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悩み続ける学童保育でありたい

浜松市で、「働くお母さんを本気で応援する、子どものサード・プレイス」、夏休みの学童保育を開きます。

思いだけでここまで突っ走ってきましたが、多くの部分は「想像」でしかありません。自分の知らないこと、盲点もたくさんあるでしょう。

それで、学童保育について研究している研究室がないかな・・・と探していたとき、こちらの記事で静岡大学の石原剛志先生のことを知りました。

ちょうど静大教育学部に通う、ミューレ卒業生がいたので、「どうやって連絡を取ったらいいかな」と繋いでもらいました。快くメールアドレスを教えていただき、早速、お伺いすることになりました。

やり取りの途中で、なんと、大学時代の先輩(学部は違ったけど、1学年違いで、ものすご〜く狭いキャンパスなので、きっとすれ違っていたこともあったのではないかと思います)だということが判明しました!不思議なご縁です。


福祉としての学童保育はできない

わたしが最も引っ掛かっていたのは、学童保育の福祉的存在意義の部分です。

わたしは福祉をやるつもりはないのです。「できない」という言い方が正しいかと思います。わたしの考え方や方向性として、アグレッシブに教育を追求するタイプの保護者さんや子どもたちには合うと思うのですが、そのことが苦しめてしまうタイプの子、そのような接し方が合わない子もいると思うのです。合わない子が来て、余計にしんどい思いをさせるのは不本意なので、どう考えたらよいか悩んでいました。

わたしは、医療や福祉の介入が必要な子、必要なご家庭は早くそこと繋がり、専門的なケアを受けるのが良いと考えています。そのために、さまざまな学童保育(またはそれに類似した事業所)がそれぞれのポジションを全うして、役割分担ができるといいと思っています。

もしかしたら賛否両論があるかもしれませんが、全世帯が同じようにサポートを受けられる体制を整えるよりも前に、自力で教育を選べるご家庭はそうして、まずはサポートを受けなくてはいけない子の環境を整えると良いのではないかと思っています。

障害を持った子や、何らかの環境によって心に深い傷を負った子は、明らかに保護者の負担が大きいのです。大変だろうなぁと思うことがたくさんあります。でも、ミューレではしてあげられることに限界があります。

金銭的にも環境的にも、保護者が行政からもっと手厚いサポートを受けられることが必要だと考えています。

そのため、ミューレでは、「自力で何とかできるご家庭」を引き受けることに全力を注ぐことで、引いては福祉や医療のケアを必要とするご家庭を助けることにつながるのではないかと思いました。

ミューレでは、通いたいというお子様を「うちではお引き受けできません」と断ったことがほとんどありません。「何か困ったらご相談します」とお伝えし、できることは保護者様と一緒に改善したり対応したりしながらやってきました。

じゃあ誰でもウェルカムなのかというと、わたしが重要なファクターだと感じているのは、「人数と割合」なんです。この考えのままで学童保育事業を手掛けてもよいのか、相談させていただきました。

自由とは・・・?

お伺いする前に、書籍をご紹介いただきました。

いきいき、のびのび、活動する子どもたちの様子に感動したと同時に、少し不安な気持ちになりました。わたしは、こういう「子どもの中に入って、自分も子どものように一緒になって遊ぶ」というスタイルではないから。

そうか、わたしは学童保育を教育の場にしたかったけれど、こちらの力が入りすぎてやる気があり過ぎて、子どもたちが疲弊してしまうようでは逆効果だなと気づきました。

ミューレ以外に生活の場であったり学校であったりならいごとであったり・・・、そんな中、あくまでも、ミューレは子どもたちにとって「居場所に一つに過ぎない」ということを忘れないようにしなければと思いました。

また、同時に、わたしは経験上、このように「子どもの自主性に任せて伸び伸びと」は、ある一定のモラルや文化に基づいているからこそ成功するのであって、「これをやんちゃとか子どもらしいで片付けてよいのか」疑問に思う行動を取る子もいて、それを放置することが「見守る」ということにつながるのか、分からなくなってしまいました。

そこで、そんな不安をそのままお伝えしました。

悩み続ける学童保育施設でありたい

わたしの不安や疑問に対して、石原先生がどのようにコメントしてくださったのかは、わたしの勝手な解釈や経験不足ゆえの思い込みなどもあるかもしれないので、ここで書き起こすことは控えたいと思います。

総合して、静岡市から浜松市までの運転中(静岡県は東西に長い県なので、1時間以上かかります)にわたしが考えたことは、子どもはひとりとして同じ子はいないので、どんなに経験を重ねても「これが正解だ」とおごることなく、ずっと悩み続ける学童保育であり続けよう、ということです。

歴史を知ること

ところで、お時間を取っていただいたのみならず、以下のようなおみやげまでいただいてしまいました。

今、第1部を読んだところ。またまた疑問点や知らなかったことがいっぱいです。

学童保育は、1998年の児童福祉法改正に伴って法制化されました。

夏のミューレラボは、法に則って運営するのではなく、知識として知りながらも独自の考えで自由にやりたいと思っているので、そうすると「学童保育」という言葉の扱い方はどうなるんだろう?別な言葉に置き換える(たとえばサマースクールとか)のは良いとして、「学童保育」という言葉を使わずに、ざっくりと何なのかということが理解されるかなぁ?

この書籍をいただくときに「今回のことにはあまり関係ない内容かもしれませんが」と前置きをいただいたので、きっと、従う必要はないのだと思いますが、それにしたって「知っているか知らないか」は大きな違いだと思うので、やはりわたしたちは、機会を与えられた以上、学んでおく必要はあると思うのです。

おまけ:静大が広くてびっくりした

今回、車で伺ったのですが、Googleマップで時間を測って行ったのだけど、学校に着いてから学内を車で走って目標の棟に行くまで、けっこうな道のりでした。

わたしと石原先生が通った、小さなキャンパスとは比べ物になりませんでした・・・。小さな大学も、小ささなりの利点もあったのですが、やっぱり大学は規模感の大きなところで、豊富な学習施設が整っているところに行くのがいいよな、と思いました・・・。


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