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ブラックホール・スパゲッティ

やっと実現する冒険旅行と、これから来るお客さんに胸を踊らせながらスパゲッティを茹でる。スパゲッティも鍋の中で踊ってるなぁなんて浮かれていると、ドアベルが鳴った。

「リン~!手が離せないから出てくれる~?」「はーい」

トングの先でスパゲッティを突っつきながら、双子の妹のリンに来客の対応を頼む。やはりリンが居てくれて助かる。こういう時もだが、精神的な支えになってくれるという意味でも。

私たちは本当の双子の姉妹ではない。厳密に言うと、同一人物。いわゆるパラレルワールドの私自身だ。ここ五次元の世界では、複数の時間軸が重なっている。私は違う時間軸の自分自身と偶然出会って意気投合し、姉妹となった。ついには地図描き師という仕事を2人で始めて、今も仲良く暮らしている。

私たちの作る地図は、架空の場所にも瞬時に到達できるワープ装置になっている。地図を手に持った状態で軽くジャンプすれば、地図に記した目的地へとすぐに飛んでいけるのだ。

特殊な地図を描いているためか、好奇心をくすぐる変わった依頼ばかり来る。地図を描く作業は大変な上にあまりお金にならないが、地図を完成させるたびに地図描き師になって良かったとしみじみ思う。きっと天職なのだ。

スパゲッティを手早くザルに上げて、玄関へと急いだ。ずっと再会を願っていた2人の元気そうな姿が目に飛び込んできた。

境井さかいさん、加納さん、いらっしゃい!」

「イアさん!お久しぶりです!お2人の次元潜水スーツ、西君から預かってきましたよ」

「イアさん、またお会いできて嬉しいです。今回は西先輩の分まで、次元潜水旅行をお助けさせていただきます!」

最高に変わった依頼人だった3人組の2人に再会できた喜びで、胸がいっぱいになる。頼れる助手の境井さんと、素直な加納さん。そして、おっちょこちょいな博士の西さん。三次元に帰るための地図が欲しいと、ある日突然やってきた3人組。次元潜水という技術で色々な次元を調査していると説明された時は、さすがの私もリンも目を丸くした。

「本当に懐かしいねぇ。今回はよろしくね。私たちもついに次元潜水できるのかぁ。西さんから地図の依頼と次元潜水宇宙旅行のお誘いを受けてから、ずっとリンと楽しみにしてたの。西さんの体調は大丈夫?」

「西君はまだ熱が少しあって。私と加納ちゃんで全部なんとかするから寝てなさいって言い聞かせて、置いてきちゃいました」

「そう……西さんが直前になって風邪とは残念。でも三次元の宇宙行きの地図はばっちり描いておいたから、これから好きな時に何回でも行ける。西さんが元気な時に、また皆で宇宙旅行に行きましょ。今回は女子4人の宇宙の旅、ってことで」

「イア、地図持ってきたよ」

リンが作業部屋から持ってきた地図を広げて見せた。加納さんが地図に顔を近付け、まじまじと眺め始める。

「この地図で、あのブラックホールの近くまで行けるんですね……!寿命を迎えた大きな恒星が超新星爆発した後、残った星のコアの凄まじい重力で生まれるという、あのブラックホールを間近で見られるなんて……。夢のようです」

「加納さんがそんなにブラックホールに興味があるとは、驚きだなぁ」

「西先輩が時々、時空とブラックホールについて話してくれるんです。その話が面白くて、気づいたらはまってしまって。自分でブラックホールのことを色々調べてきました。これから本物を見れるなんて、本当に感激です」

加納さんが熱く語り終えたと同時に、ぐぅっと誰かのお腹が鳴った。真っ赤な顔になったのは、加納さん。

「旅行前に腹ごしらえしよう。ちょうどお昼時だし。皆で食べようと思って、ミートソーススパゲッティ作っておいたから」

「すみません……穴があったら入りたい……」

「イアの特製ミートソース、美味しいよ~!ほらほら境井さんも、おいで~」リンが明るく2人をリビングへと誘導してくれた。


私の特製ミートスパゲッティは、あっという間に4人の胃袋に収まった。少し休憩してから、ついに次元潜水スーツを着込む。ライダースーツと宇宙服を混ぜたような次元潜水スーツは、意外と動きやすい。

「前に3人が着ていたスーツとは違うんだね」

着替えを手伝ってくれている境井さんに聞いてみた。

「実は次元潜水仲間が増えたんです。素潜り漁をしている藤野さんという男性なんですが、その藤野さんが四次元のエウロパという星の内部に潜水する実験を成功させたおかげで、次元潜水スーツの改良が進んで。このスーツを着ていれば、宇宙空間にも滞在できます。西君はいつかブラックホールも次元潜水で調べてみたいそうで。お2人が今回描いてくれた地図も、その目標のために活用するんだと思います。いつもおちゃらけてるけど、大きな目標に向かって進み続けてる。本当に尊敬します。それに比べて、私にはまだ何も目標がなくて……」

リンと加納さんが出発準備を終えたと元気に報告してきた。少し元気のない境井さんが気になったが、加納さんがそわそわしているので出発を急ぐ。4人で手を繋ぎ合い、ジャンプした。


目が慣れるまで真っ暗闇だった。だんだんと星や銀河に囲まれている実感がわいてくる。奥のほうに巨大な黒い穴があった。

「たぶん、あれがブラックホール……ですよね。もう少し近づいてみましょう。皆さん手は繋いだままで」

加納さんが泳いで私たちを引っ張っていく。恐怖と高揚感で胸が高鳴る。光も時空も飲み込んでしまう底なし沼。そんなブラックホールの縁では、時間が止まったように見えるという。実際はブラックホールの縁まで近づいた物体は吸い込まれてしまうのだが、あまりの重力で時間さえ歪むらしい。ランチの時に加納さんが教えてくれた。

時々ブラックホールのそばで流れ星のような、細いレーザーのような光が走る。動きを止めた加納さんが呟き始めた。

「あの光、スパゲッティ化現象だ……。ブラックホールは本当に星や銀河も飲み込んでしまうんだ……。ブラックホールの近くにある星や銀河は強い重力で細く引き伸ばされて、スパゲッティのような形になるんです。そしてそのまま、吸い込まれてしまう。あの中で無数の星や銀河はどうなるのか……。私、ブラックホールの謎を解きたいです。ブラックホールを知るためなら、なんでもできる気がします。西先輩みたいに」

静かに決意表明をする加納さんは目を輝かせている。境井さんは対照的に沈んだ表情だ。ぎこちない平泳ぎで境井さんに近づき、腕を取る。

「わっ!イアさん、どうしたんですか?」

「目標が見つからなくても、落ち込むことないからね」

私が小声で言うと、境井さんは俯いた。

「……イアさんは何でもお見通しですね。西君の助手として色々な体験をしてきたけど、まだ人生の目標が定まりません。年下の加納ちゃんにも置いて行かれるのかって、勝手に思って落ち込んで。情けない。駄目ですね私」

「境井さん、あのブラックホールはね、地球が属する天の川銀河の中心にあるものなの。いつか私たちも、スパゲッティみたいになって吸い込まれてしまう。でも私は、ブラックホールにも出口があると思ってるんだ。光が届かないほど深い穴だから、出口が見えないだけなんだと思う。見ていると怖いけど、吸い込まれてしまえば、きっと出口が見つかる。大きな目標も同じだよ。不安で苦しくても、好奇心の渦に吸い込まれたら目標がすとんっと決まる。焦らずにゆっくり探したらいいよ。境井さんの好奇心のブラックホールは、境井さんにしか見つけられないんだから」

「私だけの、ブラックホール……」

顔を上げた境井さんの瞳に、星の光が反射している。すべてを飲み込んでいくブラックホールに目を移せば、また細い光の線が何本も現れた。あのスパゲッティたちの行き先を想像して、指先で宇宙空間に地図を描く。



★このお話は「次元潜水士」シリーズの第9作目となっております。
最初のお話「次元潜水士」
前回のお話「四次元プリンター」



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