クレーンゲームと春休みアイス
初めて見た大型客船にたじろいだけれど、船の中に入ってしまえば、それほど緊張しなくなった。大部屋の中で自分のスペースを見つけ、荷物を置く。足を投げ出して座り、ため息をついた。
この春休みが終われば、僕は高校生になる。あの着心地の悪いブレザーを着て、新しい教室の扉を開けて……。ここまで想像して、気持ち悪くなってきた。僕は中学二年生の頃から不登校。卒業式にも出れなかった。そんな僕が、新しい高校で上手くやっていけるのだろうか。
少しでも自信を持てればと、春休みに人生初の一人旅を計画してみたが、この旅も無事に終わる気がしない。なんでこんな計画立てたんだろうと、出発前日からずっと後悔している。
「大型客船うずしお丸、ただいま出航いたします」
出航のアナウンスに、僕は立ち上がった。後悔するなら思いっきり後悔しよう、と自分を奮い立たせ、デッキへと移動した。
デッキにはたくさんの人が集まっている。船が恐竜のような鳴き声を上げて動き始めた。ついさっきまで踏みしめていた陸地が、遠ざかっていく。
民宿の二階の部屋から、真っ青な海を眺める。波がほとんど無いからか、ラムネ味のゼリーが一面に広がっているみたいだ。全部平らげてしまいたい。
一晩かけて島に到着した。まだ荷物の整理もしていないけど、この海の景色を見れただけで、もう満足している。旅の行き先に迷っていた時に、きっと気に入ると叔母さんが勧めてくれた島。さすが叔母さんだ。
「千尋君、ちょっといい~?」
「あ、はい!」
おかみさんの大きな声に、急いで階段を下りる。玄関におかみさんと見知らぬ男の子が立っていた。
「長旅で疲れたでしょう?もう船酔いは治った?」
「はい。休んでたら元気になりました」
「うんうん、顔色も良くなってるね。ここに来た時は顔面蒼白だったから心配だったのよ~。ああ、この子は次男の琉太。もし疲れてなければ、この子と島を散歩してきたらどうかなって。夕飯まで時間があるし。この子も春休み中でね、暇みたいだから」
ぎこちなく会釈してきた男の子は、僕と歳が近そうだ。会釈を返しながら、迷う。初対面の子と、すぐに仲良くなれる自信がない。しかし現地の人と交流してみないと、この旅の意味が無い気がする。
「……はい。じゃあ、お願いします」
「はーい。琉太、ちゃんと案内してあげないさいよ。ほら、ちゃんと挨拶」
「……琉太です。初めまして。よろしく」
「千尋です。よろしく」
差し出された手を握ると、琉太君はにかっと笑った。
気づけば僕は島の中心街でアイスキャンディーを食べていた。琉太君は街のことを何でも知っていて、あちこちに楽しく案内してくれている。冗談ばかり言う琉太君のおかげで、知らない間に僕の不安は溶けていった。
「琉太君って、もうプロの観光案内人になれるんじゃない?」
「んーん、まだまだ。将来はそういう人になりたいけど、英語、大の苦手だし。今はオフシーズンだから少ないけど、シーズン中は海外からのお客さんがたくさん来るんだ。英語で案内なんて、できないもん」
「そうかぁ。僕も英語苦手」
僕が最後の一口を食べ終えると、琉太君は急に走り出した。慌てて追いかける。琉太君はゲームセンターの前で足を止めた。
「千尋君、クレーンゲーム、しよう!」
ゲームセンターの半分はクレーンゲーム機で埋め尽くされていた。子どもたちが目を輝かせて遊んでいる。
「俺はまだお小遣い少し残ってるけど、千尋君は大丈夫?」
「うん、たぶん大丈夫。この旅のために今まで貯めてきたお年玉、全額持ってきたから」
「じゃあオッケー。どれにしようか。千尋君が決めていいよ」
しばらく歩き回って、両手にアイスクリームを持っている蟹のぬいぐるみの前で足を止めた。
「これにしようかな」
「よっし。大漁狙っちゃおう」
琉太君が百円玉を数枚入れると、大音量で電子音が流れ、クレーンゲーム全体が七色に光りだした。
「千尋君はどれがいい?!」
「えーっと……イチゴ味とバニラ味のアイス持ってる蟹!」
「奥のやつね!了解!」
アームが動きだし、アイス好きな蟹たちの山に近づいていく。目当ての蟹にアームの先端が少し触れた。しかし、取れそうにない。何度も琉太君は挑むものの、蟹たちの結束を崩すことは難しそうだ。
「千尋君、あとは任せた!」
琉太君と位置を入れ替わり、料金を入れ、緊張しながらボタンを押す。今まで一度も取れたことがない。でも、取りたい。慎重にアームを動かし、狙った蟹にぶつける。ちょっとぐらついたが、落ちない。
やっぱり駄目だ。そう思った時、蟹の山が大きな穴に向かってゆっくりと倒れた。蟹でいっぱいになった景品取りだし口から、蟹が一つ飛び出してくる。僕が狙っていた、あの蟹だ。
変な蟹のぬいぐるみが詰め込まれた大きな袋を担ぐ琉太君を見るたび、笑ってしまう。
「千尋君、ほんとにすげぇ。クレーンゲームの名人だ」
「本当に偶然だよ。普段は何しても駄目なんだ。不登校、だったし」
思わず言ってしまって、口を押える。
「そっか。じゃあ、もっとすげぇじゃん。一人で知らない島に行くなんて、誰だって怖いもん。千尋君はすっげぇかっこいいよ」
返ってきた言葉に呆然とする。夕日を背負う琉太君は、僕をまっすぐ見つめていた。
「高校生になっても、何になっても、この島と俺のこと、忘れないでほしい。またいつでも遊びにきてよ。夏には海水浴して海鮮丼食べよう」
「うん、絶対、忘れない。また、絶対来る。うん……」
眩しい夕日から目を守るふりをして、流れる涙を隠す。この島さえあれば、僕は何になっても大丈夫な気がした。
★このお話は「ダークマターの奇々怪々タルト」の続きっぽくなっております。
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