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≪映画感想≫パスト ライブス/再会

第96回アカデミー賞作品賞と脚本賞にノミネート、ベルリン国際映画祭コンペティション部門に出品されている映画「パスト ライブス/再会」。個人的には大傑作でした。

恋愛についての映画ですが、過去の愛惜、そして、人生における現在の自分の選択を丸ごと肯定してくれるような、とても味わい深く、とてもビターな映画です。

さらに、この映画のすごいところは映像で物語っていることなんです。登場人物の位置、画面の映る構図、カメラの動き等々、すべてが計算されて、意図を感じざるを得ない。脚本賞ノミネートも納得です。
この映画はを象徴するカットが多くあります。登場人物のバックの背景にある絵やメリーゴーランドや、公園で向かい合っている遊具や、右から左または左から右に動く登場人物や車のショットなど。この映画において、左と右は何を表現しているのか。パンフレットにも書いていることなのですが、左は過去、右は未来を表しているんです。
最初のバーカウンターの登場人物3人の座り位置も、誰が真ん中で、その左右には誰が座っているのか、すでにラストに向けての仕掛けになっているんです。邦タイトルの「パスト」と「ライブス」の間に空白があるのも、納得でございます。
後は、階段を上がるショットも序盤とラストにあって、これも対比構造になっているんです。最初は正面でラストは背中側からになっています。階段と言えば、あの分かれ道の高低差も意図満載ですね。
映画ならではのアプローチで物語っており、その構図がしっかり感動に繋がっているこの脚本に、鑑賞後痺れました。

この映画は3人の登場人物がバーカウンターで喋っているシーンを第三者が見ていて、この3人の関係性を議論しているシーンから始まります。観客も同じようにこの後3人の登場人物の関係性に興味を抱くようになっていく。この導入ですでに上手いなと思います。

登場人物の3人は、ヘソンとノラとアーサーという人物で、ノラは少女時代に両親と一緒に韓国から移住して現在アメリカに住んでいます。ヘソンは幼馴染で、少女時代のノラは結婚すると思うと言うほどの仲です。アーサーはノラの夫で、移住後に大人になったときにアメリカで結婚をしています。この映画はこの三角関係を三幕構成で紐解いていきます。

少年期と青年期と大人の三幕構成になってまして、少年期は階段を上がるヘソンと泣いているノラの正面のショットから始まります(ノラは英語名で、韓国での名前はナヨンです)。ノラはこの時点でヘソンにテストの順位で負けたことで泣いていますが、ヘソンはどうやらノラが泣くたびに近くでなぐさめてあげているようですが、ノラは移住後に誰も気付いてくれないから泣かなくなったと言っている。2回目観るとあのラストを知っているからこのセリフでもう泣きそうになっちゃいました。ヘソンとノラの少女時代と久々に再会をした青年時代の距離感が過去の自身の恋愛を想起させていて、お話としても自身と重ね合わせても込み上げてくるものがありました。

この作品はベルリン国際映画祭系統の作品なので、社会性もあります。それを象徴するのは移民であるノラの苦悩です。また、移民をパートナーに持つアーサーの苦悩と、疎遠になってしまい移住後に久々に顔を合わせることができてもそれがずっと続くことはなかったヘソンと、それぞれの立場における葛藤にスポットが当てられているのがこの映画のいいとろこのひとつですね。アーサーがノラが寝言を言うときはいつも韓国語だと不安を吐く場面なんか心が苦しい。と、同時にノラの気持ちはこのアーサーなんだと決まっているようにも思える。ヘソンは兵役や残業代の話が出たり、あと、家庭の雰囲気とかは日本にもありそうな風景でした。

もうひとつ印象的なシーンはノラとヘソンが大人になりアメリカで再会したときに、ノラが思いっきりハグしてくるのに対してのヘソンはちょっと驚く反応を示しましたが、アメリカ的なコミュニケーションが見に染まったノラと、それに少しびっくりしてしまう韓国人らしい感じが(アジア人らしさなのかな)、2人の境遇を細かいシーンでもしっかり反映させているなと思いました。

アーサーはバーでノラとヘソンがお互い韓国語で話しているのを黙って聞いているのですが、アーサーからしてみればこれはノラにとって必要な時間であり、これを超えることが今後の夫婦間のためにも必要である分かっているし、不安はあるけど信じるしかない感じがありますね。また、バーカウンターでヘソンとノラが会話をしているときは左右の位置がオープニングと逆になるのは会話の内容からも想像できるように、ヘソンは過去のしがらみから抜け、未来へ向かおうとしていることを暗示させているんだろう。一方、ノラは過去の少女だった時代を象徴するかのように左に位置している。

そして、この映画のクライマックス。左へと歩くヘソンとノラ、そしてUberが到着するまでの緊迫感と到着後の会話。そこから右に歩きアーサーがいるがそこでとうとう序盤にしか見せなかったノラが涙を流しアーサーがそっと抱きしめて階段を上がる。このクライマックスの緊迫感と味わい深さと感動の畳みかけ、最高のクライマックスでした。この夫婦もまた一歩先の未来に進んだと言っていいでしょう。
そして、車に乗るヘソンは少年時代のラストシーンに重なり、右に走行している、すなわち未来へと向かっていく。

※あと、ヘソンが出会った新しい彼女、ノラが出会ったアーサーのように、新しい出会いがあり結ばれるときは必ず結ばれる相手が右に位置していたりしますね。

過去の選択と愛惜、人生は有限ではないからこその現在の選択。恋愛以外にも置ける人生肯定映画でした。左と右のロジックを念頭に置いて観たときに味わいがより高まりますし、なにより小さな映画ではありますけど劇場で観に行くべき映画だと思います。大傑作でした。

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