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オールマイティー自販機


喉の渇きに耐えられなくなってきた。胸の前のベルトを外し、リュックサックを降ろす。水筒を引っ張り出して、口に勢いよく傾ける。口の中を湿らす程度の水。余計に喉の渇きを感じて、苛立った。

水筒をリュックに戻して座り込む。持ち歩いていたマップに目を落とす。初心者向けのハイキングだと侮っていた。まさか、緩やかな山道で迷子になるとは。しかも、どの通信機器も故障するとは。

もう体力も限界だ。生粋のインドア派の私が、気晴らしの散歩感覚で来るべきでなかった。鳥が鳴き叫ぶ。太陽がもう低くなってきている。両足に力を入れた。


再び雑木林の中を歩き進む。おそらく、あと少しで正しいルートに戻れるはず。自らを鼓舞していると、赤と白、緑の鮮やかな色がちらりと見えた。リュックサックか服の色だと思い、急いで駆け寄る。が、足はだんだんと遅くなった。


堂々と置かれた、まったく普通の自販機。


まったく予想外の物の登場に、呆然と立ち尽くす。周囲を見回すが、人の気配はない。古ぼけた自販機に飲み物の見本は入っていない。当然、動いている気配も無い。あったか~い、つめた~い。はっきりと読み取れる言葉は、それだけ。

ぬか喜びさせられた怒りと、さらに喉の渇きを煽られた苛立ちで、思わず自販機の側面を叩いた。

「痛いでしょうが」

幻聴だろうか?自販機から人の声がした。

「きょろきょろしない。あなたが今叩いてた自販機です」

自販機から中性的な声がはっきりと響いて、思わず後退る。

「人間は同じ反応ばかりでつまらない。全知全能の自販機を無下に扱って、私が話しかけると逃げていく。そんな人間に尽くさなくてはいけないなんて。まったく、不本意です。……喉が渇いているのでしょ。ほら。飲んで落ち着きなさい」

ガタン、っと重いものが落ちる音。取り出し口を恐る恐る覗くと、500mlの水のペットボトルが入っていた。

「毒なんて入れてません。失礼な。そんな面倒で意味の無いことはしない。それに、自販機としての誇りも持っているのです。お飲みなさい。賞味期限的にも問題ありませんよ」

ペットボトルを慎重に取り出し、まじまじと見まわし、キャップを開けた。透明な水。匂いも問題ない。どうにでもなれと、口にする。美味しい。

「お疲れでしょうから、ミネラルたっぷりにしときました」

「美味しいよ。本当に助かった。ありがとう」

「いえいえ。お安い御用。全知全能ですからね。不可能はありません。ところで、他にお願い事があれば、どうぞおっしゃって。久方ぶりに気分が良いので、今なら自販機以外の仕事も請け負います。お金持ちになりたいとか、大統領になりたいとか、不老不死になりたいとかもOK。もちろん、無償で」

やった!こんなラッキーなことがあるなんて!

「じゃあ、帰り道教えてくれる!?」

「……お安い御用」


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