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連作短編小説「次元潜水士」第1話「次元潜水士」

【あらすじ】

「五次元世界まで、ちょっと潜ってみない?」
夢がないことに悩んでいるフリーターの境井さかいさんは、バイトの帰り道で高校時代の同級生の西君と再会する。次元潜水という新技術を開発し、独りで異次元を研究しているという西君に誘われて、五次元へ潜水した境井さん。そこでは別の時間軸の自分が路上ライブをしていて……。
大学受験失敗で落ち込んでいた加納ちゃんや海士あまの藤野君も仲間に加わり、五次元の不思議な地図描き師の姉妹やパラレルワールドの自分自身たちとも出会い、境井さんと西君の二人から始まった次元潜水物語はどんどん広がっていく。次元を超えて宇宙にまで飛び出していく異次元探索ストーリー。

あちらこちらの家が放つ夕飯の匂い。冴えた冷たい空気。コンビニバイトからの帰り道はいつも通り。しかし私の心の中はいつもより荒れていた。

今日、同世代の同僚が辞めた。音楽活動に専念するためらしい。プロになるという夢をきっと叶えると宣言して、笑顔で去っていった。私の人生に「夢」は無い。音楽が少し好きなだけ。流行りの曲を聴いて、時々カラオケで歌うくらいだ。

私、このままでいいのだろうか。就職活動に失敗してからずっと、具体的な目標が見つからない。渦巻く不安と焦りで身も心も冷えていく。もうすぐ狭い路地だ。警戒しなくては。考え事はポケットに入れておこう。

角を曲がって路地に入った時、驚いて足が止まった。珍妙な格好をした人が壁に寄りかかっていた。大きなヘルメットにシュノーケル。大きな足ヒレ。潜水服だろうか。近くに海や川は無いはずだが。

「はぁ、はぁ」

苦しそうな息遣いが心配になって、つい声をかけてしまった。

「あの、大丈夫ですか?」

「へ?あ、大丈夫大丈夫……ん?……あっ!」

潜水服姿の人は、私をじっと見つめたかと思えば、大きな声を上げてヘルメットとシュノーケルを乱暴に外した。現れた顔に、私も驚いた。

「……西君……?」

境井さかいさん!すごいすごい!わ~!そうそう、僕西だよ!どの次元でも、やっぱり僕たち再会するんだなぁ!やったー!」

小学校から中学校までずっと同じクラスだった西君だ。しかし、クールな子だったはず。私たち、そんなに親しくはなかったはず。偶然の再会で歓喜する西君に困惑していた。


寒さで思わず足踏みする。初冬の川の土手は、昼間でも寒い。再会してから西君と連絡を取り合うようになり、意外と話が弾んで今日会うことになった。

西君は大学を出て研究所職員になったが、色々あってフリーの研究者になったらしい。今は「次元潜水」なる技術で異次元を独りで研究している、と言っていた。昔から優秀だった西君は、やっぱり物凄い大学や研究所に進んでいた。高校を出てから何もできていない私とは雲泥の差だ。

「境井さん、お待たせ~!」リヤカーを引いてきた西君に驚く。

「……すごい荷物だね」

リヤカーには酸素ボンベや見たことのない機械、重そうな潜水服などが積まれていた。

「境井さんにも、次元潜水を体験してもらいたくて」

「へ?」

「五次元世界まで、ちょっと潜ってみない?」

にっと笑う西君に私は固まった。


フラフープのような機械の輪の中に穴が開いた。異次元空間に繋がっている穴、らしい。その穴に恐る恐る入ると、光源は頭のライトだけになった。先を行く西君に手を引っ張られて、深海のような空間を進む。ちらりと小鳥や蝶々が見えたが、気のせいだろう。

しばらくして西君が立ち止まり、腕に付けている機械を操作した。すると目の前の空間に、また大きな穴が開いた。抵抗むなしく穴に吸い込まれていく。

「境井さん、五次元に着いたよ!」

肩を揺さぶられて目を覚ませば、潜水服姿で原っぱに投げ出されていた。なんとか立ち上がり、西君に肩を支えてもらいながら歩く。身体が軽い。背中を見れば、酸素ボンベが無かった。よく見ると後方に並べて置いてある。

「酸素ボンベ、置いてくの?」

「うん。そのほうが、こっちの人も喜ぶし」

「どゆこと?」

「次元潜水で使う通路の出入口の位置は、毎回変えなくちゃいけないんだ。人がいない広い場所っていう条件でね。でも街中まで重いボンベは持ち歩けないし、帰りの通路ではボンベ必要ないし。どうしても空のボンベは不法投棄せざるを得なくて」

「……こっちの人たちは不法投棄を喜ぶの?」

「ははは、そんなわけない。僕の捨てたボンベをね、アート作品だと思ってる人たちがいるらしくて。謎のアーティストが気まぐれに残す現代アートだって、ちょっと騒がれてる」

「なるほど」

「最近はボンベを意味ありげに斜めに置いたり、ボンベの回りに石並べたりしてる」西君は意外とお調子者だった。

西君が現地調達してくれた服に着替え、潜水道具をコインロッカーに預けたあと、街中を歩いた。やけに双子の人が多い。ついさっき見た人が、まったく違う場所でまったく違うことをしている。

「不思議でしょ。五次元世界には、複数の時間軸が重なってる。パラレルワールドの自分が当たり前にいる次元なんだ。双子とか三つ子とか五つ子は大体、同一人物」

「へ~……あっ!」

西君の説明に関心していた時、衝撃的なものを見てしまった。自分と西君だ。路上ライブのようなものをしている。西君はバイオリン、私はピアニカを楽しそうに奏でていた。

演奏はあまり上手ではないが、結構な数のお客さんに囲まれている。満面の笑みでピアニカを吹き鳴らす私は、輝いていた。

「に、西君……あ、あれは」「別の時間軸の僕らだよ」

衝撃的な光景を前に、私は何も話せなくなった。西君も何も話さない。気付けば最初にいた原っぱに戻っていた。夕日が眩しい。西君は静かに口を開いた。

「……僕も最初は落ち込んだよ。五次元の自分が幸せそうだとさ、三次元の僕は間違えたのかなって、思うよね。でも僕は別の時間軸の自分を観察し続けた。それで最近、妙な共通点を見つけたんだ。それが意外すぎて、面白すぎて、もやもやが吹き飛んだ」

「その共通点って?」

「境井さん、だよ」

「は?」

「どの時間軸でも必ず僕の近くに境井さんがいるんだ。はははっ、三次元の僕の隣にもいるなんて。研究をさらに進めるには助手が必要なんだけど、次元潜水は危険だからね。なかなか見つからない。もし良ければ、助手になってくれない?」

西君が差しだしてくれた右手を、私の左手は迷わず握った。



★こちらの作品は連作短編小説「次元潜水士」の1作目となっております。

【目次】

◆第2話「屋上にて門出」
https://note.com/nekotoakinosora8/n/ne81b288b4aff

◆第3話「地図描き師のパラレル」https://note.com/nekotoakinosora8/n/nfb61de9595ca

◆第4話「カラビヤウな折り鶴」https://note.com/nekotoakinosora8/n/n4ace9e74f7cd

◆第5話「揺らぐ海と次元」https://note.com/nekotoakinosora8/n/nc3d8bb03d4ca

◆第6話「喧嘩潜水士」
https://note.com/nekotoakinosora8/n/ncb01439d64f4

◆第7話「エウロパの海へ潜降」https://note.com/nekotoakinosora8/n/n81e31f1212b2

◆第8話「四次元プリンター」https://note.com/nekotoakinosora8/n/n93bad8473896

◆第9話「ブラックホール・スパゲッティ」https://note.com/nekotoakinosora8/n/n2f89162471b5



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