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四次元プリンター

旧式の超立方体型四次元プリンターの充電が完了した。電源ボタンを押すと懐かしい起動音がする。まだなんとか動きそうだ。蓋を開けて中を見ると、外枠の立方体の中に浮かんでいる小さな立方体たちが縮小、拡大をゆっくり繰り返している。何度見ても面白い。発明した時の思い出がよみがえってくる。

あの頃は次元潜水の技術も異次元研究も手探り状態だった。当初から研究を手伝ってくれている境井さかいさんと加納ちゃん、藤野君などの仲間たちがいなければ、このプリンターも完成しなかっただろう。机に置いていた甘いコーヒーを飲み干す。

今日、誕生日休暇だったなんて。自分の誕生日もすっかり忘れていた。いつも通りに研究所に出勤して部下たちに笑われてしまった。去年もやってしまったのだ。恥ずかしい。

もう夜まで自分の研究室で遊んでやる。ガラクタばかりの研究室には、暇つぶしできる古い機材がたくさんある。最初に引っ張りだしたのが、この四次元プリンター。

腕まくりをして、用意していたパウダー状の素材をセットする。蓋の液晶画面に「クラインの壺」と入力してスタート。プリンター全体がガタガタと揺れる。爆発しませんように。祈りが通じて数分後には静かになり、画面に完了の文字が出た。蓋を開けてガッツポーズする。内側の立方体たちがクラインの壺に置き換わっていた。

三次元では内部に空間のある立体には常に内と外がある。クラインの壺は内部に空間があるようにみせかけて、その空間は外側の空間でもあるのだ。つまり内と外の境がない壺。四次元でしか完璧には作れない。これがどうしても作ってみたくて、僕はこの四次元プリンターを発明したのだ。

できたてのクラインの壺を観察していたら、背後で大きな音がした。ガラクタの山が崩れたか。また部下たちに叱られるなぁと憂鬱になりながら振り返る。

「「う、うわぁぁぁ!」」

僕とよく似た顔をしている侵入者と、僕の叫び声が完全に重なった。驚いて尻もちをついている侵入者をよく見れば、若かりし頃の自分とそっくりだ。横で昔の姿の加納ちゃんもへたり込んでいた。2人は懐かしい旧型の次元潜水スーツを着ている。

「……もしや、過去の僕と加納ちゃん?」

「……さすが僕!理解が早い!」

抱きついてきた若い僕を軽やかにかわし、加納ちゃんに手を貸して立ち上がらせる。

「あ、ありがとうございます。未来の西先輩、ですよね?えーと、30年前の加納です」

「やぁ。初々しい加納ちゃん、懐かしいなぁ。昔の僕も過去からようこそ」

「おお……僕なのに落ち着いてる……変な感じ……」

3人でしばらく見つめ合っていると、若い僕が突然叫んだ。

「あっ!境井さんが今大ピンチなんだ!未来の僕、手を貸してほしい」

「ピンチ?そういえば境井さんがいない」

気になったことを呟くと、加納ちゃんが泣きそうな顔で口を開いた。

「実験中のトラブルで境井先輩の存在そのものが消えてしまったんです。西先輩が四次元プリンターの試作品でクラインの壺を作ったら、プリンターが爆発して停電して、明かりがついたら境井先輩がいなくて。どこを探してもいないんです。それに私たち以外、境井先輩のことを誰も覚えてなくて。ついには写真からも、消えてしまって」

加納ちゃんが震える手で差し出した3人の集合写真では、確かに境井さんの姿だけぽっかりと抜け落ちていた。

「……今の僕では原因も分からない。それで四次元に潜水して、未来の僕に会いにきたんだ。どうか協力してくれ。僕のせいなんだ」

若い僕の眩しい眼差しとクラインの壺を見比べる。しばらく考えて甘いコーヒーを飲んで、また考える。頭の中で結論が出た。

「……なるほど。これはきっと本当に僕らのせいだ。僕もさっきクラインの壺を作ってたんだよ。同じ四次元プリンターで。未来と過去で、ほぼ同じ状況で四次元プリンターを使ったことが境井さん消失事件に繋がったんだ。つまり、四次元の時間軸のせいで厄介なタイムパラドックスが起きてしまったんだね。おそらく試作品の四次元プリンターの調整不足が原因だろう」

「……境井さんを元に戻すにはどうしたら?」

「作ったクラインの壺をここで同時に壊してみる。それしかないな」

「でも私たちが作ったクラインの壺はプリンターが爆発した時に壊れてしまって……」

若い僕は腕に巻いてある機器を少し操作してジャンプした。すると空中で身体がどんどん縮小して、消えた。と思ったら拡大して元の大きさに戻った。しっかりとクラインの壺を抱えている。

「ふぅ、四次元経由で過去の三次元からクラインの壺を持ってきたよ!さぁ、壊そう」

さっそく僕もクラインの壺を抱える。若い僕の横に並んで、アイコンタクトをする。そして壺を思いっきり床に投げつけた。大きな衝撃音の後、静寂が訪れた。

「……あっ!写真が!」

加納ちゃんが驚いた様子で写真を見せてくる。境井さんの姿がしっかりと写っていた。

「よかった。写真が元通りなら、境井さんはもう大丈夫だろう」

2人はへなへなと崩れ落ち、ぐずぐずと嬉し泣きし始めた。しゃがんで2人の背中を同時にさする。何事かと飛んできた部下に、甘めのコーヒーを2杯、持ってきてくれるようにお願いした。

「……そういえば、この未来にも境井さんはいるんだよね?」

「いるとも。元気にしてる。加納ちゃんや藤野君もね。まぁ、細かいことは未来のお楽しみにしようか。未来は不確定。だからこそ面白い。だろう?」

2人がやっと笑顔になってくれてほっとする。境井さんと加納ちゃんと藤野君に、すぐにでも会って話したい。2人を見送ったら連絡を取ってみよう。



★お読みくださりありがとうございます!このお話は次元潜水士シリーズの8作目となっております。
前回のお話→「エウロパの海へ潜行」
最初のお話→「次元潜水士」


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