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スピッツと「にわか」な私。

スピッツの歌詞には余白がある。たっぷりとした余白にその時々の意味を添えて、「私の1枚」として完成する。謙虚なまでの抽象さもまた、メロディに負けない魅力の1つだ。

2013の横浜サンセットが無料公開されている。(TwitterのTL、見逃さなくて良かった。)


冒頭、知ったようなことを書いておいておきながら。とても言いにくいのだが。でも、言わねばならない。

実は、スピッツのライブに行ったことが無い。それどころか、CDすら買ったことがない。つまりスピッツを支えたことがない。何たるにわかだろう。今、リンクの「▶」を押す資格なんて、私にあるのだろうか。


中学~高校時代。兄がスピーカーから流す音を、こっそり拝借していた。

片田舎の学生が興じる娯楽なんて、ボウリングとカラオケくらいだろう。CDを買わない分際で、あろうことか、「スピッツ」をモノにしようと頑張っていた。

とはいえ。

地声と裏声の境界を消してしまうような伸びのある超高音は、変声期を過ぎた少年には、いささか荷が重過ぎる。何事にも無関心な僕が、「声が高ければ…」と、何度思ったことか。(音感が無くて、キーを上げ下げすることができなかった。)


2007年。

僕は受験に失敗して浪人した。全てを否定されたような絶望とストレス。お口には口唇ヘルペス。1年間、僕が自分を繋ぎ留め、少しずつ自分と向き合えた原動力は、間違いなくスピッツだ。

ルキンフォー どこまでも 
続くデコボコの道を ずっと歩いて行こう
初めてだらけの 時から時へと
くぐり抜けた 心 君に繋げたい
届きそうな気がしてる
不器用なこの腕で 届きそうな気がしてる
(ルキンフォー)
走る 遥か この地球の果てまで
悪あがきでも 呼吸しながら 君を乗せて行く
アイニージュー あえて 無料のユートピアも
汚れた靴で 通り過ぎるのさ
自力で見つけよう 神様
(運命の人)

大学生活という明日を目指して、足掻き続けた長いトンネル。あんなに大変だったはずなのに、あんまりはっきり思い出せない。


ライブの佳境で、ようやく我に返る。私はちゃっかり再生ボタンを押している。みなとみらいの眩い光と音に吸い寄せられる客船達のように。

途中のMCで、お金を払ってくれたファンにしっかりと寄り添いながら、穏やかな海さえ優しく抱く包容力。「優しい」という言葉が、これほど似合う人たちがいるだろうか。


「準備はよろしくて…? ……準備は良いか!!」


控えめな、それでいて芯の通った渾身のあおり。ロックと違う何かとの境界線を行ったり来たりしているような独特のジャンル、スピッツ。


ありがとうスピッツ。

15年の時を超えて、初めてCDを買ってみようと思う。今度は、少しだけ。少しだけ彼らを支えられたら、と思う。

何かのお役に立ちましたなら幸いです。気が向きましたら、一杯の缶コーヒー代を。(let's nemutai 覚まし…!)