたら否定できないです。

ゆうき:「子どもの成功=大人の成功の完結」なんです。さらに言えば、いい大学に入っていい配偶者を見つけていい結婚をするまでが「子どもの成功」です。

YJ:韓国語には「子ども農業」という言葉があって、子どもを立派に育てるのが親の仕事なんです。ここでいう「立派」の判断基準は、自己完結する幸せではなく、世の中に認められる成功です。それがもっともよく現れるのが、結婚式。韓国の結婚式は、結婚する当事者たちよりも、親同士の行事。子どもからすると、親の成果を親のネットワークにプレゼンテーションする親孝行の場なんです。

ゆうき:子どもの世代がそれを変えたがってるけれども、親がどうしても「派手にやりたい」「いろんな人を呼びたい」といって本人たちが望まない形の結婚式になっているケースも非常に多いです。

YJ:個人的に、EP29はすごかった。「SKYキャッスル」の監督がドラマを通して本当に伝えたかったメッセージって、これなんじゃないかと感じました。

韓国はいま過渡期を迎えてすごいスピードでカルチャーが変化しています。私たちの親世代にあたる60代の人たちは、自分たちの親に対して儒教に縛られた生き方をしてきた。でも自分の子どもたちは欧米化しきって、すでに別世界を生きています。

「SKYキャッスル」のカン教授は、典型的な「386世代」と呼ばれる人たち。「1990年代に30代、1980年代に大学生活を送り、1960年代に生まれた」という意味です。世代交代の“はざま”にいて、自分の幸せなんて考えたこともなかった。けれど、自分の子どもたちに「あなたが言う幸せって何?」と問い詰められてしまう。このシーンは、俳優の気迫も含めて世代を代弁するシーンだと感じました。多分、生まれて初めてお母さんに自分の本音を叫んでるんですよ。自分の人生そのまま映し出されたようで、このドラマを見た同年代の人たちは泣かざるを得ないと思います。

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ゆうき:“はざま”という言葉がピッタリですね。親に孝行しなくちゃいけない価値観が残っている最後の世代であり、子どもから孝行されない最初の世代として、本当に時代のはざまにいる。ずっと周囲に動かされて生きてきたから、自分という人間がわからないんですね。そして今ふと振り返って「自分の人生ってなんだったんだろう」と。韓国の急激な近代化のなかで生まれた、不遇な世代だと思います。

YJ:そうなんですよね。子どもや家族のために自分を犠牲にするのが当たり前だった世代に対して、子どもたちは別の価値観を持っている。私個人の親子間でもこういうエピソードはいっぱいあります。10代の頃、反抗するつもりではなかったんですが、親に対して「あなたは自分の人生をどうしたいの?」と聞いたことがあって、親は非常にショックを受けていました。その質問自体が、自分の存在意義と今までの人生を否定するかのように聞こえたんでしょうね。自分で自分がどうありたいのか分からないからです。

だからこのシーンで描かれる親との和解は、究極的には自分自身との和解でもあるんです。親も含めて人間関係を見直す転換期になっている。「院長じゃなくて息子としての俺でいいのか?」と、母親ではなく自分自身に尋ねているんですよね。

ゆうき:ドラマではお母さんが訴えを受け入れて途端に穏やかになりますが、現実はこうすんなりと考えは変わらないでしょうね(苦笑)。非常に見応えがあるシーンでした。

いま韓国で起こっている世代の変化

ゆうき:韓国で子育てをした経験からいうと、韓国の親子関係は日本に比べて明らかに距離が近いんです。私は自分の母親とハグしたことないけど、韓国人の妻のお義母さんとはハグしましたし、お義父さんとも出かけるときに手を握ったりします。親密の表し方のひとつにスキンシップがあるんですね。思春期には反抗期もあるんですが、韓国の反抗期は、上から押さえつけられることへの反抗であって、親そのものへの嫌悪ではない。「SKYキャッスル」での親子間のハグやキスも、ドラマがだから強調されているのではなく、韓国の親子間の愛情表現としてとても自然なんです。

YJ:50代に突入し、今は586世代になった「386世代」について少しお話しますと、今どき若者の親子の関係性って、その親世代の親との関係性とは劇的に違うんですよね。祖父母の世代は戦争の爪痕が残るとても厳しい時期で、そのぶん子どもへの家庭教育も厳しかった。ですが80年代に民主化が進み、オリンピックが開催され、国が豊かになるにつれ親子の関係はどんどん変わっています。

90年代の若者を表す言葉に「新世代」や「X世代」という言葉があるのですが、「SKYキャッスル」で描かれるイェソをはじめとした子どもたちは、90年代の「新世代」が育てた、これからの時代を作る新世代。この子たちはは生まれた時から国が豊かで、インソウルできた親たちも不動産や株で稼いでいるので、その下の子どもたちは親のスネをかじってなんぼ、という雰囲気を感じます。

一方で、50代に突入し"5”86世代になった親たちは、自分たちの親との関係性が過去の価値観のままで止まっているため、親の言うことを聞かざるを得ないジレンマがあります。そんな中、今の若い世代は過去のどの世代より賢いし、処世術が身についている。今どき50代の韓国の親は、処世術をすでにインストールしている賢い子どもたちに踊らされているのかもしれないし、もしかしたらただ単に「自分たちが厳しく育てられたぶん、子ども達は自由にさせてあげたい」と思っているのかもしれません。

ゆうき:そういう意識の変化は起きていると感じますね。
「SKYキャッスル」は、イェソとかヘナとかストーリー上の中心人物はいますが、明確な主人公がいない点が非常に面白かったです。見る人によって感情移入する対象が変わってくるでしょうね。男性なのか女性なのか、組織の中でどのくらいの地位にいるのか、勉強がどれくらいできた人なのか……。キャラクターの配置が本当に絶妙で、必ず誰か気になるキャラクターがいて、目が離せなくなるドラマでした。

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後編では「大学入試」について切り込んだ他作品にもさらに注目します。

文・伊藤七ゑ



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